第四章『真理ゲーム』②




「自分を止めて欲しかったんじゃないの……?」

姉は何も答えない。私は視線を逸らさずに言葉を続ける。

「お姉ちゃんは、いつも私の為、と言うけれど、結局それは、自分の目的を達成する為だったでしょ?『永遠印』は、お姉ちゃんの願望と復讐の感情から生み出されたもの。だけど、有名になり過ぎて、手に負えなくなったんじゃないの?」

実際、『永遠印』と『恋愛ゲーム』のペナルティによる記事は、頻繁に挙げられるほどになっていた。

「記憶が失われることで『永遠印』と『恋愛ゲーム』の繋がりは確かにわからない。だけど、恋人優待の裏についている人物を調べるだけで、おじいちゃんが浮上する。おじいちゃんの経歴からも、ペナルティに辿り着く可能性だってあるよね。増えるペナルティ者に、どんどん怖くなったんじゃないの?」

姉は黙ったままだ。

「お姉ちゃん……!何か言ってよ……!!」

私は震える声で叫んだ。

「ゲームをしていたの」

「え?」

「あんたが私に辿り着くか否かのゲームをね。結果、全部思惑通りの結果になった」

姉は、吹っ切れた顔をしていた。私は視線を逸らさない。

「それは、ゲームクリア?それとも、ゲームオーバー?」

そう問うと、姉は「ゲームオーバーの方だね」と目を細めて笑い、私たちから離れてキッチンへ向かう。
リョウヘイは私の前に立ち、姉を警戒の目で注視する。

「私は、『永遠印』はこの先も必要だと思ってる。例え盲目になっていても、肌で実感できるのだから」

姉自身を指しているのだとは理解した。
心理学を学び、感情の変化には人より敏感なはず。だが永遠を誓った相手だからこそ疑いたくなくて、目を瞑りたいと思うのも自然だ。

「あいつは私から感情も時間も奪えるだけ奪ったくせに、今じゃ結婚して子どももいる……。あまりにも不平等じゃない……!かと言って、百万円渡されたら納得できることでもないの。目に見えない感情と時間は、目に見える価値よりも重いものなんだから……!」

過去を思い出しているのか、姉は感情的に口にする。

「恋愛ゲームは、浮かれた時間や経験を奪うことが目的。目に見えない『時間』と『感情』で罰を与えられる仕組みなのよ。ただ」

姉が手元で何かを弄っている。私もリョウヘイも視線を逸らさない。

「ゲームオーバーの際は、罰があるものだからね」

姉は両手で包丁を握り、腕を高く掲げた。

私とリョウヘイは、泡を食って飛び出す。

「お姉ちゃん!!」

その瞬間、姉は目を見開いて静止する。間一髪、刃が身体に触れる直前だった。
包丁は手から滑り落ち、虚しい金属音が響く。姉はそのまま床に倒れ込んだ。

私とリョウヘイは立ち止まり、目を白黒させる。

「勝手に一人で罰を受けられても困るよ」

どこからか声が聞こえ、つられるように発生元に顔を向けた。

「ユイが真相に辿り着いた時には、二人で罰を受けると決めたじゃないか」

リビングのドアの前には、祖父が立っていた。

「おじいちゃん……?」

「久しぶりだね、ユイ」

祖父は目を細めて笑う。両親の四十九日で見た時よりも、しわと白髪が増えていた。

呆然と立ち尽くしていると、祖父は手に握っていた機械をポケットにしまいながら姉に歩み寄る。

「大丈夫、脳に少し刺激を与えただけだよ。身体には異常ない」

祖父は姉のそばに腰を下ろして、様子を窺った。

「何で、ここに……?」私は問う。

「お互い、危ない綱渡りをしていたんだ。決まった時間に連絡がないから、こいつに何かあったんだと思って、家まで訪ねただけだよ」祖父は冷静に答える。

「こいつも悩んでいたんだ。あまりにも『永遠印』が有名になり、収集がつかなくなるのではと。だから、もしユイが真相に辿り着いたならば、全て終わらせようとしていた」

そこまで言うと、祖父は顎に手を当てて天井を見上げる。

「ただ、先ほどこいつが思惑通りと言っていたことからも、こいつ自身、この結果を望んでいたんだと思うよ」

「おじいちゃんは、お姉ちゃんのやってること、全部知ってたの?」

恐々尋ねるが、祖父は顔色を変えない。

「深くまではわからんが、ある程度はな」

「何で……手を貸すようなこと……」

私は震える声で尋ねる。祖父は私を一瞥すると、優しく微笑んだ。

「元々、人工知能と株には手を出していた。初めは本当に、ただ知識と金を貸していただけだが……退職して暇だったからなぁ」

祖父は柔和な態度でぼやくと、表情を一変して目を細める。

「だが正直、私もここまで広まるとは思っていなかった。だからこの結果に辿り着いて、少し安堵しているんだよ」

姉は、私に現実を教えることを建前に、自身の行動を私に阻止してもらいたかった。
先ほどの祖父の言葉からも、自分では止め時がわからなくなったのだろう。
だからこそ、得意分野である心理戦で、私が姉に辿り着くかのゲームに挑んだ。そして見事、望んだ結果となった。

