連休も明け、講義も部活も再開した。
新入生たちの班分けも終えている。今年は例年よりも多い五十人程度入部した。天草のカリスマ性が顕著に表れている。
「海老原くん。解説班になったんだね」
新入生も含む初めての班活動。私は、部室の隅に佇む海老原くんに声をかける。私に気づいた彼は、照れ臭そうに小さくうなづく。前髪の奥で澄んだ瞳がきらりと光った。
海老原くんが、解説班を選んだことに正直驚いていた。彼は、部内でも無口で、天草のように話すことが得意には見えない。だがむしろ、これをきっかけに彼に何か変化があるかもしれない、と余計なおせっかいまでかいていた。
「今週金曜、解説班だけで飲み会するか。活動外だし、もちろん任意だけど、一応、親睦会名目ということで」
解説班内のミーティング。解説班長が言った。
話すことが好きな人の集まりの解説班。当然、反対するものはいなかった。
＊＊＊
金曜日部活終了後。予定通り、解説班で飲み会を行った。
案の定というべきか、私は海老原くんの隣についた。天草の視線を感じるが、なるべく気づかないふりをする。お節介だな、と自覚しつつ、彼を見過ごせないところがあった。
海老原くんも、先輩きっかけに大学生活が変わるかもしれない、私と同じ人種だと気づいたから。
それに、出会って一ヶ月近く経ち、少しずつ彼についても知った。同じ法学部で、意外とお喋りだ。今では話題にも困らなかった。
「ナダモト教授、空さんが言っていたように、話が長いですね」
海老原くんは、目前のサラダを食べながら言う。
「でしょ。でも、半分以上は無駄話だし、テストはレポートだし、ぶっちゃけ出欠さえ取ってれば単位は取れるよ」
私は、ここ二年で汚く染まったライフハックを伝授する。
正直、海老原くんのような純粋無垢のような子に言うべきことではないが、大学にいると何が起こるかわからない。私でさえ、最初はマジメに講義に出ていたが、今ではこんな有様だ。
海老原くんは、小さく笑う。クリッとした二重に黒目がちの瞳、長い睫毛に白い肌。元が美少女のようにかわいい顔の彼が笑うと破壊力が強いな、と改めて感じた。気を許してくれているのか、私の前では時折こういった顔を見せてくれるので、少しだけ優越感がある。
ちらりと奥の席にいる天草を窺う。前に座る女後輩の人たちと楽し気に談笑していた。背中からも気分の高揚が感じられる。見なければよかった。
「そういえば、今日、このチョコレート持ってきたんですよ」
海老原くんの声で我に返る。海老原くんは、カバンから箱を取り出す。
「ウイスキーボンボン？」
「今チャレンジすれば、食べられるかなって」
真顔で宣言する海老原くんに、私は思わず笑ってしまった。
「お酒に、かなり憧れがあるんだね」
「大人って感じするじゃないですか。わかりませんが、多分、タバコとかも僕、免疫ないんですよ」
海老原くんは言う。冗談を言っているようにも見えないが、真剣な彼が妙で微笑ましく感じた。
「空さんも食べてみます？」
「いいの？ じゃ、貰おうかな」
チョコを一粒受け取ると、口に放り込んだ。噛むとたちまち口の中がアルコールで満たされる。正直、私もお酒は強い方ではない為、思わず口元を抑える。
「け、結構きついよ、アルコール……」
「やっぱ、そうなんですね」
そう言うと、海老原くんもチョコを口に放り込む。しばらく無表情で噛んでいたが、その顔がみるみる赤くなり始めた。
「だ、大丈夫？」
「僕には、きつすぎたみたいです……」
まるでべろべろに酔ったみたいに机に突っ伏する海老原くん。顔は真っ赤で目はとろんとしている。本当にお酒に弱いようだ。
「こ、これ飲んで……」そういってお冷を差し出す。
「おい。何、後輩に酒のませてんだ」
突如、天草の声が届く。私は慌てて弁解しようとするが、海老原くんが勢いよく顔を上げた。
「ち、違います……空さんは関係ありません……」
「空さん？」
海老原くんの名前呼びに、天草は眉をひそめる。
「僕が勝手に……アルコール入りのチョコを食べただけで……」
そこまで言うと、海老原くんは、バタンと倒れた。勢いよく頭を上げたことで血が上ったのかもしれない。
私は慌てて介抱するが、海老原くんはいまだのぼせているようだ。
「家まで送るよ」
私は海老原くんを支えて立ち上がろうとすると、天草の視線が再びこちらに向く。
「おまえが、そこまでする必要ねぇだろ」
天草は、強い表情で言う。以前から、海老原くんと関わる私をおもしろくないと思っていることは感じていた。
確かに海老原くんは異性だ。でも異性だからという理由だけで疑われても困る。それに先輩として、彼がお酒が弱いと知っていながら止められなかったことで、少し責任感を感じた。
「こんな状態で、放っておけるわけないじゃん……」
強い口調で言った。自分も女後輩と楽しく話しているくせに、との苛立ちもあったのかもしれない。
天草は、何か言おうとするが、口論を避けるように押し黙る。「さっさと、帰ってこいよ」
「わかってる。すぐに帰るから」
私は、海老原くんに寄り添って居酒屋を出た。
＊＊＊