「わ、わぁ……!」
無意識に笑顔になる。私は周囲を見回す。
夜であるだけ、地元の人もちらほら確認できる。ゆらりと光っては消える。そのたびに流星を見たような感覚になった。
「今日はアタリだね。雨上がりで空も澄んでるし、すごくきれい」
暁も、宙を見回しながら、感嘆の声をあげる。
「俺、空とか結構見るの好きなんだ。自然のキレイなものを見るとさ、落ち込んだりしてもなんかどうでも良くなったりするんだよ」
誘われたタイミングを思い出した。惟月との一件があったタイミングで私が落ち込んでいたことに気づいていたのかもしれない。
私は口を噤む。バーベキューの時も、今回も、暁は不器用な私を自然とカバーしてくれる。そんなさりげない気遣いから、言葉では伝わらない彼の優しさを感じた。
「ありがとうね……」
「こちらこそ、今日は付き合ってくれてありがとう」
暁は、目を細めて言った。そんな彼の横顔から、目が離せなかった。
暁とは、偶然のきっかけから話すようになった。だから今、彼の隣に並んで立てているのは、もはや奇跡に近いのかもしれない。
だが私は、その奇跡に感謝していた。暁の見る世界は、今までの私は望むこともできなかった眩しくて明るくて、かけがえのないものだ。そんな世界を分けてもらえている感覚になったんだ。
今、暁の隣に立てているのは奇跡のことなんだ。
私は暁とは違い不器用だ。
だからこそ、言葉で伝えたくなったのかもしれない。
「私さ……こうして誰かと放課後を過ごすの、憧れてたの」
唐突に話し始めた私に、暁はこちらを向く。
「私、昔から話すことが苦手で……言葉として口にするまでに、余計なことまで考えてしまうの。感情が顔に出辛くて……真剣に考えてしまう顔が機嫌が悪いように見えるみたいで……、放課後を過ごせる友だちも、できなかった」
思考しながら口にするせいで、たどたどしい語りになってしまう。だが暁は、黙って聞いてくれていた。
「みんなとは偶然、席が近くなっただけだけど、それから食堂に行ったり、休日に遊んだり、放課後寄り道したり……。暁くんたちにとったら普通のことだと思うんだけど、私は初めてのことだったの。だから、周りからは浮いてるとか、調子乗ってるとか思われてるかもしれないけど……でも、それでもすごく嬉しかったの」
あまりにも聞くに堪えない拙い語りだ。感情を口にするのは、ここまで難しいものなのか。思わず目も潤む。
だが、マスクのおかげもあるのか、言葉としてつむぐことはできていた。
私は呼吸を整えると、顔をあげて暁をまっすぐ見る。
「暁くんの見てる世界を見せてくれて、本当にありがとう」
ちゃんと言えた。暁に感謝が伝わったかはわからないが、言葉として言えたことで私は満足していた。
暁は、数秒静止すると、やりずらそうに目を反らして頬をかいた。
「話すことが苦手って、嘘じゃない?」
「嘘じゃないよ」私は否定した。
「だって小夜ちゃんは、ちゃんと言ってくれるじゃん」
暁は、心なし少し照れたような表情で私を見る。
「色々考えるって気持ちはわかるよ。俺は話すことは好きだけど、これに触れたらイヤだろうな、とか、これは聞いたほうがいいな、とか結構言葉は選んでるほうだし」
納得はできた。暁は口数は多いが、真宵や日中のように思ったことをそのまま口にするのではなく、場の空気が悪くならないように全体を見ている。だからこそ、彼の周りは常に明るいのかもしれない。
「でも俺は、例え良いことでも、恥ずかしくて中々言えない。遠まわしに言ってしまうから」
「きょ、京都のイヤミみたいに?」
「へへっ そうかも」暁は笑う。
「だから、小夜ちゃんには敵わないなって思ってる」
「それは、こっちのセリフです……」
「お互いさまってことで」
埒が明かないと気づいたからか、暁は、爽やかに締めた。
「でも、調子乗ってるは、さすがに考えすぎだから」
暁は、思い出したように否定した。
「皆、小夜ちゃんと一緒にいたいからいるわけだし。少なくとも、茜と日中はそうだと思う。二人、結構わかりやすいでしょ」
言われて気づく。確かに彼女たちは言葉や態度で感情が伝わるものだ。
「俺だってそうだよ。今日も小夜ちゃんだから誘ったし」
そこまで言うとやり辛そうに顔をそらす。「さすがに何とも思わない人を誘ったりしない……」
その言葉に数秒静止していると「でも、小夜ちゃんは……」と言葉が続けられ、顔をあげる。しかし暁は、「ごめん、何でもない」と笑った。
「帰ろうか。送るよ」
「う、うん、ありがとう」
思考が回らないまま、自転車置き場まで向かった。
***
普段はあまり見ない夜の藍田川。自然豊かなこの辺りは、視界が開け、夜空の星もきれいに輝いていた。
だが、いまの私は感動する余裕がなかった。先ほどの暁の言葉を思い出していた。
さすがに何とも思わない人を誘ったりしない……
暁と話すようになって少し抱いていた疑問。
彼女は、いないのだろうか。
もしもいたら先ほどの言葉は、言わないだろう。いや、彼の場合は友人でも言うかもしれない。
前の暁を見る。人は乗せ慣れてると言っていただけ安定していた。きっと女の子も乗せたことあるのだろう。
一カ月前の私なら、当然だと思ってた。暁なら彼女がいて当然とすら思っていたのに、今では素直に喜べない。いまもそれは変わらないのに、どうして捉え方がここまで変わったのだろうか。
知りたいけれど、知りたくない。知ってしまったらズルいなぁと妬んでしまう。まだこの気持ちがなにかわからない。言葉に表せないモヤモヤがつのる。
やっぱりここ最近で、欲が強くなった。私は、いつのまにここまで欲深くなってしまったのだろうか。
「ついたよ」
暁の声で我に返る。気がつけば、目の前に私の家があった。
「ここだよね?」
「うん。ありがとう」
座席を下りてカバンを受け取ると、暁に振り向く。
「おやすみ。また月曜日」
そう言うと、自転車に乗った。
「あ、暁く……」
改めてお礼を言っていた。名残惜しくて、その場から動けなかったこともあった。
そこまで言うと、私は言葉を言い直す。
「り、璃空……! 本当にありがとう」
もはや叫んでいた。心臓が口から飛び出しそうになった。
その反応に暁は面食らったように静止すると、笑いながら大きく手を振り、帰宅した。
私は、その場でしばらく呆然としていた。
「やっぱり小夜だ。声がしたから。なに突っ立ってんのよ」
中々家に入らないことに気になったのか、母が家から出てきた。「もしかして、誰かといた?」
無言で呆ける私の様子から、変に察したように母はニヤニヤした顔つきになる。
「……青春だねぇ」
母は満足げにそういうと、「冷えるからはやく入りなさい」と言って家へもどった。私は思考が回らないまま帰宅した。
風呂に入って部屋に入ってからも、暁のことで頭がいっぱいだった。それだけ彼が私の中心になっていた。
惟月に相談してみようかな、とふと思った。彼ならきっと、なにか助言をくれるに違いない。
それに今週は雨で川へ行けていない。二週間分の報告があるものだ。
だからこそ、来週の水曜日は晴れますようにと願った。
***