6時間目:道徳1



莉世が目を覚ました時、病院内のベッドの上だった。

身体を起こすと、ピリッとした痛みが走り、顔を歪める。以前、東たちと訪れた廃病院ではなく、壁や床は白く、衛生的な香りもする。

周囲には、誰もいなかった。

茫然とするが、突如ガラッと勢いよくドアが開く。

「おう南雲、目、覚ましたか」

威勢よく現れたのは、東だった。腕の数カ所にガーゼを当てているだけで特に支障は感じられない。

「東くん……えっと、これは……」

「覚えてねぇのか? 呪石から環が抜けて、和奏に乗り移ったんじゃねぇか」

「あっ、そうだ環は……!」

莉世は、ベッドから立ち上がろうとするが、「怪我人は寝てろ!」と東に一喝される。渋々布団に身体を戻す。

「和奏から環が抜けた後、鬼神が追ったっぽいな。多分、俺見えてねぇからわかんねーけど、そんな気がする。さすがにあいつらが何とかしてんだろ」

「そっか……東くんは無事でよかった」

「俺は怪我なんてしねぇからな」

東はチラチラ莉世を窺う。

「どうかした?」東の視線に気づいた莉世は問う。

「あん時のおまえ、何だったんだ……?」

莉世は思い出す。そういえばあの時初めて、「妖狐」である自分が姿を現した。過去と同じ運命を辿っているのならば、恐らく今までつけていた五芒星のペンダントに妖狐を呪縛する力があったのだろう。

だが、あの時、父親が殺されたことで抑えられなくなった……。

莉世は、感情を耐えるために顔を伏せる。

「私も知らなかったけど……私のママは妖狐だったみたい。そして、人間のパパと妖狐のママの間に生まれた私は、半妖だったって……」

「半妖、だったのか……」

東は唖然とする。「でも、まぁ、そうと納得するしかねぇか……」

「ごめんなさい……あの時、北条くんと東くんがいなかったら、私、きっと西久保さんのことをもっと傷つけていた……」

――――ちょっ……莉世ちゃん! やめて、あたしだよ!

あの時、西久保の意識が戻っていた。それなのに莉世は、躊躇わずに浄化しようとした。

西久保の意志で秋晴が殺された訳ではないのに、莉世は感情が抑えきれていなかった。北条と東がいなければ、西久保は確実に怪我どころではなかったはすだ。

「仕方ねぇよ。いや、仕方ねぇっつーのはアレだけど、でも、何だその、とにかく南雲が謝ることじゃねぇ」

東は不器用にフォローする。「あんな状況じゃ、誰だって感情的になるのが自然だ」

「でも、東くんの体質のお陰で、西久保さんから環が抜け出したんだよね……本当に凄いね」

物の怪の影響を受けない体質。この運命を断ち切る為に神が備えた存在だと言うのならば納得できる。

「だろ。あの時、何となく川に行ってよかったぜ」

「何となくだったの?」

そういえば東は、最初はいなかったはずなのに、ナイスなタイミングで現れた。

「俺が行動すんのは、全部直感だからな」

東は誇らしげに胸を張る。そんな彼に、莉世は無意識に頬が緩んだ。

「そういえば、他の二人は……」

「まだ二人共目覚まさねぇよ。結構重症だったからな」

東の言葉に、ふと引っかかる。

莉世は、しばらく思案し、やがて身体を起こす。

「おい、だから寝てろって……」

「北条くんは、生きているはず。じゃなきゃおかしいもん……!」

莉世は、直感を働かせて北条の部屋まで向かう。その後ろからは、東が慌てて莉世についていく。

足の止まった部屋の窓から中を窺うと、北条の姿があった。ベッドから身体を起こし、窓の外を茫然と眺めている。周囲には、誰もいない。

入学式に初めて教室で出会った彼の姿と重なった。

ドアを開くと、北条はこちらに顔を向けた。

「あれ、おまえ、いつの間に」

遅れて東も、目覚めている北条に気づく。

「今、起きたところだ。少し現状を理解するのに時間がかかる……」

北条は、無意識にお腹を擦る。病院服の下から包帯が覗くが、大層な怪我には感じられなかった。

「僕はあの時、確実に死んでいたはずだ」

北条は、莉世を護る為に環に胴体を貫かれた。確実に致命傷だった。

「それに『水月』も反応しない。僕が身に纏っている時に、何かあったとしか……」

北条は、左手につけているブレスレットに目をやる。

北条が無事であることからも、水月がその命に変えて救ったのは現実だと実感した。

色々な感情が入り混じり、莉世の頬には涙が伝う。

そんな彼女に、北条と東は目を丸くする。

「きっと……神様が助けてくれたんだよ……」

言葉を詰まらせながら言うと、北条はしばらく黙り込み、「そうかもしれんな……」と静かに同意した。

「そういえば、和奏はどうなんだ」

北条は問う。彼の言葉に、東は険しい顔をする。

「おまえ、いつからあいつを名前で呼ぶようになったんだ」

「今まで名前で呼んでいなかっただけだ」

「そうじゃねぇ。いつからそういう間柄になったっつってんだ」東は露骨に顔を歪めて北条を睨む。

だが、北条は表情を崩す。

「大事な仲間の名は、忘れない」

「ほーん。じゃあ、俺の名前は何だ」

「猿」

「ふざけんなよ!」

北条に掴みかかろうとする東を莉世は必死に止める。

北条は、目を細めて年相応に笑っていた。

☆☆☆