一月【睦月 赤夜】6



「よし。ちゃんと出しておくな」
担任は、睦月から願書を受け取ると、力強く頷いた。

「よろしくお願いします!」
睦はそう言うと、パンッと手を鳴らして先生を拝み始めた。

「先生を拝むな」

「オレの人生がかかってんだ! 頼む!」

苦笑する担任の言葉も聞かずに、睦月は深々と頭を下げた。

「あいつは人を拝む習性があるのか」ゼンゼは嗤う。

「それだけ必死ってことね」リンは小さく微笑んだ。

「今日、家庭教師だっけ」

「えぇ」

「じゃ、開花はその後か」

予定を確認する軽い言葉に、リンは目を閉じ、「えぇ」と答えた。

「でも今回、普段よりも手入れやっていない気がするけど」

「今回はこれで良いと思うの」

「お得意の直感ですか」

「えぇ。でも、結果を見てから判断しなければね」

そう言うと、リンたちは腰を上げた。

時は一月十七日。開花予定日当日だった。

***

寒波も過ぎ、冷風も少なく穏やかな夜が訪れていた。
人間にとったら過ごしやすい気候なのかもしれないが、もちろん死神には関係ない。

リンたちは、次の対象の元に向かっていた。彼女の手には、生き生きと輝く花の入れられた小瓶が持たれている。

小瓶のラベルには、「A」と「睦月赤夜」と表記されていた。

「もしかしたら、私たちが力を使わないほうが、きれいに咲くのかもしれない」
リンは小瓶に目をやりながら呟く。

「そんなことあるか?」
ゼンゼも顎に手を当て、小瓶を見る。

「前回と同じAには変わりないけれど、でも、確実に今回の方がきれいに見えるもの」

「そう言われたらそうかもしれねぇが」

ゼンゼは物珍し気に花を確認する。リンは深く腕を組む。

「『夏原杏里』って、覚えてるかしら」

「あ〜〜、確か、高校生歌姫」

「そう」

夏原杏里は、「天才歌姫」と呼ばれたSランクの魂を所持した女子高校生だった。
数年前にリンが担当したことで、「夏原杏里」という人間としては、すでにこの世にいない。
リンがこの街、「虹ノ宮」の担当になった一年目に、かつ「S」ランクという貴重な存在であっただけに、いまだに彼女のことは記憶にあった。

「彼女は私たちの力を使わず、自力で未練を取り除き、最高の花を咲かせた」

「そういえば、そうだっけ」
ゼンゼは過去を懐かしむように言う。

「この世界でも、薬を利用することは良くない傾向にあるでしょ。そもそも幻覚を見せる薬は日本では違法だし、野菜も無農薬の方が新鮮で良いと思われる傾向がある。だから」

リンは小さく息を吸うと、暗い空を見上げる。

「これからは、なるべく力を使わないで質を上げようと思う」

その言葉に、ゼンゼは眉間にしわを寄せる。

「力を使わなければ、負の感情に対して、人間自らが立ち向かわせる気にさせなければならねぇ。つまり、それだけ人間に関わらなければならねぇんだぞ」

「わかっているわ。私たちは、人間が前に進む背中を見守り、後ろを向いた時に手助けするだけよ」

そう言うと、リンはゼンゼにまっすぐ視線を向ける。「大丈夫。もうあなたを危険に晒すようなことはしないから」

過去を思い出しているのか、彼女の強い決意を感じたゼンゼは、満足気に嗤う。

「そもそも、そこまでして質を上げる必要はないって何度も言ってるんだがな」

「そこは私が一番妥協しない、とは、相棒であるあなたが一番わかっているでしょう」
リンは彼を挑発するように微笑む。

「私は人間が好きなのよ。だからこそ、最期くらいはきれいに咲いて欲しい。それは『人間を生かしたい』という感情には該当しないはず」

「それもそうだな」
ゼンゼは愉快そうに顎を擦った。

虹ノ宮の中でも郊外に位置するこの場所は、視界が開けていた。先日までの寒波で大気のチリは落とされ、夜空は澄み渡っている。眩く輝く月と恒星は街を照らし、川で冷やされた大気が素肌にキンと染み入る。真冬の夜だった。

「そういえばあなた、一つ間違っているわ」

「何が?」
薮から棒に、とゼンゼは目を丸くする。

「闘牛の牛は、赤い布に反応するのではなく、布の動きで興奮するらしい」

リンは淡々と告げる。
ゼンゼはしばらく静止するも、「じゃ、やっぱ今回の対象は特殊だったのか」と口角を上げた。

一月【睦月 赤夜】 完