Day5「今年初の猛暑日となる為、熱中症にお気をつけてください」②




八月に突入したことで、帰省の準備を行っていた。今回は祐介たちの都合に合わせて九日から十六日までの一週間。
外泊の場合は、外泊許可証を寮長に発行してもらう必要がある為、渚と美子の三人で、萌の元まで訪れていた。

「萌ちゃんは今年、帰省しないの~?」
美子は尋ねる。

「そうやなぁ~二、三日くらいは帰るかも知れんけど用事が詰まってんねんな。大阪の方はさすがに無理やな」
まだ未定、と萌は天井を見上げながら答える。

奏多たちの地元は虹ノ宮市外だった。市内だけでもかなり広大なことから市外に出ると移動時間がかかる。
さらに萌と直樹は、幼少期は大阪に住んでいたことで、そちらにも親戚の家があると言う。
三年生である彼女は、受験を控えていることからこの夏休みをどう過ごすかにかかっていた。

「他のみんなは?」渚は尋ねる。

「沙那はすでに地元帰ってるで。瑛一郎は部活あるからうちと同じで帰れたら帰るって。奏多は哀の方が知ってるやろ」

「うん。お盆だけ帰るって言ってた」

「直くんは〜?」美子は尋ねる。

「あいつはどうやろ。いつもフラッフラしてるし気まぐれちゃうかな」
萌は適当に答える。弟だけ扱いが雑で苦笑する。

「やっぱり三年生って全然遊べないものなの?」

私は恐る恐る尋ねる。萌は顎に手を当てる。

「そうやな~進学するんやったら勉強するやろし、講座とか大学訪問とか入れたらすぐ予定埋まるで」

「勉強やだ~」
美子は頬を膨らませる。テストの時を思い出しているのかもしれない。

「まぁAOとか推薦やったら学科がないけど、部活か委員とかしてへんかったら厳しいかもなぁ。あでも、成績上げたらいけるんちゃうかな」

そう言って萌は親指を立てる。「やっぱ、大学は行きたいやん?」

「それだけ魅力的なんだ」

「そうやなぁ。校則とかもあらへんし、サークルとかゼミとか絶対楽しいやろ」
萌は目を輝かせながら言う。

「ちなみに萌ちゃんはどこ狙いなの?」

渚がそう尋ねると、萌は照れくさそうに頬を掻く。

「実は、北海道行こう思ってて」

「北海道!?」思わず全員叫ぶ。

「な、何でそんなに遠いところに……」

恐る恐る尋ねると、萌は白い歯を見せて無邪気に笑う。

「実はうちのおじいちゃんが昔買った畑が向こうにあってな。うち継ごうと思ってるから、それなら向こうの大学行こって思って。修学旅行で北海道行った時に気に入ったのもある」

「じゃ、じゃあ、今年で虹ノ宮は離れるんだ…………」

「そうやな。ま、環境が変わるのは昔から慣れてるけど」

萌と直樹ら松尾家は、奏多の地元に戸建てを買うまでに、五回転校していたとは聞いていた。この寮に入ったのも、両親の転勤が理由だったと聞く。
慣れているとはいえ、少し同情はするものだ。

「え、瑛くんには言ったの?」

渚がそう尋ねると、萌は寂しそうに目を伏せる。

「いや、まだやな。行くって決めたんも最近やから。申し訳ないけど。あ、一応まだあいつらには言わんといてな。何か気遣わせるのも嫌やし」
もし落ちたら恥ずかしいし、と萌は頭を掻く。

