第二部⑧




「……テレビ?」

ブラウン管テレビのような形をしたパソコンが並んでいた。薄型のものやノートパソコンは見当たらない。詮索すると端に並んでいたが、こちらもテレビの時と同じくかなり高額だ。
ボックスタイプのパソコンは、小学校のパソコンルームで見た時以来だ。一九九〇年代後半から一般的にパソコンが普及し始めたと授業で習った記憶がある。目の前には、当時教科書で見たパソコンが並んでいる。

家電製品売り場に置かれている品や、ガラクが読んでいた本からも、いつ頃に裏街道が誕生したのかは見当がつき始めていた。

「二○○○年……二十一世紀に変わった辺りかな…………」

具体的にどのように誕生したのか、誰が創ったのか詳細まではわからないが、誕生したのはその辺りではないのか。つまり、今から約二十年前に裏街道が誕生したことになる。
思考していると、館内を駆け回っていたメイが目を輝かせながら、何か抱えて私の元へ戻ってきた。

「ボク、このゲームずっとしたかったんだ~!まさかあるとは思わなかった」

手にはゲーム機本体の箱とソフトを持っていた。パッケージには縦長の携帯ゲーム機のような絵が書かれている。とてもご満悦の様子で、そんなメイを見て自然と口角が上がった。

だが、そこで疑問が生じた。

裏街道が誕生したのが二○○○年辺りなのは、ほぼ確実だろうことはわかる。私にとったら生前のことだ。この場の電化製品にもほとんど馴染みがない。
しかしメイは、ここにあるゲームを表にいる時に見ていたようだ。

「あっ、あそこ何だろう」

メイは何か見つけた様子で、箱を抱えたまま走り出した。ウサギの服の耳と尻尾も元気よく動いたように見えた。
私はそんなメイの小さな背中を無言で見つめていた。

「………」

私は知らなくてもいいことまで知ってしまったのか。
先ほど得た事実と、メイの発言からもどうしても結びついてしまう。

「あっこれワニを叩くゲームだって。ちょっとこっち来てよアリス」

無邪気に笑うメイの笑顔が眩しい。その笑顔が余計に胸を締めつけた。

「確かに、楽しそうだね」私は平静を装ってメイに対応した。

「そこのスイッチを入れたら起動したよ。ね、一緒にやろう」

そう言って私の手を引く。電源ボタンを押すと、レトロな音が流れた。

今見ている現実と、導き出した結果の差から眩暈を起こしそうになる。

裏街道は変化が起こらない。だから裏街道が誕生した時からこの場にある製品は、当時のまま変化はせず、また人間も裏街道に訪れた瞬間から成長は止まる。
メイは表にいる時、ここにある家電製品を使用していたようだ。

このことからわかることは、

メイは、私が誕生するよりも前に、表世界に誕生していたことになる。

つまり、

こんなにも幼い外見なのに、実際は私よりも年上、ということなのだろう。

 

***

 

遊び疲れたのだろう。メイはゲームでさんざん遊んだ後、電池が切れたようにその場で眠り始めた。
他にも詮索したい場所はあったが、メイをアパートまで送る為に、本日の探索は終了することにした。
得られたものはあった。十分過ぎるほどの成果だった。しかし逆に、辛い現実を知ることにもなってしまった。

メイは背中で寝息を立てて眠っている。全く起きる気配が感じられない。
街を歩きながら、再び周囲を観察した。

右手側、ベンチに髪の長い女性が座っている。顔を空に向けているが、視線が定まっていない。激しい運動をした後のように放心状態だった。手元にウォークマンのような機械が握られている。
左手側、店らしき前の机に子どもがいた。ミルクパズルをしていた少年だ。先ほど見かけた時と表情は変わらずに、パズルと睨めっこしていた。ピースは少し埋まりつつあるものの、それでもまだ時間がかかりそうだ。

最近、裏街道の住民を見て思うのは、この人はこの外見の時に表で逃避願望が生まれたのか、ということだった。そしてそれは、若ければ若いほど残酷に映る。
背中で眠るメイはとても幼い。時折見るメイの知らない一面が、その深刻さを物語っていた。

「やっぱり、私には重すぎる世界だったんだなぁ……」

足元がふらついて不安定だ。
メイは軽いのに、今日見た現実が抱えきれないほどの重さだった。

 

アパートの近くまで戻ってくると、ちょうどガラクが図書館から出てきた。脇には本ではなくタオルや着替えが抱えられてるので、風呂に入るつもりかもしれない。
彼も私の存在に気づいた様子で目が合う。背中のメイに視線を向けていたので、「あ、ゲームで遊び疲れて、寝てしまって」と説明する。

「仕方ないやつだ」

ガラクはそう呟くと、アパートに入ってメイの部屋の扉を開けた。扉を支えてくれていることに気づき、軽く頭を下げながら先に中に入る。

ふとんは畳まれていた。背負っているので手が使えずに困惑していると、ガラクが無言でふとんをしき始める。悪いと思いつつも黙って見守っていた。きれいにセットされたので、メイをそこに寝かせた。
ここまでの行程を経てもなお、メイは起きる様子がなく寝続けている。熟睡だ。

