第三セメスター:六月④



「天草って、成人してたんだ」

 席まで戻ってきた天草は、ジョッキでビールを飲んでいた。
 天草は言いづらそうに顔を歪める。その隣で、この場で唯一誕生日を迎えていない金城が、ジンジャーエールを飲みながら彼を指差す。

「こいつ、俺らより年齢ひとつ上だぜ」

「えっ」

 目を見開いた。天草の顔を見ると、照れ臭そうに笑ってる。恐らく本当なのだろう。いや、そもそも金城がこんな嘘吐くわけないが。

「全然、知らなかった……」

「まぁ、銀河にしか言ってなかったし、当然だよな」

 天草は肩をすくめる。「今、あっさりバラされたけど」

「え、隠してたのか?」金城は、大袈裟に驚いてみせる。
 
「嘘くせぇ演技すんな」
 そういう天草の顔は、開き直ったようにも見えた。

「まぁ別にいいかなって。大学なんて、年齢バラバラだって気付いたし。ちなみに俺の誕生日、四月二日だから今は二十一。おまえの元カノと同じだ」
 そう言って天草は金城を指差す。

「私と誕生日、一日違い」
 トイレに立った月夜が、去り際にボソッと言うと、天草は「マジか! 運命!」とよくわからない反応をした。

 そういえば、昨年の新歓で、天草がお酒を飲んでいたことを思い出す。あの時は、その場のノリで羽目を外したのだと感じたが、あの時点ですでに成人していたからなんだ。

 私はグラスを持ち、口に運ぶ。「大学生の飲み会といえばカシオレ」という言葉を聞いたことがあったので、カシスオレンジを頼んでみた。カシスの甘さとオレンジの酸味がジュースのように飲みやすい。だが後からお酒特有の苦味がきた。

 そこでふと、気付く。
 あれ。今、天草は何と言った?

「元カノ?」
 
 私がそう口にすると、友人に呼ばれた天草が「おっそ」と去り際に叫んだ。
 金城を見ると、「反撃か?」と天草を睨んでいた。

「え、元カノって、もしかして、水谷さん?」

「だな」 
 金城は頷く。

「水谷さんと別れたの?」

 私は、目を丸くしたまま問う。「いや、別れられた、と聞くべきか」

「その言い方、ひどいな」
 そういう金城も笑ってる。

「そうだな。別れた。もう俺は、関係ない」

「どうやって……?」

「普通そこは、何でって聞くとこじゃない?」

 金城は再び笑う。ただ、そう言われても仕方ない、と自分でもわかっているようだ。

 金城は、ジンジャーエールを口にすると、小さく息を吐いた。

「俺が、今年の冬から一年間留学に行くっていうのは、知ってるよな」

「うん」

 彼が留学に行く話は、一年の時から聞いていた。むしろ留学する為にこの大学に来た、とも言っていた。

「あいつ本当に俺にべったりでさ。彼氏が趣味、みたいに多分、俺が趣味なんだろ。だから留学の話をした時もついて行くって言われて」

 金城は淡々と話す。彼氏が趣味、という人種は少なからずいるので納得した。

「俺は留学が目的でこの大学に入ったし、さすがに我慢できなくて拒否したら、情緒おかしくなって、そんで、オーバードーズして部屋から飛び降りた」

 言葉を失った。だが、金城は「あ、未遂だから」とすぐに言葉を付け加える。

「二階だったし、当たり所も良かったみたいで、今は入院中。でもさすがにもう面倒見切れなくて、電話で別れようって言った。見舞いも行ってないし、連絡もブロックしてる」

 そこまで言うと、金城は肩の力を抜いて天井を見た。

 自分のことで精一杯だった先週に、こんなことがあったとは思わなかった。私の時が進むように、周りも同じだけ時が進んでいるんだ。

「ちゃんと、別れられたの?」

「わかんね。ストーカーになって、殺されるかもしれないな」
 金城は、ははっと冗談かわからない言葉を口にする。

「でも、多分大丈夫。昨日、数少ないあいつの友人から、大学中退したって聞いたし。元々過保護な家だから、しばらくは外に出ないだろ」

 金城は目を閉じて、息を吐いた。
 そんな彼をジッと見る。

「すっきりした?」

「そうだなぁ。スッキリしたよ」

 そう言う顔はどこか浮かない。「でも、なんかずるいよな」

「ずるい?」

「だって」
 金城は、やりずらそうに苦笑する。

「今まで散々別れたいと思ってたのに、いざあいつから離れたら、ほんの少しだけ寂しいって思ってしまったんだ」

 おかしいよな、と笑う。私は何も答えられなかった。

 やっぱり、金城と私は似ているのかもしれない。
 私は、まだ月夜が戻ってきていないことを確認すると、金城に顔を近づけ声をひそめる。

「そういう時は、お店で癒してもらえばいいんじゃない?」

 そう言うと、金城は数秒静止するも「十万用意するか」と爽やかに笑った。

 会話が止み、グラスに口をつける。
 目前で友人と話す天草に目をやる。彼主催だからか、普段以上に陽気に席を回ってる。

「天草って、どうなの?」
 何気なく尋ねると、「どうだろうな」と金城は言う。

「あいつ男友達多いし、あんまり女の話は聞かねぇっつうか。まぁでも」

 金城は、口角を上げながら軽く頷く。その表情は、何か知っているような含み笑いだ。

「男ってのは、下心があって健全なんだ」

***