「寂しい~」
美子は唇を突き出す。

「そう言ってくれて嬉しいわ。みんなと遊んだんめっちゃ楽しかったし、ほんまにこの寮入ってよかった。ってまだ半年はおるけどな」
萌は優しく笑った。

寮長からの許可証も発行してもらえたことで私たちは自室に戻った。

***

「別れは突然ってやつだね……」
廊下を歩いている時に、渚はポツリと呟く。

「だよね。ちょっとびっくりした…………」私も同意する。

「北海道、美味しいものたくさんだもんね〜」
美子はシュガーパンを握りながら茫然と天井を見上げる。

最近萌には会えていなかったものの、今まで奏多たちと集まった時のことを思い出すと寂しくなった。

「うーん、でも大学か~どうしようかな」

「渚は進学考えてないの?」
思わぬ呟きに反応する。

「そうだね。卒業したら仕事かな~って考えてたの。だから多少の我儘だって色々聞いてもらえてたんだ」渚は答える。

先日の川でのマネージャーとのやり取りを思い出す。彼女があれだけ駄々をこねていたのも、卒業したら仕事に気持ちを切り替えると決めていたからかもしれない。
そう考えると、彼女の無茶苦茶な行動もある意味納得してしまえるところがあった。

「でもさ、やっぱり一番青春って感じだから行きたいよねぇ」

「まだ高校生になったばっかりなのに、もう将来のことを考えるなんて渚はえらいねー」
美子はぽやんとした顔で言う。

「一年生だからとのんびりしていたら、あっという間に三年生になっちゃうよ!」

渚は美子の頬をぷにぷに触りながら言う。美子はう~と唸りながらされるがままの状態だ。

何だか急激に寂しさが襲った。

先のことなんて見えないのは当然なのに、変化が来るとわかったことで現状維持に努めようとしている。

変わらないものなんてないとは、変化を記録する観測者であるだけ充分に理解している。
だが、当然のように生活しているこの関係が変わることが予測できなくて、なんだか遠い未来のように感じていた。

それだけ変化に怯えるようになっていた。

***

今回は、マネージャーにだだをこねたことで、渚も一週間、休暇がもらえたようだ。
その為、珍しく五人揃っての帰省となる。

「帰ってきた~!」

最寄り駅で下車した瞬間、皆一斉に伸びをした。

「同じ市内だけどこれだけ荷物を持ってるとやっぱり疲れるね」

私は足元に下ろした大きな鞄に目をやる。一週間帰省することで、着替えや日用品などがたくさん詰められていた。

「ほんとほんと、こういう時、男の子って良いよね」
そう言って渚は祐介と蓮を見る。「特に蓮なんて、リュックひとつじゃん」

「枕さえあればいいし」蓮は至極当然のように言う。

「ミニマリスト!」

周囲を囲う青峰も、ほどよい街の活気も、こじんまりした商店街も馴染みのものだ。遠くで鳴く野鳥の声が「おかえり」と出迎えてくれたように感じる。
もう幾度となく目にした街並みには、やはり安心感を抱いた。