「メイって、眠り始めると本当に起きないね……突然、充電が切れたように倒れるからびっくりするよ」

メイの頭を撫でながら何気なく呟いたが、ガラクはこの言葉に引っかかったのか、思案するように顎に手をやった。
首を傾げながら視線を向けると、「仕方ないことだ」と言った。

「仕方がないこと?」

「裏街道では、住民の体力の回復は、睡眠という行為にのみ限られている。これは、しばらくここで生活しているおまえも身をもって理解しただろうが」

そう言うと、ガラクはふとんのそばに腰を下ろし、メイの方へ顔を向ける。

「例えるならば、電子機器のようなものだ。電子機器には、使用回数というものがあるだろう。充電をすれば繰り返し扱えるが、内臓されている電池の寿命は徐々に減っていく。そして、その電池は換えが効かない。電池を変更するならば本体ごと交換といったところか。ここの住民は、充電が睡眠に当たり、内臓されている電池が寿命に当たるんだ」

なるほど。以前私も似たことを感じたが、正しくそのような仕組みだとは思わなかった。
ガラクは、哀れむように目を細めた。

「メイは裏街道に来て長い。つまり、内臓されてる電池の消耗もだいぶ進んでいるんだろう。最近のこいつは、これは体感だが……行動時間と睡眠時間は半々といったところか」

ここにきてまた新たな現実を知ってしまった。今まで電池が切れたように眠り始めていたのは、比喩でもなく本当に充電が切れていたんだ。

「ねぇ」

変化が起こらない裏街道で、以前から気になる点があった。そして今のガラクの言葉を聞いて、さらに浮き彫りになった。
ガラクは、私の問いかけに顔を向けて反応する。

「裏街道では身体が成長しない。だから歳をとることがないと思ってて、永遠に生きられるのかなって思ってたの。でも、さっき電池が寿命って言ったよね。それって、電池が切れたら「死」を意味するってこと……?」

ずっと疑問だった。成長して歳をとらないのならば、自殺や他殺がない限り生き続けられるのではないかと。
しかし、今聞いた言葉からは、とても永遠だとは考えられなかった。

「そうだな。老いて死ぬことはないが、寿命がきたら眠り続けたままになる」

「メイは、ガラクよりも裏街道にいるのが長いの……?」おそるおそる尋ねた。

「あぁ」ガラクは即答した。

その返答が、先ほど得た事実をより一層裏づけることになった。

「気づいたの……裏街道がいつ頃誕生したのか、そしてメイがいつ頃裏街道に来たのか」

「…………そうか」

ガラクは目を逸らして言った。その反応からも、すでにガラクは知っていたのだろう。

「メイは、多分……ううん、確実に実際は私より年上なんだ」

「まぁ、それには違いない」
隠すことなく、ガラクは同意する。

「こんな見た目で、裏街道に来ることになったなんて、本当に辛いなぁ……」

同意を求める為に呟いたわけではなかったが、ガラクは反応を示さず黙り込んだ。

「聞いてもいいか」唐突にガラクは尋ねる。

「聞いても、とは?」私は首を傾げる。

「何故、死のうとしているんだ」

直球だったのでたじろいだ。以前ガラクが質問しようとした内容はこの件だろうとは思っていたが、正しくその通りだった。唐突に質問するほどだからずっと気になっていたんだろう。

「やっぱり、そのことが気になってたんだね」

私は苦笑するが、ガラクの表情は変わらない。その瞳は揶揄ってるようにも怒っているようにも見えない。ただ私をまっすぐ見ていた。

「多分、特に裏街道の人たちには、理解されないような理由だと思う……」

いつになく真剣な顔に委縮して前置きをしたが、ガラクは私の言葉に同調するように口を開く。

「これは、表の人間も含めて言えることだが……個人の意見が全ての人間に受け入れられる奴なんていない。理に適っていても気にくわないと認めない奴はいる。しかし、裏街道に来る人間にひとつだけ共通して言えることは、表から消えたい、ということだけだ」

「消えたい、確かにそうだね」
私はそう答えて天井を見上げる。ガラクは黙ってその様子を見ていた。

「私がこのことを言った時、ガラクとても驚いたよね。それって、そう見えなかったからでしょ?」

質問されると思っていなかったのか、ガラクは少し拍子抜けしたように目を丸くした。

「……そうだな。メイに目をつけられたからには、何かあると思っていたが」

裏街道の住民たちは、外見は普通に見えるものの、まとってる空気の重さが表の人たちとは全然違う。そんな空気が私から感じられないのは自分でもわかっていた。
ここの住民のみんなの中は詰まっているけれど、私は空っぽだから当然だ。

「人に関わると必ず生じる負の感情。それは深く関われば関わるほど強くなる。私はそういった感情を抱かないように、ずっと周りから逃げてた。その結果、最大の逃げる選択をしたんだよね」

現実逃避のできる裏の世界、通称裏街道。私はここの住民の誰よりも現実から逃避していた。

重い空気に耐えられずに無意識に室内を見回す。少しくすんだ壁紙に数着の散乱した衣服。生活感が馴染んだ部屋だなぁとぼんやり感じる。
外は相変わらず薄暗い。静かなのはいつものことなのに、今日はより一層、静寂に感じられた。

私は、脳内にあるおもしろ味のないデータの再生を始めた。

 

***