Day5「今年初の猛暑日となる為、熱中症にお気をつけてください」①




テストも終えて、夏休みに突入する。
直樹のおかげもあり、全員赤点は取らずに済んだので補習も必要ない。
私たちの中で受験生もいないことから、満喫できる夏休みとなりそうだ。特に私たち二年生にとったら今年が一番遊べる夏となる。

部活動をしている者もいる為、基本的に夏休み期間中も寮での生活は変わらない。
だが申請をすれば、実家に帰省することも可能だ。

「みんなは今年も、お盆だけ帰省するの?」
朝の運動を終えた後、ラウンジ内で休息を取っている時に私は尋ねる。

「そうだな。元々俺らは家がないから、それしかできないんだけど」
祐介は肩を竦める。

彼らの両親は、仕事場近くに引っ越したので地元に家がない。
だが祖母の家があるので、両親の仕事の休みであるお盆の期間だけ帰省するようだ。

「あたしもそうだね~。こっちの方が仕事行きやすいし」
渚もソファに寝転がりながら言う。

この学校は、私たちの地元とテレビ局のある街のちょうど中間に位置していた。

「俺は皆に合わせる」蓮は顔を背けながら言う。

「やっぱそうだよね。なら私もそうしよう」

「気、遣わなくていいのに」祐介は苦笑する。

「いやいや全然。むしろ帰ろうと思えばいつでも帰られるしね」

私たちの地元は、街とは反対方向の少し郊外になるが、この学校と同じ虹ノ宮市内に位置していた。帰省は大がかりではない。

「というかお金払ってるんだからごはん食べないともったいないでしょ。クーラーも常に効いているし」
使えるものは使っておけ、という思考なのだ。

「節制だね~」
美子はカップケーキを食べながら無邪気に笑う。

「確かに食費は助かってる」
祐介は、美子の頭を撫でながら愉快そうに笑った。

七時となったので、そのまま食堂へと向かった。

***

今日の朝食は、焼き鮭に切り干し大根、ひじき、ごはん、味噌汁と和食だった。
特に魚が嫌いなわけではないものの、どうも焼き魚の日はテンションが下がる。皆、黙々とおかずに手を付けていた。

「鮭…………」

渚が焼き鮭を弄りながら呟く。「魚!」

「うるさい」
いきなり大声を出す渚に、蓮は怪訝な顔を向ける。

「川で釣りしよう!」

「どういう発想でそうなるんだ」
祐介は、呆れたように苦笑する。

「せっかくのバカンスなんだからクールな遊びしたいじゃん。あの川広いし、魚もいるでしょ」

この学校と地元の間には、大きな川がある。
上流の澄んだ山水が流れてくるので、夏場にはたくさん子どもが遊んでいるものだ。

「でも何で釣りなの~?」

じじくさぁ、と美子は言う。そんな彼女に、渚はふふっとしたり顔を向ける。

「忘れたの? あたしたち一年は、生物の宿題で生き物の観察日記をつけないといけないじゃん。その生き物を取るためだよ。それに観察が終わったら食べたら良い話」

「おまえに釣られる魚が不憫だ」
祐介は間髪入れずに突っ込む。

「美子、お魚大好きだからたくさん取るよ!」
美子は目を輝かせて宣言する。違うところで火が付いたようだ。

「ずっと部屋にいても腐るだけだよ。ただでさえ二十歳過ぎたら『賞味期限切れ』って言われるんだから」

「賞味期限切れ……」

「高校生であるこの時間は有限。とにかく、川に行こうよ!」

渚は晴れやかな笑顔で言う。
こういう時に、本領を発揮されるからずるいものだ。

案の定、他の皆も彼女に魅せられ、渋々付き合うこととなった。

***

 

学校から一駅分先にある大きな川に辿り着く。
残念ながら釣り用具は学校内に見当たらなかったが、代わりに大きな網とバケツを持参した。

川の高架下には数組の家族グループが見られ、目先の川では小さい子どもがきゃっきゃとはしゃいでいる。
川の水は澄み、川底の砂利まではっきりと目に見える。上流の方からザァァと勢いのある清流の音が心地良い。

しかし、頭上でギラギラと照り付ける烈日に、皆意気消沈していた。

「あっついよ!」

渚は太陽に向かって怒鳴る。近くの橋に静かに木霊した。
彼女は大きな麦わら帽子をかぶり、サングラス、アームカバーと日焼け対策は行っている。一応モデルとしての心構えはあるようだ。

