「次、生まれ変わるなら、今度はみんなと同じ立ち位置から人生を始めたいなぁ」
僕は、とうとう本音を漏らす。
周囲から同情されるのが嫌で、愛想笑いが癖になっていた僕にとっては、もはや観念したと言ってもいいだろう。
脈絡なく話していた僕を少女はしばらく眺めると、「安心して」と口を開く。
「人間一人ひとり違うのは、生まれつき種に個体差が生じるから。不平等なのは仕方がないこと。上級の種が与えられたものは、上級基準の人生になり、低級の種が与えられたものは、低級基準の人生になる」
「やっぱり、そうなんだ」
「でも、日々の生活の中で、種の質は変化を遂げるもの」
そこまで言うと、少女は強い視線で僕を見る。
「あなたの種は質が良い。だから、次生まれる人間は、少なからず上級基準の人生になるはずだわ」
まっすぐ僕を見て言う少女に僕は息を呑む。
「君にそれ言われると、信じたくなるものだね」
「いつまで幻想だと思っているのかしら」
「幻想で片付けなければ、混乱するんだよ」
突如、びゅごおっと突風が吹いて両手で顔を覆う。
風の吹いた方向へ顔を向けると、そこには、闇に溶けるような全身黒服に眼帯をした青年が立っていた。
「確かに、上質になったもんだ」
青年の口は、咀嚼するように動いている。周囲が暗く、何を食べているのかは判断できない。
「君、本当に神出鬼没だね」
「神だけに」
青年はにやりと口角を上げて応えた。
少女と青年が何やら話している光景を茫然と眺めていた。
結局、仕組みはわからなかったものの、今まで僕が夢見た学園生活を送ることができたことは事実なんだ。
そのおかげで、心に引っかかっていた杭は抜け、もう思い残すこともなかった。
僕は二人に「ねぇ」と声をかけると、居住まいを正した。
「本当にありがとう」
僕は彼女たちに深く頭を下げる。二人はきょとんとした顔になる。
「君たちに出会えていなかったら、夢のまま終わっていたかもしれない。いや、今この現状が夢なのかもしれないけれど、でも僕の心は満たされているんだ。だから、本当に、ありがとう」
何度もお礼を言う僕を、少女は腕を組んで思案し、青年は物珍しそうに観察する。
「私はただ、あなたの未練を取り除きにきたわけじゃない」少女が口を開く。
「種には生まれつき個体差が生じる。それは仕方のないこと。でも、どんな種でも、開花する未来は全員に等しく与えられている。質が悪くても、時期がずれようとも、うまく開花せずに枯れたとしても、開花時期は必ず訪れ、十人十色の花を咲かせる。つまり、『死』という未来は、唯一誰しも平等に与えられているものなの」
「確かに」
「私たちにできることは、生えた雑草を取り除いたり、ついた害虫を駆除したり、と花の咲く環境を整えること。たとえ種自体の質が悪くても、環境さえ整っていれば、少しはきれいな花が咲くもの、だと、前までは思っていた」
そこまで語ると、少女は空を見上げる。
「でも、人間はそんな単純なものじゃない。たとえ最悪の環境でも、きれいな花が咲くことがある。自分よりも他人の育つ環境を心配したりする。時期が来ても、まだ成長の余地があったりする。『感情』という複雑なものによって、予想をはるかに上回る成長を成し遂げる。だからこそ私たちの役目は、ただ花の環境を整えることではなく、花自身がいかに満足して咲くことができるかの環境を生み出すことだって、気づくことができた」
過去を思い出しているのか、少女は滔々と語る。
彼女の人に対する尊敬が感じられて、僕は内心嬉しくなる。
「それだけ他人に貢献しようと思える君は、凄いと思うよ」
僕は素直に褒める。
「それが使命なのよ。虹ノ宮市は、私の庭なんだから」
少女はそう言うと、大きく伸びをした後、僕に向き直る。
「どんな種でも最後くらいは笑って咲いてほしいの。才能のない人生でも、不運な人生でも、最後くらいは、良い環境で気持ちよく。それこそが、せめてもの死神からの贈りものなのよ」
「確かに笑って咲いてくれた方が、こっちも気持ちがいいもんだ」
青年は目を細めて同調する。
今まで僕は、僕の人生を恨んでいた。くじ運が悪かったなぁと卑下してた。
だけど、そんな人生でも、彼女のおかげで今、僕は心から満たされている。
気づけば感情が目から溢れ出ていた。
目前の少女と青年も僅かに困惑した顔をしている。
僕の目から溢れた感情は、山の冷やされた風によりひやりとした筋を頬に刻む。
僕らしくなくて歯痒いものだ。感情を表に出すことがなかっただけに、新鮮だなと他人事のように思った。
「ありがとう……本当にありがとう。君と出会えてよかったよ」
無意識に口から溢れていた。感情がボロボロと表に表れて軽く動揺する。
でも、自分では歯止めが効かなかった。
「そう思ってもらえて、本望だわ」
そう呟いた少女の顔は、今日見た中で一番柔らかくて温かいものだった。
「最後にもうひとつだけ、お願い、聞いてもらっていい?」
ダメ押しで尋ねると、少女はポケットから懐中時計を取り出し、「まだ、今日が終わるまでは一時間あるから平気」と事務的に答えた。
***
虹ノ宮市の繁華街。
さすが、眠らない街として知られているだけに、日付が変わっても街灯が照らされ、煌びやかな電飾が輝いていた。
小さな居酒屋からは陽気な笑い声が飛び交い、道端には泥酔している若者が見られる。
「今回もきれいに咲いたもんだ」
眼帯を着用した青年、ゼンゼは、手に持つ小瓶に入った花を恍惚とした顔で眺める。
「元々、種の質はよかったのよ」
隣で歩く赤髪の少女、リンは答える。「じゃなければ、金持ちの通う白扇高校に通えない」
「今回もおもしろい奴だったな。白扇は胡散臭い奴が多いのか」
「最期に女性に花を贈ることを願う彼は、純粋だと思うわ」
「母親だけどな」
ゼンゼは肩を竦める。
ちらちらと粉雪が舞う。
空を見上げると、眩しく輝く星に雪が反射して虹ノ宮市を照らしていた。
街歩く人も、ひやりとした雪の冷たさに目が覚め、足速に自宅へと戻る。
リンは手に持つ花を天に掲げる。粉雪が付着するも、純白の花弁に馴染んでいた。
「知ってるか。その花の花言葉」
ゼンゼは尖った歯を見せて嗤う。
リンは無言で小首を傾げる。
「ノースポール。花言葉は『輪廻転生』」
シーズン4【雪村 冬馬】完了