〇月1



ジャラジャラと小銭が賽銭箱に投げ入れられ、ガランガランと鈴の音が鳴る。遅れてパンパンと拍子音が響くとしばらく間があり、再び金の音へと繰り返される。
パチパチと燃える焚火の周囲には人々が暖を取っていた。舞う火の粉が天から降り注ぐ雪と融合し、じゅわりと溶けてはキラキラした雫を降らす。

参拝に訪れた人々は、背を丸めて寒気から身を守っていた。
とはいうものの、仕事を納めた満足感か、親戚や友人と集まっているからか、それとももうすぐ年が変わるからか、歩く人々の顔は普段以上に緩んでいる。

そんな人並みを見下ろせる、神社内中央に位置する大木の上に、彼らは立っていた。

「しまりがないわ」

真紅の髪に黒色のゴシックな衣装を着用した少女、リンは眉間に皺を寄せて吐き捨てる。まるでゴミを見る目で、不快感が露骨に表れていた。

「今日は『大晦日』って日で、今年最後の日なんだ。仕事も納めてりゃ学校もねぇ。子どもはお年玉、大人は会合、って浮かれるのも仕方ねぇだろな」

リンの隣に座る、銀髪に全身黒服の青年、ゼンゼは鋭く尖った歯を光らせて嗤う。リンとは対照的に愉快感が滲んでいた。

立入禁止のロープの貼られた神聖な大木であるものの、二人は平然と立ち入り、さらに木に登って目下を観察していた。
派手な髪色に服装、何よりも彼らの纏う異質な空気が場にそぐわないものの、浮かれた人々は頭上が視界に入っていないのか、全く気を留める様子はない。

「大晦日に神社に訪れるのは、一年の感謝を神に伝える為だとか。それだけこの世界では『神』という存在を崇めているんだとよ」

「でも私たちは、この世界で崇められるような扱いは受けていない」
それも不愉快なのよ、とリンは唇を突き出す。

「確かに。神であるには違いねぇのにな」
ゼンゼはどこか楽しそうに嗤いながら頬杖をつく。

リンは、小さく溜息を吐きながら再び下を見る。
この神社は、『学問の神様』で有名で、参拝客も受験を控える学生集団が多い。数年前に大型の感染症が流行した影響から、ほとんどの人がマスクを着用していた。現在はほぼ落ち着いてはいるものの、予防対策を怠ることはない。真面目な日本であるからこその光景でもあった。

「まぁでも、もうすぐ、最高に浮かれた瞬間を見るかもな」

「どういう意味?」

「こういう話を聞いたことがある」
そう言ってゼンゼは指を立てる。

「今日、日付の変わる瞬間にジャンプをすれば、『日付の変わる瞬間、地球にいなかった』と宣言できるらしい。そんで今は二十三時五十八分。あと二分で来年だ」

「大気圏は地上五百キロまでだから、ジャンプしたところで地球だわ」
リンは、何言ってるの、と言わんばかりの表情で答える。

「いや、厳密にはそうだけどよ」
ゼンゼは肩を竦めながら頬を掻く。

「そういうくだらないことでも盛り上がれるのがこいつらなんだ。特にここは若い奴が多いし」

「人間の考えることはわからないわ」

「でも退屈はしねぇ。それはおまえも思うだろ」

ゼンゼのその問いに、リンは無言で顔を逸らした。

「うわっ! すっげー赤髪!」

突如、届いた声にリンとゼンゼは静止する。
真下に顔を向けると、あんぐりと口を開け、こちらを見上げる少年が立っていた。

短髪の柔らかい髪はところどころ跳ね、分厚いダウンジャケットを着用している。さらに耳当てや手袋、マフラーなどの防寒具が身に付けられていた。
それらのおかげなのか、彼は寒気を全く感じさせない紅潮した顔で、目も口も大きく開いている。

少年の母親らしき女性は、一瞬リンたちの方角に顔を向けるも、すぐに顔を逸らし、「何、言ってるのよ」と首を振る。隣にいる父親も首を傾げていた。
だが、なおも少年はリンたちを見ている。

「ほら、赤夜。雪降っているんだから、早くすませてしまおう」

「あ、待って、お父さん。もう年変わるから、合格祈願はそれから!」

少年はもう一度こちらを見ると、慌てて両親と人の集まる場所へと姿を消した。
しばらくすると、人の集団から「十、九、八……」とカウントダウンの声が上がり始める。

「フーン……あいつも、か」
ゼンゼは愉快気に顎を擦る。

「えぇ。間違いないわ」
リンは手元のハードカバー本を捲りながら答える。

「受験まで持つと良いが」

「厳しいかもね」

リンは感情の欠落した声で言う。「彼は来月、開花時期を迎えるのだから」

「ハッピーニューイヤー!」と歓声が上がった。それと同時に大きな拍手が鳴った。
ところどころジャンプしてる人々が見られる。そんな光景を二人は冷ややかな目で見ていた。

「この木の方が高ぇけど、これは地球にいなかったことになんのかな」

「くだらない」

リンはゼンゼの軽口を軽く聞き流すと、「仕事よ」と腰を上げた。

『開花時期は来月です。』