「溶けそう…………」
蓮は心底辛そうに呟く。

「こんなところで寝たら蒸し焼きになっちゃうよ~」
食っちゃうど~、と美子は蓮に両手を掲げる。

「だめだ~耐えらんない。川に入っちゃえ」

そう言うと、渚はサンダルのまま川へと駆け込んだ。

「んぎゃあっ! 冷たい!」

「女子力の欠片もない反応だな」

「うっさいわね。あんたも入ったらわかるわよ」
渚はキッと祐介を睨む。

「まぁ暑いし、身体冷やすか」
祐介はそう言うと、ズボンの裾を捲って川へと向かった。

「あっお兄ちゃん。待ってよ!」
美子も慌てて祐介の後を追った。

川からは「冷て~」「ここ深いよ」「おまえふざけんなよ」との声が上がる。

彼らがはしゃぐ様子を私と蓮は傍観していた。

「元気だねぇ……」
私はお年寄りみたいなことを呟く。

「まるで子どもだ」
蓮も静かに同意する。

「まぁ、でも」

「でも?」

「退屈はしない」

蓮は僅かに口角を上げると、ズボンの裾を捲り始める。
珍しい彼の反応に私は目を丸くする。

「蓮って最近、何か変わったよね……」

「変わった?」
蓮は、普段の表情に戻ってこちらを向く。

「いや、昔から何だかんだ付き合いはよかったけど、最近は特に…………」

修学旅行のことが思い出された。
私はあれからずっと彼の言葉を反芻しているが、言った本人である彼自身全く気にしていない。
私に対する態度も変わらないことから、単純に忠告の意味で言ったのかもしれない。部屋の鍵を閉め忘れることがあるだけに、「無防備」と指摘されても何も言えないものだ。

蓮は顎に手を当て思案する。

「まぁこの暑い中、寝るわけにもいかないし」

「やっぱり寝ること考えていたんだ」
私は苦笑する。

「汗も鬱陶しいし身体冷やしたいなって」

「じゃあ、私も入ろう」

「哀と蓮、早く来て! すっごい大きな魚がいるから挟み撃ち!」
渚の声が響く。

「わかったから」
私たちは頷きながら川へと向かった。

***

「あれ、渚ちゃんじゃない?」

川で魚を捕獲している時、若い主婦たちの声が届く。
振り向くと、高架下で子どもを見守っていた主婦たちがこちらを見ていた。
名前を呼ばれた渚は私?と、自身を指差す。

「やっぱり渚ちゃんだ!」

「えっ何? あたしのこと知ってくれてるんだ。嬉しいな~!」

渚はサングラスを外すと、嬉々として主婦たちの元まで向かう。
彼女が近づくと、「ほっそ~い」「かわいい」との歓声が上がった。

彼女らの声が聞こえたのか、川辺で歩いている人たちも、ちらちらと渚のことを見始める。

「そうか、あいつそういえばモデルなんだ」

祐介は笑いながら頭を掻く。「外では、こういう反応が普通だったな」

「寮ではこういう扱いされないもんね」
私も頷いて同調した。

「ねぇみんな! よかったらアイス食べないかってさ!」

渚が笑顔で言う。渚の奥には、主婦たちが笑顔で手招きしている。

「そんな、図々しいこと……」

「アイス? 食べる食べる!」
美子が尻尾を振って渚の元まで向かう。

「おい、美子!」
祐介は慌てて彼女を追った。

「結局、いつもこうだ」
蓮も頭を掻きながらも彼らについていった。

***

ありがたくアイスを頂いた後、子どもたちが遊び疲れたことで、主婦さんたちは帰宅した。
私たちはそのまましばらく高架下で休憩していた。

日差しの遮られたこの空間に、川の流れる音が反響する。
幼少期に戻ったかのような錯覚に陥り、茫然と周囲を見回す。川を渡った先が私たちの地元なのだ。

対岸ではしゃぐ子どもが小さく見えるほどに川が広い。橋の上は車が走行し、犬をつれた老人などが歩いている。
少し奥へと目を向けると、足場の組まれた工事現場が見える。何かショッピングモールでもできるのか、かなり大きな建物だ。

その近くには、大きくて赤い鳥居が特徴的な「藍河稲荷神社」が見える。
地元から近いことから夏には夏祭り、正月には初詣と昔からお世話になっていた。

反対方向に顔を向けると、「モモヤマベーカリー」というパン屋さんが目に入る。個人経営ではあるが、素材の味を生かしたシンプルなパンが多くて常連客が多い。特にカレーパンは絶品だった。

