第三章『藍の河原と星図鑑』⑤




「推薦、受けることにします」

何度目かとなる担任との面談で、私は告白した。

「そうだな。その方が良いと俺も思う。じゃ、まずは願書の準備だな」
担任はさっそく資料を漁り始める。

「タニさんに申し訳ないなぁ……」

私の志望する大学の特待制度は、三年生前期の成績が重視される為、学科が必要でない。タニさんに大量に譲り受けた教本も、しばらくは不要になる。
もう使わないからとは言ってくれたものの、ここまで気を遣ってもらったことに対して罪悪感を感じた。

しかし、これで余裕が生まれたので、指輪にも真剣に考えられるようになった。

さっそくリョウヘイに、推薦を受ける大学を決めたと報告に向かう。

「リョウヘイと、同じ大学にしたよ……」
私は彼の表情を窺いながら告げる。

「それは、オレがいるからか?」
リョウヘイは、意地悪そうに口角を上げて問う。

「だって、リョウヘイと一緒にいたいから……」

顔を真っ赤にしながら本心を伝えると、リョウヘイは満足気に私の頭を撫でて、おでこにキスをした。

「……最近、つまみ食い多くない?」
私は必死に平静を装って、リョウヘイを睨む。

「気のせいだ」
リョウヘイはあっさりした態度で顔を逸らした。

リョウヘイ部屋のパソコンで、改めて指輪の公式サイトを確認した。
『恋愛ゲーム』の情報は、ネットから得られないとほぼ利用していなかったが、指輪の情報となると別だ。

「おいおい、マルビルも優待対象だったんかよ!」
リョウヘイは優待一覧を見て目を丸くする。

マルビルは、リョウヘイがよく利用するブランド物の衣服や雑貨が並ぶファッションビルだったはずだ。

「優待利用すれば、限定モデル手に入ってたじゃねぇかよクッソ~」

悔しそうに頭を抱えるリョウヘイに、意味あり気に含み笑いする。

「…………やっぱり、誰だって優待につられるもんでしょ?」

「おまえと一緒にするな」

リョウヘイは唇を突き出して、優待一覧の表示された画面をじっと見る。
その視線は徐々に色が変わり、次第に思案する顔つきになった。

「どうかした?」

リョウヘイの態度の変化に疑問を感じて問いかける。

「もしかしたら『恋人優待』の対象店舗が鍵かもしんねーな。バックについてる投資家か、あるいは組織か。こっちのことはオレに任せろ」

「いいの?」

「あぁ。この辺りも多分、詳しい奴がいる」

私の視線が険しいものに変わる。

「……私、リョウヘイが怖い」

「厳密には、オレの兄貴、がな」リョウヘイは肩を竦める。

「でもやっぱり、『恋人優待』が与えられるほど後押しする『永遠』にもヒントがあるんだと思うんだよね」

私は、サイトホーム画面を見ながら言う。何故そこまで、二人の永遠を後押しするのか。

「『永遠』が何か。言い換えれりゃ『この指輪を作った奴の目的』になるだろうな」

「た、確かに……」

先ほどから、リョウヘイの思考の柔軟さに感心させられっぱなしだ。
彼は頭の回転が速く、冷静に物事を分析する力があるから、こういった場では本当に頼りになる。

「目的を掴むにゃ、罰ゲームである『恋愛ゲーム』も視野に入れて考えなけりゃならねぇ。だが、オレは概念だとか抽象的なモンは苦手だ。こっちの辺りはおまえが掴んでくれ」

「もちろんだよ。リョウヘイには、助けてもらってばかりだし……」

私は画面に映るキューピッドのような子どものイラストを見つめながら口にした。

 

***

 

今までは、空き時間にポイントサイトや懸賞サイトで、ちまちま応募することが日課だった。
しかし最近は、時間があればニュースアプリを開いて、記事を確認するようになった。受験勉強に費やしていた時間も、今では情報収集に回した。

今日も、自室のベッドで横になりながら、アプリを確認する。

「暴力団……こわ…………」

ニュース一覧トップに『指定暴力団の抗争』なる文字が表示された。
漫画やドラマではよく聞くものの、敷かれたレールを外れないだけに、現実味が感じられなかった。できるだけ近づきたくはないなと、記事を読み飛ばす。

『永遠印』を手にしたカップル特集と、謎の意識障害で倒れる若者の記事が同時に目に入る。
まさか、この幸せな記事と不幸の記事が繋がっているとは誰も思っていないはずだ。