姉にとったら「ゲームクリア」になるはずだが、『永遠印』創設者且つ『恋愛ゲーム』マスターとしては「ゲームオーバー」にはなる。

「じゃあ、もう『永遠印』も『恋愛ゲーム』も終わり……?」

おそるおそる確認すると、祖父は「そうだね」と目を細めた。

「ゲームオーバーの際は、全てが元に戻るものだろう。そのようにシステムも整えていた。優待も廃止され、次第に眠っていた記憶も戻るはずだ。そして、私たちはきちんと『罰』を受けるよ」

そう言うと、祖父は姉を抱えてリビングのドアに向かう。その姿を私とリョウヘイは、ただ呆然と眺めていた。

「あぁ、そうそう。リョウヘイくんだっけ」

祖父は思い出したように、リョウヘイに振り向く。

「は、はい……」
リョウヘイは、かしこまった態度で答える。

「ただでさえユイには親がいない。それに今回の件で、姉と私までしばらく姿をくらませることになる。可能ならば、これからもユイのそばにいてやってほしい」

「当然です」

リョウヘイのまっすぐな返答に、祖父は安堵した表情を浮かべると、彼に歩み寄る。

「頼もしくて助かるよ。ただ……」

祖父はリョウヘイの耳元で何かを呟くと、リョウヘイはやりずらそうに表情を歪めた。

「君たちは、わざわざ目に見える『永遠』の象徴がなくたって、繋がっているように見えるよ。ゲームを終わらせてくれて、ありがとうね」

祖父はそう答えると、家から去った。
私は、しばらく祖父の出ていったリビングのドアを眺めていた。

「指輪……色が消えている」

リョウヘイの呟きが耳に届き、我に返る。
左手につけられた指輪を確認すると、今まで黄色に輝いていたカラーが消え、刻まれていた数字も消えていた。

「本当に、終わったの……?」

「そういうことだな」

リョウヘイは躊躇いもなく指輪を外した。反射的に身構えるも、何事も起こる気配が感じられない。

「終わった……よかった……怖かった…………」

緊張の糸が解けたのか、私の目からはボロボロと涙が溢れた。

「お疲れ様」

リョウヘイは、私を引き寄せて優しく頭を撫でた。

 

***

 

「ナナミ……!」

病院に訪れると、ナナミが身体を起こしていた。

「ユイ、とリョウヘイくん?どうして……?」
ナナミは困惑した顔で私に問う。

ベッドサイドには、号泣するナナミ両親の姿が目に入る。しかし、ナナミ本人は至って気持ちのいい寝覚め、といったすっきりした顔つきだった。彼女が一番、状況を理解していないのだろう。

「ちょっと…………あたし混乱してるんだけど……ねぇ、何でパパとママがここにいるの?それに何であたし、病院のベッドに寝ているの?しかも何か寒くない?あれ?今って、夏だよね……?」

以前と変わらないナナミに、思わず涙腺が緩む。

「ナナミー……!!」私は彼女に抱きついた。

「ちょっとユイ!何、泣いてんのよ。まずは状況を教えてくれない?」

困惑するナナミをよそに、私は彼女の体温を全身で感じた。

***

あの日から、祖父の言う通りに『永遠印』の優待は廃止された。散々今まで取り上げていたメディアも、廃止情報には気も留めないのか、目立って騒がれなかった。

ペナルティ者は続々と目を覚まし、口々にゲームについて話すも、祖父がプログラムを削除していたのか『恋愛ゲーム』の実態が掴めなかった。
結局、『永遠印』の使用条件を破った罰で意識障害に陥った、と片付けられ、『恋愛ゲーム』は内容が内容なだけに、周囲は冷めた目で聞き流し、都市伝説として話のネタとなった。

姉の部屋を覗くと、モニターや機材が複数敷き詰められており、証拠はないものの『恋愛ゲーム』を管理していたキューピッドのような子どもは、予想通りAIだったとわかる。
祖父の「人工知能にも手を出していた」という言葉からも、これらも祖父と姉の知識から生み出されたであろうとは見当がつく。

『永遠印』と『恋愛ゲーム』の緻密な仕組みは、姉と祖父の二人だけで回されていた。
ゲームオーバーになった二人は出頭し、祖父は、ペナルティ者に身体的傷害を与えたことで、姉は祖父の計画を幇助したことで、『罰』を受けていた。
祖父の計らいなのかはわからないが、二人の名前はメディアに流れず、私が批判されることもなかった。

長い時間、眠らされていた記憶が蘇るには、少し時間がかかったようだ。

学校の人たちが、徐々にジョウジマくんのことを思い出すと同時に、ナナミの検査入院期間が終わった。

第四章『真理ゲーム』 完