寒風がびゅうっと音を鳴らして吹く。昨夜は豪雪だったことから、まだ辺りには白い雪がそこら中で確認できた。
友人グループや家族連れが、白い息を吐きながら鳥居をくぐる。厳しい寒空の下でありながら、今日から新年が始まることでどこか浮き立っていた。
そんな彼らとは対照的に、電柱に寄りかかっている北野哀(キタノ アイ)は、真剣な眼差しで手元の本に目を落としていた。
本の表紙には、『志望校絶対合格!』と無責任な断定型謳い文句が書かれている。
「あ、雨が降りそう」
どこからか声が響く。全力疾走している際に足をかけられたかのような不意打ちに思わず顔を上げる。
声の通り、頭上には暗くてぶ厚い雲が覆い、「まもなく雨を降らすぞ」と、天が警告しているような空色になっていた。
今朝の天気予報は晴れのち曇り。昨夜、大雪だったことからも雨が降るとは予測できないものだ。
哀は軽く面食らいながら読んでいた本をカバンにしまい、代わりに折りたたみ雨具を取り出す。
そこまでの行程を経て、哀は何となく後ろを振り返った。
「どうしよう。傘持ってきてないよ」
哀の寄りかかっている電柱の斜め後ろにあるゲームセンターの前に、男女二人組が立っていた。店から今、出てきたばかりといった様子だ。
哀は無意識に目を細め、二人をじっと見る。
「ごめんごめん! おばさん話長くってさ……」
後方から青年が慌ただしく駆け寄る。紫紺色の髪の純真そうな雰囲気が漂い、申し訳なさそうに肩を縮こませている。
だが、哀はいまだ茫然と男女二人組を眺めている。
「哀?」
青年が大きく名前を呼ぶと、哀はびくりと肩を震わせて反応する。
「あぁごめん……じゃ、行こっか」
何ごともなかったかのように青年に振り向く。
青年は口をきゅっと窄めて彼女を見る。
「また、観察していたの?」
「観察?」
唐突な青年の問いかけに、哀は首を傾げながら聞き返す。
「あの人たち」
そう言って青年は、先ほど哀が見てた男女ニ人組に目を向ける。
哀は頬を赤らめながら「そ、そんなんじゃないけど……」とやりずらさそうにマフラーに顔を落とす。
「昔からそうだよね、哀は人間観察が好きというか。特に片思いしてる人やカップルだと露骨になる」
それも真顔だし、と青年は揶揄う。
「真顔なんだ」
哀は自身の頬に手を当てながら呟く。「でも逆に、笑ったり怒ったりしてたら気持ち悪いでしょ?」
「それもそうだけど」
開き直った彼女に青年は軽く笑いながら反応する。
二人は目前にある鳥居まで足を進める。「学問の神様」で有名であることから、初詣客に混じり、学生の姿がたくさん見られる。
哀も今年受験生であることから、地元から離れたこの天満宮までわざわざ訪れていた。
「何かさ、恋愛している人って良くない?」
哀は弁解するように口を開く。
「良いとは?」
「好きな人の話をしてる時の顔って、みんな輝いているんだよ。心から相手を思う感情が溢れていて、そんな顔を見ているだけでもこっちも幸せになると言うか。だからさ」
そこまで言うと、哀は目を閉じて僅かに口角を上げる。「これは、観察してる人の特権」
裏の感じられない素直な言葉に、青年は目を丸くする。
「羨ましい、とかは感じないんだ」
「羨まっ……!? あるわけない!」
哀は目を見開いて否定する。
「だってさ、見るのはもちろん、恋愛話とかでさえ聞くのが嫌だって言う人もいるじゃん。特に女の子って、上辺ではにこにこ相槌打ってても、裏では妬ましいとか考えてる人もいるでしょ?」
「そんな純粋な目で言われても」
「僕は嘘吐けないんだ」青年は笑う。
「まぁでも哀がそんな人じゃないってことは、僕が良く知ってるから」
「知ってるなら何で言ったのよ」
哀は不服そうに唇を尖らせる。
「だって、他人の幸せを願える人って中々いないでしょ」
青年は暗い空を見上げると、手の平を天に向ける。
「観察と言うよりかは観測かな。哀は離れた場所から周囲を観測して、より良い結果になる可能性を推測する。気象予報士だって、基本的には晴れの空を願ってるでしょ、知らないけど」
「出た、関西特有の無責任発言」
「周囲に関西人がいるから仕方ないよね。というか雨、降りそうだから早く参拝しちゃお」
青年は哀の軽口をさらりといなして足早に歩く。
哀は「年下のくせに」と不満気に顔を歪めて彼を追った。
『気まぐれ天気、恋予報。』