第六セメスター➁



 クリスマスは、ケーキとチキンを予約し、天草の家でのんびり過ごすことになった。
 ちょうどイブとクリスマスは学校もなく、引退したことで部活もない。お互いに休日だった。

 お笑い特番もあり、少し豪華な食事と温かい空間でまったり過ごすことに憧れがあった。
 何より、外に出れば余計なものを見なくても済む。心がざわつかなくて済む。

「このコンビ、多分来年来るぜ」
 天草は、チキンをほおばりながら、テレビを指差す。

「初めて見たけど、おもしろかったよね」私は画面に映る芸人を見ながら答える。

 優勝賞金一千万円の出る大型お笑い特番。秋頃からトーナメント形式で予選が行われ、決勝に上がった十組だけが地上波のこの番組に出られるようだ。
 この番組で優勝したことにより人生が変わったという芸人の話はよく聞く。クリスマスは外に出ていることが多かったので久しぶりに見たが、画面に映る芸人は知らない人ばかりだった。

「大抵、決勝に出られてから売れる芸人が多いんだろ。芸人にとったら登竜門的な。ま、俺が言ってることは来年なったらわかるだろうよ」
 天草は得意げに頷く。根拠もなく無駄に自信がある姿も微笑ましく感じる。

 食事を堪能した後は、風呂に入る。天草が入っている間に私はカバンからクリスマスのコスプレを取り出した。

 二年前に使用したもの。無意識に太ももに目がいった。
 色々な過去を思い出して破棄するか悩んでいたが、その記憶を塗り替える為にも使用しようと決めた。

 天草は、喜んでくれるだろうか。

 浴室から天草の鼻歌が聞こえる。私は急いで着替えると、プレゼントを手に持った。
 シャワーの音が止まった。私は緊張した面持ちで棚の陰に隠れる。

「やっぱ熱い湯は最高だな~…って、あれ?」

 天草の戸惑う声が聞こえる。そのタイミングで私は陰から飛び出した。

「め、メリークリスマス!」

 そう言って私は天草にプレゼントを差し出す。
 目前で半裸でタオルで髪を拭く天草は硬直している。頼むから何か言ってほしい。

「こ、恒星……?」

 私は赤面した顔で彼を窺うと、天草は顔を手で覆った。

「待って」

「待って?」

「ずるくない?」

 そう言って天草は、顔を隠した手をそっと避けて私を窺う。

「やっば……何か、すっげー……キた」

 そう言うと、天草はプレゼントを受け取り、私を抱きしめた。

「かわいい……かわいい……コスプレってやばいな」
 語彙力をなくした天草。もはやプレゼントよりも私しか見えてないような反応だった。
 
「って、忘れるとこだった。俺も」

 そう言って棚からプレゼントを差し出す。私はそれを受け取り、「開けていい?」と尋ねた。天草も「俺も開けるぜ」と渡したプレゼントを掲げる。

 リボンを解くと、そこにはマフラーが入っていた。赤くてシンプルなデザイン。ブランドに疎い私でも知っている有名なものだった。

「か、かわいい……!」

「だろ? おまえに似合うと思った」

 天草は、照れ臭そうに笑う。私が渡したものを見て、「うおっ、かっけ!」と声を上げた。

 私が渡したのは、片手でつけられるタイプの金属製オイルライターだった。非喫煙者の私でも知っているメーカーのものだ。外側は本革のカバーで使うほどに使用感が出て味が出る、と店員さんに進められたままに購入した。

「これでタバコ吸うの、ちょっと憧れだったんだよな」
 天草は「一本だけ吸っていい?」と私に問う。その顔が好奇心旺盛な少年のようで、私は微笑みながら首を縦に振る。

 天草は上着を着ると、ベランダに出て火をつける。すでに日が落ちた夜に天草の手に持つタバコの火が温かみを帯びていた。

 数分すると天草が室内に戻ってくる。ぶわっと灰の香りが舞った。

「やっぱ、全然違うな」

「違いなんてあるの?」私は素朴に問う。

「全然違うぜ。なんつーか、香ばしさがあと引くっつうか。あとライターも火をつけたまま蓋をするから、オイルの香りが残るんだよな……蓋閉めるときの音もいい。とにかく、すんげーいい」