私たちの地元は、街と田舎の間に位置することもあり、人が多すぎることもなければ、少なすぎることもない。電車に乗ればすぐに街に出られ、反対方向に行けば大自然が満喫できる。
周囲は山で囲まれ、自然が多く、居心地の良い環境だった。

「あーおまえら!」

特徴のある声が響く。私たちは一旦静止する。
この声は振り向かなくてもわかる。おそらく瑛一郎だ。

「やっぱ暑いと川に入りたくなるよなぁ」

瑛一郎は、笑顔でこの場まで来る。
トップスは青、パンツは白のメッシュ素材の練習着を着用している。まさに今までサッカーをしていました、とわかる恰好だ。
その右手には、ペットボトル数本入った袋が握られている。

「瑛くん、何で?」
渚は素朴に尋ねる。

「さっきまでそこで試合だったんだ。今は休憩中で、水買いに行った帰りに寄り道」

そう言って瑛一郎は後ろを指差す。差された先には、「虹ノ宮総合運動公園」と書かれた看板が立っていた。

運動公園には広い競技場と球場があったはずだ。この時期だと、球場では甲子園の地方大会予選が行われている。

「というか渚ちゃんいいのか? 怪我でもしたら大変じゃねーの」

「別にこれぐらい平気だって! 見つからなければいい話だし」
渚はいたずらっ子の顔で笑う。

「ほう、良い神経しているな」

突如、低く沈んだ声が響く。
全員、声の方へと顔を向けると、そこには一人の男性が立っていた。

長髪の髪をひとつに束ね、サングラスをかけている。この暑い中、スーツを着崩すことなく着用している。
左手についている時計や履いている革靴の輝きからも、彼が上流階級の人間だとはすぐに伝わった。

「リンくん……?」
渚は心底驚いた顔で呟く。

「え、マネージャーさん?」

私は目を見開く。そしてもう一度、彼に顔を向けた。
かなり厳格そうな堅い外見からも、「リンくん」とフレンドリーに呼ばれるような人物に見えなかった。

面倒なことになりそうだと察知したのか、瑛一郎は「じゃ、俺は戻りま~す」とそそくさとその場を去った。

「な、何で?」
渚は困惑した調子で尋ねる。まるでいたずらがばれた子どものようだ。

「何でじゃないだろ。誰かがおまえがここにいると、SNSに書き込んだんだ。全く……自分がどういう人物なのか少しは考えろ」マネージャーは大きく溜息を吐く。

「これぐらい平気だって!ちゃんとラッシュガードは着てるでしょ」

「そういう問題じゃない」

「学校の宿題で、生き物の観察日記つけないといけないの!」

「鳥とかで充分だ。わざわざ怪我しそうなことしなくていい」

「やだやだ! だってゴールデンウィークの時はあたしだけ寂しい思いをしたんだもん。だから少しくらい遊ばせてよ!」

渚は両手足をじたばたと動かして駄々をこねる。そんな彼女を前に、マネージャーは額を抑える。

「まるで子どもと保護者だな」
祐介は私に小声で言う。

「ロマンのかけらもないか」

かなり確率の低い予報ではあったが、残念ながら希望的観測になりそうだった。

***

 

その後、マネージャーが説得したことで、私たちはお開きとなった。
捕まえた魚は宿題を済ませた後に川へと放った。

高く昇っていた日もいつの間にか低く沈んでいた。
ジワジワと蝉が鳴いている。普段はうるさいと思う蝉の声も、外に出てしまえば案外気にならないものなんだ。

「魚さん、食べられなかった……」
寮へと戻る帰宅路、美子は口元に指を添えて呟く。

「そもそもどうやって調理するつもりだったんだ」
祐介は呆れた声で尋ねる。

渚は腕を組む。「そりゃ食堂の人に渡して?」

「食堂の人がかわいそう」蓮は突っ込む。

「まぁ~でも宿題は終わったし、川で遊ぶの楽しかったから別にいーや!」
渚は、大きく伸びをして天を仰いだ。

赤く日が灯る夕景の空の下、私たちは寮へと帰宅する。
右手には網、左手にはバケツを所持している無邪気な姿がまるで幼少期に戻ったようで思わず笑みが零れた。

***
「じゃあ一週間、楽しんどいで」

寮長の萌はそう言うと、書類にポンッとスタンプを押した。

「ありがとうございます」
私たちは頭を下げてお礼を言う。