「このゲーセンまだ潰れてないじゃん!」

渚は嬉々として前方を指差す。差された先にあるビルの一階には、時代を感じるゲームセンターがあった。

「渚が前、帰ってきたの正月だろ。そんなすぐにはなくならないって」
祐介は笑いながら言う。

「昔からしぶとく生き残ってるよね~」
美子は、黒糖パンをほおばりながら言う。

祐介は「美子」と、人差し指を口元に当てて制する。

「ほら、蓮が寝そうだからさっさと帰ろうぜ」

祐介は、立ったまま目を瞑る蓮の様子を窺いながら切り出す。
私たちは実家へと足を進めた。

「神社の夏祭りって十三日だったよね」
家路へと足を進める中、渚はふと思い出したように振り向く。

「確かそうだったはず。花火大会は十五日」
祐介は顎に手を当てながら答える。

「もちろん、今年も行くよね?」
ね? と渚は笑顔で首を傾ける。

「もちろんだよ~。その為に美子、お小遣い貯めてたんだから」
美子は鼻息を荒くして答える。

「ま~そうだな。あそこ広いし、毎年行っても飽きることはねーもんな」
祐介も素直に同意する。

蓮も赤べこのように首を振る。目がほぼ閉じているので意識があるのか定かではない。

「じゃあそれ以外の日は?」
渚は意気盛んに腕を振る。

「さすがに厳しいかも。一応、母さんら帰ってくるから、親戚ん家回ったりとか色々」祐介は答える。

「私も明日から二日間は、お墓参りで外出っぱなしかも」私も答える。

そんな私たちの反応を見て、渚はむくっと頬を膨らませる。

「とか言って、今回もあたしをハミゴにしようとしてるんでしょ」

「違う違う。つか逆に毎日顔合わせてんだから帰省時くらいは家族の時間を作ろうぜ」
祐介は苦笑する。

「そうだよ。渚もいつも言ってるじゃん。この時間を大事にしようって」私は渚を宥める。

「仕方ないわね。二日間は開けててよ!」
渚はむくれながら言った。

実家のある町内まで辿り着く。

うちの町内は、細い通りに家が密集している。私の北野家、祐介と美子の二宮家、渚の神崎家、蓮の風見家の四組とも、互いに徒歩数秒の距離間に位置していた。

家の前までくると、皆に振り返る。

「じゃとりあえずは、十三日の夏祭りまで」

祐介は軽く手を上げる。隣の美子も「またねー」と手をフリフリする。

「楽しみにしてるからね~」

渚は大きな声で叫ぶ。それにより外で話していた主婦が、「あ、渚ちゃんたち帰ってきた」と声を上げた。

私と蓮も手を振り、それぞれ家に入った。

ゴールデンウィーク時に帰省しているので、特に久し振りだとも感じない。五月は渚が仕事でいなかったこともあり、一日だけ家族ぐるみでバーベキューをしただけだった。今回は一週間も休みがあり、のんびりできるものだ。

馴染みの玄関のドアを開いて中に入る。

「ただいま~」

「あ、おかえり」
母は、特に驚くことなく出迎える。

「さっき渚ちゃんの声が聞こえたけど、みんなと帰ってきたの?」

「あ、うん。そうだよ」
室内まで響く渚の声は、いかほどのものなのか。

「やっぱりそうなんだ。祐介くんとこのママさんたちも今日帰ってくるって言ってたから、そうかなぁと思っていたの」母は上機嫌に話す。

皆とは家が近いことと、親同士が仲が良くなったことがきっかけで、よく話すようになった。
母にとったらママ友である祐介たちの両親が帰ってきたことに嬉しいのだろう。むしろ娘が帰ってきたよりもイキイキしているように見える。

祐介たちの両親が帰省するタイミングに合わせて母たちも集まる計画を立てている。昨年はゴールデンウィーク、お盆、お正月の年三回のタイミングだった。この貴重な機会を母たちは楽しみにしているのだろう。

ゴールデンウィークの時も、親たちが率先してバーベキューの計画を立てていた。
私たちは毎日顔を合わせているだけに、子どもよりも親のほうが乗り気なのは自然なのかもしれない。

「私たちは、十三日は藍河稲荷神社のお祭り、十五日は尾泉の花火大会に行く予定」

「そうだと思ってたわ。だから私たちもその二日は飲もうって話になってたの」

母は頬に手を当てる。基本的に彼らが集まる場にはお酒がある。
私が二階の自室に上がろうとした時に、母が「あ、そうそう」と切り出す。

「蓮くんのこと、聞いた?」

「蓮のこと?」

「あ、聞いてないなら別にいいや」
母は露骨に会話を逸らす。

「いや、そんな風に逸らされると気になるんだけど」

「こんな重大なこと、私の口から言えるわけないでしょ」

母は頑なに口を閉ざす。しかし重大と言われたことで余計に気になり始める。
最近、蓮が変わったと感じたことと何か関係があるのだろうか。

だが、これ以上聞く耳持たない母を追求しても無駄だ。
私は小さく息を吐いて二階へ上がった。

自室に入る。荷物を床に下ろすと、大きく息を吐きながらベッドサイドに座る。スプリングの弾力により軽く跳ね返った。

明日からはお墓参りや奏多の家に訪れたりと、しばらく家の用事に付き合うことになる。十三日までは忙しい。
寮生活で常に周囲にクラスメイトのいる環境なだけに、家族との時間が新鮮だ。

「蓮のことって、何だろう…………」

そのまましばらくベッドの上で伸びていた。

***