 天草は、持てる語彙力を最大限に活用して説明した。喜んでもらえて何よりだった。

 天草は、私の手を引き寄せて抱きしめる。服についた灰の香りと柔軟剤の香りが混ざり、彼の匂いだと安心感が生まれた。

「……食べていい?」

 天草が、低い声で私の耳元で囁く。雄の顔になっている彼に胸が高鳴り、一気に紅潮した。

「ど、どうぞ……」
  
 そう返事をすると、天草は部屋の電気を消し、私の顔を引き寄せた。

***



 十二月末、金城が帰国した。
 私、天草、月夜、金城のグループメッセージで連絡を取り、休日に居酒屋で四人で会うことになった。

「みんな、久しぶり」

 土下座像前に現れた金城は、以前と全然変わらない。
 冬本番の十二月。シンプルなロングコートにストール。相変わらず無駄のない出来過ぎた容姿だった。

 隣には、当然のように月夜がいる。集まりの際は、大抵月夜と一緒に向かうが、今日は現地で、と連絡が来たことを思い出し、思わず口元が緩む。恐らく今まで金城と一緒にいたのだろう。

「おう銀河、でかくなったか?」
 久しぶりの友人に、天草は表情を崩しながら手を挙げる。

「残念ながら、成長期は終わりました〜」
 金城は、両手を広げて肩をすくめる。

 アメリカで一年間過ごしたからか、身振り手振りの大きいオーバーリアクションになっていた。

 ひゅおおっと身に染みる冷たい風が吹く。私たちは、寒気から見守るように足速に店まで向かった。

「で、触れてなかったけど、おまえらが一緒にいるってことは、そういうことだよな?」

 ドリンクを注文し終えてすぐ、天草は目前に座る金城と月夜を交互に見ながら切り出した。
 さすが彼は、他人が触れ辛いことも平気でズカズカ踏み入る神経がある。

「そういうことだよ」

 金城は、苦笑しながら爽やかに返す。「帰国して、すぐ会いにいったんだ」

 隣に座る月夜は、他人事のように蒸しタオルで手を拭いている。

 確か金城は、実家だと言っていた。講義もなく、残すは年明け期末テストのみで余裕もある。金城から月夜と同じ高級感溢れる柔軟剤が香ることからも、恐らく今は、月夜の家でほぼ同棲に近い形なんだろうな、と内心思った。
 離れていた時間を埋め合わせしているのだろう。

「だったら、去年行ってた旅行は決行だな」天草は頷きながら言う。

「カノープス探しの旅だっけ。春休み入ってからなら」と月夜が頷く。

「合宿の下見が役に立ちそう」と私。

「一年の合宿で行った場所、すごくよかったよね」と金城が笑う。

「なら、二月に南辺りで計画するか。また年明け決めようぜ。まずは期末をやっつけてからだ」

 天草は親指を立てる。テストのない金城は「頑張ってね~」と余裕そうに笑った。

 ドリンクが届き、乾杯をしてからは、金城からお土産を受け取り、主に彼の留学の話で盛り上がった。
 日本帰国後、しばらくは英語が抜けなかったこと、観光で回った写真や土産話を聞いていた。
 
 金城は一年間休学したことになるので、来年は三年生、一年下になるようだった。だが一年間留学したことで経験もつけ、頭も良く見た目もいい。教師を目指している出来過ぎた彼なら、一年という期間はむしろいいハンデなのかもしれない。

 一年振りの再会に、話題はつきないものだ。
 結局、私たちは終電近くまで飲んでいた。

***