第四セメスター:十月⑦



 天草のアパートに辿り着く。一Kのいたって普通の部屋。だが、普段お調子ものの彼が自立している姿が、何だか歯痒く感じた。

 室内に入る。六畳一間にベッド、テレビ、ゲームなど生活感が溢れている。
 ゲームやスケートボード、ギターがあり、彼の趣味の多さが目に見えた。

「俺、風呂入ってくっけど、おまえは?」
 天草は言う。

「い、いや、さすがに悪いよ」

 そう答えると、適当にくつろいでな、と天草は浴室に行った。

 私は、居心地が悪いまま、室内を見回す。ローテーブルには、タバコと灰皿があった。銘柄はタバコを吸わない私でも知ってる有名なブランドだった。伯父が吸っていたな、とふと思い返す。

 少し意識し過ぎだ。天草は、いつもと変わらない。友人に話しかけるような普段の天草だ。
 男の人の家に上がるなんて良かったのだろうか、と性別を意識するほうがおかしいか。友人ならそこで区別するのは、何だか悪い。

「何、縮こまってんの?」

 声が聞こえて肩を飛び上がらせる。振り向くと、天草は部屋着に着替えていた。頭をタオルでふき、こちらまで来る。

 近くに座ると、タバコと灰皿を手に取った。

「ちょっと吸ってくるから。寝るならベッド使えよ」

「い、いや、さすがに悪い」

「俺は今日、散々寝たからまだ眠くねぇんだよ。寝るなら邪魔だからベッド行ってくれ」

「な、なにそれ!」

 私は、ムキになる。ま、そういうことで、と天草はベランダへと行った。

 どうしたら良いかわからず、ソワソワしていた。
 ベランダを見ると、空を見上げながらタバコを吸う天草の姿が目に入る。
 そんな姿が、いつかの彼に重なった。

 気づけば、私もベランダに出てた。天草が、クサイだろ、とタバコの煙を手でかき消すようにする。そんな仕草まで重ねてしまう。

「私、タバコは吸いたいとは思わないけど、人が吸ってる姿は好きなんだ」
 私は、開き直ったように言う。
 天草は、「そうか?」とどこか照れたように背筋を伸ばした。

「天草は、大人だね」

「大人か?」

「大人だよ。タバコも吸えるし、お酒も強い。それに、案外周りを見てる」
 私は言う。

 天草は、タバコを深く吸い、息を吐き出すと、「そうかなぁ」とぼやいた。

 冬に入った夜は冷え、ほどなくして部屋に入った。
 
 天草のお言葉に甘え、ベッドを使わせてもらった。マットレスがフカフカで、横になった瞬間に眠気が襲った。

 天草の匂いがする。ラベンダーに灰の混じったおしゃれな香りの土屋さんとは正反対の、柔軟剤のさっぱりした香りの中に、かすかに残る灰の大人な香り。
 本当に実家のようだな、と思いながら目を閉じた。

***



 朝になった。
 久しぶりにぐっすりと寝た。人の家でしっかり寝るなんて、大したもんだ。

 時計を見ると、七時半。

 ベッドから身体を起こすと、天草は、ベッドに背を預け、腕を組みながら寝ていた。この状態ではどちらがこの家の主かわからない。
 さすがに申し訳なくなり、身体を起こす。その音で、天草は目を覚ます。

「よぉ、寝れたか?」

「うん。ごめん、ベッド占領しちゃって」

「別に」
 天草は、大きく伸びをすると、私に向き直る。

「俺、九時からバイトだから、悪いけどそろそろ」

「ううん。泊まらせてくれてありがとう」
 私は、力なく笑う。

 天草は、私を見ると、冷蔵庫から何か取り出した。
 皿におにぎりとベーコンエッグが乗っている。

「朝メシ。食ってから帰りな」

「お母さんみたいだね」

「うっせ、こちとら一人暮らし歴は長いんだ」
 天草は口を曲げて言う。私は有難く朝食プレートを受け取った。

「本当にありがとう」

「だから良いって言ってんだろ」

「またお礼する。学食でも」

 そう言うと、天草はしばらく黙り込む。

「別のお礼?」

「そうだな」

「できれば、ビフテキ定食程度で」

「おまえ次第かな」
 天草は、そう言うと、こちらに顔を向ける。

「来週の土曜日、暇か?」

「土曜日?」

「その日一日付き合えよ。気晴らしに遊びに行こうぜ」

***