「この指輪のおかげで彼女との距離が縮まり、さらに『永遠』を身近に感じられるようになりました」

「『永遠』と掲げられているだけに、つけているだけでも気持ちが強く感じられます」

カップル特集の方には、この指輪を手にして、さらに『永遠』が感じられるようになった、といった内容ばかりが記載されている。

不幸の記事を確認すると、変わらずに『謎の意識障害』という言葉が目に飛び込むが、今日は普段とは違う言葉が引っかかった。

「催眠……?」

記事の中には、催眠術ではないかという話題も持ち上がっていた。
都市伝説のように話題に挙げられているものの、私はこの「催眠」という言葉に妙に納得した。

ペナルティは、子どもの持つ矢によって意識が奪われるもの。
彼ら自身が「物理的に傷つけることはできない」と言っていただけに、あれらは音や光といったもので、脳に催眠をかけているものではと考えると、腑に落ちるところがある。

だからこそ、記憶が消されるのではなく、記憶が眠っているだけではないのか、と少しだけ希望の光が見えた気がした。

「ナナミも、ジョウジマくんも、モモヤマさんも……絶対、元に戻すんだから……」

しかし、まだ情報が足りない。
眠気が襲ってきた為、スマホの電源を落とした。

 

***

 

星空観測会の日が来た。
店が閉店する二十時、待ち合わせの店裏に向かうと、すでにほとんどの人が集まっていた。学生中心に、若手社員も含めて十名ほど。残念ながらサカグチさんは朝シフトなので、不参加のようだ。

特徴のある声に振り向くと、輪の中心で忙しなく口を動かすガクトバラくんの様子が目に入る。
いつものように赤い髪は立てられ、黒ベースに金色の龍の刺繍の入ったスカジャンを羽織り、かなりギラギラしている。またリョウヘイとは路線の違う派手な服を好む人なんだなと思う。普段私よりも早く店に来ている為、彼の私服姿がとても新鮮だった。

ガクトバラくんは私に気づくと、笑顔で手を上げた。

「本日の主役が来たっすよ、皆さん!」

ガクトバラくんが、周囲にいるみんなに声をかけたことで、一斉に視線が私に集まる。

「よ、よろしくお願いします……」私はぺこりとお辞儀する。

「風嶺ちゃん、上着持ってきた?多分、その恰好だと向こうは寒いよ」

タニさんは、手に持っているたばこを私から遠ざけながら話す。
さすが成人男性というべきか、シャツにループタイをつけ、カーディガンを羽織ったシンプルでさっぱりとした大人な恰好だ。

「はい。一応、着替え一式持ってきましたので」私は旅行カバンを見せるようにする。

「さすが、準備万端だね」タニさんは目を細めて笑う。

私とガクトバラくん以外はみんな大学生で、外泊慣れしているのか、リュックなどの軽いカバンのみだった。ガクトバラくんも、私物は小さいウエストポーチのみだ。
修学旅行以外で外泊の経験がない為、気合が空回りしているようで少し恥ずかしい。

「今日は新月で、雲も出てないからすげー見れると思いますよ。安いやつっすけど望遠鏡も持ってきましたし。あ、BBQの肉や野菜は向こうで用意してくれてるらしいっす。なんで、適当にコンビニ寄って、朝食買って向かいましょか」

ガクトバラくんがハキハキと切り出したことで、出発の準備に取りかかった。

***

施設には、ワンボックスカー二台で向かった。私はタニさんの運転する車に乗った。
車内には今流行りのJPOPが流れている。友人だけで夜にドライブをする機会がなかっただけに、大人な場の空気に浮き立った。

「タニさん、すみません……。実は私、特待制度が受けられることになって、もしそれに受かったら、国公立の受験は、控えることになりそうで……」

私は伝えられていなかったことを口にする。

「そりゃ残念。ま、でも特待制度は中々いけるものじゃないし、いいんじゃないかな?」お金は大事だよ、とタニさんは笑う。

あっさりした対応に安堵して、小さく息を吐く。

「大学って、楽しいっすか?」ガクトバラくんは尋ねる。

「楽しいよー。自分の好きなように履修が組めるし、成人すると枷がさらになくなるからな。自由だな」大学生バイトが答える。

確かにオープンキャンパスに行った際には、自由だなと感じた。

「単位取りゲームですか?」
以前オープンキャンパスでリョウヘイとの会話を思い出す。

「そう言われたら、そうだな」大学生バイトが苦笑する。

「タニさんは、ゲーム順調なんすか?」ガクトバラくんは単刀直入に尋ねる。

「まぁ、ある程度は?」タニさんは曖昧に答える。

「自由なのはいいっすね~」

「あぁ。ただ逆に、自分で決めることは増えるな」タニさんは前方を見据えて言う。

「履修もサークルもゼミも、全部自分から入らないとだめだ。何もしなけりゃ四年間、友達ができないってこともあるしな。大学生活を充実させるには、自分がどれだけ積極的に行動できるかにかかってるんじゃないかな」

タニさんの言葉が私の胸に突き刺さった。

恐らく指輪を手にしていなければ、『恋愛ゲーム』に参加していなければ、今でも私は現状維持に努めていた。
指輪を手にしたことが、幸運だったのか不運だったのか、いまだに掴めない。

