月夜と水谷さんの件が起こってから二週間。
月夜は、講義には出席しているが、部活動は休んでいた。少し休みたい、と彼女から火野さんに伝えたらしい。
連休明けの部活。
部室に入ると、一瞬周囲の視線が私に向いた。そして気まずそうに目をそらす。私は気づかないふりして机まで向かった。
チラチラ私を窺う目が煩わしい。もう子どもでないので、バカにしたり揶揄ったりはしないものの、彼女の言う通りにやはり「一般的」でないだけ見る目が少し変わるのかもしれない。
私は、視線を避けるように机に突っ伏す。
噂というのは感染症の如くすぐに回る。連休明けた今では、部内に月夜のことが知れ渡ったようだ。
「地咲、講義は来てるのか？」
ふと、空から声が降る。
顔を上げると天草だった。ゴールデンウィークではっちゃけたのか、天パの髪は以前より脱色されている。
私は、のろのろと身体を起こす。
「来てるし普通に話してるよ。でも、部活はもう少しだけ休ませてって」
「まぁ、隠してたこといきなりバラされたんだもんな。そらそうか」天草は頭をかく。
少なからず周囲の彼女を見る目は変わってしまったが、正直月夜は心配していない。彼女の芯の強さは、以前話した時に感じられたからだ。
それよりも今は、心配な人物がいる。
「月夜もだけど、金城の方は？」
金城は月夜の件から部活動を休んでいた。先週は連休だったとはいえ、基本的に毎回出席していた彼にとったら異様なことだ。
正直、原因は何となく把握している。
「知らねえよ。講義も来ねぇし連絡も返さねぇ。どうせあの地雷ちゃんと一緒にいるんだろ」
天草はふてくされたように言う。「あいつも、とんだ後輩に目をつけられたもんだ」
ガラッと扉が開く。そこには金城と水谷さんの姿があった。
噂をすれば現れるな、と苦笑するが、いつもと違う雰囲気に顔が強張る。
金城の隣には、水谷さんが満面の笑みで腕を組んでいた。今まで以上に接触している二人の姿がまるで恋人のように見えたのだ。
「金城？」
思わず声をかけた。だが、当の本人、金城は伏せ目がちでこちらを見ようとしない。隣の天草もあんぐりと口を開けている。
「あっ、倉木センパーイ」
水谷さんは、私に気づくと満面の笑みでこちらまで来た。周囲の視線が差さることも気になっていないようだ。
金城は、彼女に引かれるままこちらまで来る。
二人が近くまで来ると、水谷さんは少し前かがみに顔を寄せる。ミルクのような甘ったるい香りがぶわっと舞った。
「連休中に色々ありまして〜、ウノたち、付き合うことになりましたぁ〜！」
「えっ」
思わず金城を見る。天草も目を見開いていた。
だが、彼は私と目を合わせようとしない。
「その報告に来たんですけど、あれ～『あかりさん』はいらっしゃらないのですね」
水谷さんは、背を伸ばすと、額に手をかざして月夜を探すフリをする。わざとらしいその仕草に感情を逆撫でされた気分だ。
言語化できない嫌悪感に侵され、無意識に顔が歪む。
「部活、始めるよ。そこ、早く座って」
痺れを切らしたのか、教壇に立つ火野さんが厳しい声で言った。
水谷さんは、はーいと返事をすると、金城の腕を引き、端の席に座った。
私と天草は顔を見合わせ、恐る恐る振り返り、金城を窺う。だが、彼は一向にこちらを見ない。
「何が、あったの……？」
無意識にそう口にしていた。
二人の間に、一体何があったというのか。
＊＊＊
その夜、ベランダで空を見上げていた。
雲も少ない観測日和だ。それなのに、どうも思考が巡り、精神が落ち着かなかった。
金城は、月夜のことが好きだったはずなのに、どうして水谷さんと付き合うことになったのだろうか。
考えても、答えが出るわけじゃない。
私は、スマホを手に取ると、金城にメッセージを送った。
『聞きたいことがあるんだけど』
すぐに通知音が鳴る。意外とスマホ見てるんだな、と画面を見るが、そこで血の気が引いた。
『聞きたいことって、何ですか〜？』
普段とは違う、敬語で絵文字を使用したメッセージ。金城のアカウントなのに、明らかに本人じゃないとわかる。
相手の顔がすぐに思い浮かび、鳥肌が立った。
返答に迷っていると、次々通知音が鳴る。
『倉木センパイ、彼氏いるんですよね？』
『なんで銀河に、個別にメッセージするんですか？』
『迷惑なんでやめてください』
一方的にそう送られると、終了した。
絶句し、戦慄し、身体が硬直した。
金城は実家通いで、水谷さんは下宿と聞いていた。恐らくこのメッセージの送り主は、水谷さんだろう。
金城は今、水谷さんの家にいる。そしてスマホも管理されているということだろうか。
ガシャンと音が鳴る。手が震え、思わずスマホを落としてしまった。今もなお鳥肌が止まらない。
もう五月なのに、まだ夜は冷えるのか。
私は、寒さから身を守るように、室内に戻った。
＊＊＊
キャンパス内で、金城と水谷さんを見かけた。
ここは大学なのに、まるでデートしているかのようにべったりだ。水谷さんが入部してからもよくキャンパス内で見かけたが、恋人同士になってからは、もはや周囲に配慮する様子もない。
金城は笑顔で彼女に対応してるが、私から見てもわかるほどに顔が引き攣っていた。
出来過ぎた金城の像が、どんどん崩れていくようだ。
彼は大丈夫なのだろうか。でも私が心配したところで何もできない。スマホも管理されているのならば、こちらから連絡する手段がない。それこそ直接会う場合には。
そこで、あっと思い出した。
「そういえば天草、一緒に講義取ってるって言ってたな」
私は、スマホを取り出すと天草にメッセージ送った。
＊＊＊