「大学か~、どうしようかな」
ガクトバラくんが間延びした声を上げる。

「ガクトバラくんは進学は考えてないの?」私は尋ねる。

「お金もかかるし頭もよくないんで、正直、就職しか考えてなかったっすね。でも、やっぱり楽しそうだなって」ガクトバラくんは、窓の外を眺めながら言う。

「まだ一年生なんだし、今から頑張れば、特待生もいけるかもしれないよ」

特に気を遣って言ったわけではない。
だが、車内の人全員から「本気で言ってる?」という視線を向けられたので、少したじろいだ。

ガクトバラくんは頭を掻きながら、「カザミネさん。オレ、前期の成績の評定平均1.4だったんすけど、可能性ありますかね」と告白した。

 

一時間ほどで目的の施設に辿り着く。山の近くと言っていただけに周囲は木々で囲まれ、夜である為、さらに静かな場所に感じられた。

中に入ると、白を基調とした壁紙に、ベンチが数個並んでいるシンプルな玄関が目に入る。正面のガラス張りの窓の奥には、コテージが二棟と芝生が広がっていた。

「いらっしゃい」

施設の管理人のおばちゃんは、笑顔で私たちを出迎えてくれる。

「こんにちは!一晩、お世話んなります」
ガクトバラくんはお辞儀をして律儀に対応する。

「今日は晴れてて月も出てないから、星もきれいに見られるんじゃないかな。BBQのセットもできてるし、準備ができたらいつでも声かけてね」
おばちゃんは笑顔でそう言うと、鍵を近くのタニさんに差し出す。

「コテージは、手前が男で、奥が女性でいいかな?中にふとんやら一式あるみたいだから確認してね」

タニさんが私に鍵を差し出す。女性のアルバイトの人たちと奥のコテージに向かった。

「すごい……広い」

中に入った瞬間に木造の香りが舞った。ベッドも机も家具も全て木で作られており、自宅とは違う空間がとても新鮮だ。

「普通にきれいだよね。ふとんも、ふかふかしてるし」
バイトの一人がふとんをもふもふしながら笑顔で言う。

寝床を決め、荷物を置くと外に出た。

***

外に出ると、すでにBBQの準備が始められていた。
BBQも幼少期以来なので胸が高鳴った。それにお肉が食べられるからと、こっそりお昼から食事を我慢していたのだ。

「タニさーん!タニさんっていつもたばこ吸ってるんで、火つけるのウマいっすよね?火、お願いしていいっすか?」
ガクトバラくんは炭を組みながら尋ねる。

「たばこ感覚で火はつかねぇよ」
タニさんは溜息を吐きながらもライターを手に取る。

ガクトバラくんがチャキチャキと動き回り、手際よく準備が進行されているようだ。

「ガクトバラくんって、動きが機敏だよね」女性バイトの一人が彼らを見ながら言う。

「確かに。ザ・後輩って感じでかわいいよね」別の女性バイトも同調する。

確かにその通りだな、と私も心の中で同意する。一番年下であるガクトバラくんが、一番率先して動いているので、素直に感心した。

夜の冷たい秋風によって、木々の葉の掠める音が心を落ち着かせる。
あまり自然と振れる機会もないだけに、心が浄化される気分だ。無意識に胸を開いて深呼吸していた。

「セット完了したんで、さっそく肉焼いていきますね!」

ガクトバラくんは嬉々として言う。私たちも各々皿や箸を手に取った。

「一応、酒も買ってるから、飲みたい人は言ってくれよー」運転手は控えてね、とタニさんが叫ぶ。

ジュ―ッという音と共に、炭で肉の焼ける香ばしい匂いが鼻孔を擽り、空腹をさらに刺激する。
焼かれた肉を箸でつまむと、油と肉汁できらきらに照り、自然と口角が上がった。

「牛肉……!」

久しぶりに食べる牛肉が身に染みる。それも厚みがあって柔らかく、中々手に出せない種類だ。焼き肉だなんて贅沢な食べ物、いつぶりに食べただろうか。

「美味しそうに食べるね、風嶺ちゃん」タニさんがニコニコと笑いながら私の元による。

「はい。焼き肉を食べる機会が、あまりないので」

本心から答えると、タニさんは目を細める。

「今日は風嶺ちゃんが主役だからな。お腹いっぱい食べなよ」

「ありがとうございます……!」

三つの年齢差で、こんなにも大人になるものなんだなぁ、としみじみ感じた。私も大学生になったら、このような大人な振る舞いができるのだろうか。
周囲が大人ばかりなのと、初めての経験ばかりで、自分の幼稚さを実感した。
炭の焼ける音と陽気な騒ぎ声が、夜の空に響いた。