こちらは、「凛からのオクリモノ」の本編物語のリン視点から見たおまけ小説です。
本編を補足する内容となっておりますので、本編読後に楽しんでいただけましたら嬉しいです。
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【シーズン春】
「新入生はタダ! 飲み会後もカラオケを予定しているよ!」
「見学会では、特製の紅茶とクッキーを振る舞ってます!」
「部員数が多いから、友達がたくさんできるよ〜!」
陽気な声があちこちで飛び交う。
声の主たちは、少々目障りなテンションで、誰彼構わず手に持つ勧誘チラシを差し出していた。
四月一日の入学式から一週間ほど経った今日この頃。
花崎大学内は、いまだ活気盛んな生徒たちで溢れていた。
「タダ飯だってよ。おいリン、行こうぜ」
全身黒服に身を包み、右目に眼帯を着用した銀髪の青年、ゼンゼは、嬉々として言う。
彼の手には、いつの間に手に入れていたのか、勧誘チラシが何枚も握られていた。
「そんな暇は、ない」
ゴシックな衣装を身に纏った赤髪の少女、リンは、凛と背筋を伸ばして答える。
「大学は高校までとは違い、履修も人によりけり。ただでさえこの時期は、人で溢れているのに、今回の対象がどの講義を履修しているかを調べるだけでも時間がかかるのよ」
その言葉を聞いたゼンゼは、尖った歯を見せてリンに振り向く。
「新入生が一番、履修する講義は判明してるぜ」
「え?」
唐突な言葉に、リンは眉をひそめる。
「ここはとりあえず進学、と考える奴らが多い『F欄』と呼ばれる大学なんだ。勉強が好きなわけでもねぇのに、何故奴らは進学すると思う?」
「ゴミランクでも、水が無いと枯れるものだわ」
リンは、淡々と答える。
相変わらずの物言いに、ゼンゼは苦笑する。
「いんや、奴らは『出会い』が欲しいんだ。だから高い金を積んで、時間と経験を得る。だが大学は高校までとは違い、クラスといったハコがほぼない。大教室で行われる講義なんかは座席自由で、元々友人同士で座るだろうから、教室で友達を作るのは至難の業だ。そんな中で、最も手軽で楽しくて、目的に沿った場がある」
そう言うと、ゼンゼは含み笑いで手に持つ勧誘チラシの一枚を掲げる。
紙面には、大きく『新入生歓迎コンパ』と書かれていた。
「新歓は言葉通りに新入生を歓迎するイベント。出会いを求める新入生にとったら、積極的に参加すべきカルチャーなんだ。つまらねぇ講義を調べるくらいなら、新歓コンパに参加した方が、圧倒的に効率が良い」
その言葉を聞いたリンは、ふむっと腕をくむ。
「確かに、一理あるわね」
「だろ? じゃ、手当たり次第に参加すっか」
ゼンゼは上機嫌でチラシの選別を始めた。
当てもなく歩いていたことで、いつの間にか勧誘の声は遠くなり、人気のないひっそりとした空気に変わっていた。
顔を上げると、目前には北棟があった。
相変わらず、入り口玄関横に添えられてる花束をリンは一瞥すると、「こんなところにはいないでしょ」と方向転換する。
だがその瞬間、リンは視線を感じて周囲を見回す。
そして、その存在と目があった。
リンの前方にあるガラス張りの奥に、一人の青年がこちらを見ていた。
赤みがかった癖毛にシャツとハーフパンツとまだ大学に馴染みきれてないラフな格好で、何か嫌なことがあったのか、浮かない顔をしている。
青年は机に顎を乗せ、こちらを物珍しそうな顔で観察する。
彼のいる室内は人が多く、みんな咀嚼していることから食堂だと感じられる。
リンは目の色を変えると、即座にリストを開いて確認する。
「探す手間が省けたわ」
リンの開いているページには、【草凪 春太】の文字と、今、目前にいる青年の写真が載っている。
正しく今回の対象、そのものだった。
嬉々としてチラシを見ていたゼンゼは、わかりやすく唇を突き出す。
「でも、対象と接触するには、飲み会は利用しやすいもんだろ」
「そうね。飲み会には参加しようかしら」
「お?」
意外にもあっさりと提案を受け入れたリンに、ゼンゼは素っ頓狂な声を上げる。
リンは、今回の対象の隣にいる、友人らしき人物の手に持つ紙をじっと見ていた。
「彼らも、新入生の必須科目を履修するようだからね」
***
【シーズン夏】
雲ひとつない青い空が頭上に広がっている。
周囲を覆う森林から発せられるマイナスイオンや、そばを流れる川のせせらぎにより、人間は心が洗われるものなんだな、とリンはぼんやり思う。
「虹ノ宮が都会なだけに、これだけ緑があんのはなんか新鮮だな」
川に足をつけているゼンゼは、眩しそうに空を見上げて言う。その口は、何か咀嚼しているように動いている。
数分前まで嬉々として魚を捕まえていた彼だが、まさかな、とリンは内心思う。
「二泊三日の合宿か。開花予定日は明日だから、ほぼここで間違いないだろな」
「いっそ、尾泉も私の管轄にしたいくらいだわ」
リンは険しい顔で言う。そんな彼女を見て、ゼンゼは苦笑する。
「ま、さすがにこんな山奥で鉢合わすこともねぇだろうよ」
「そう祈っておくわ」
「何に?」
ゼンゼは素朴に問う。
リンは真顔のまま、「神様に?」と小首を傾げた。
吹奏楽部の演奏の音が届く。
近くにある合宿場からだな、とリンは自然と耳を傾ける。
その曲が、どこか聴き覚えのあるメロディだな、と思ったと同時に、ゼンゼが「あっ、MIKANだ」と解答を口にする。
「この一度聴いたら耳から離れねぇ中毒的なリズムは絶対そうだ」
「確かに、私も聴いたのは音楽祭の時だけなのに覚えていたわ」
「応援歌としても使われるなんざ、あいつも出世したもんだ」
ゼンゼは、まるで彼の先輩のような態度で口にする。
原曲は主にシンセサイザーを利用した電脳チックな楽曲だったが、管楽器メインの演奏では、また違った色を見せた。
耳に嫌な雑音を残さずに、本来の楽曲の良さをさらに引き出していることから、演奏手もそれなりの技術が備わっているのだろうとはすぐにわかる。
リンとゼンゼは、しばし演奏に耳を傾けていた。
「あ、花」
演奏が止んだと同時に、ゼンゼが呟く。
彼の視線は、川横に向けられていた。
リンはそれに近づいて観察する。
花弁は丸みを帯びた形状で、小ぶりだがたくさん生えている。
そして今まで見てきた花とは違い、澄んだ青色をしていた。
「青い花なんてあるのね」
「俺も、初めて見たな」
ゼンゼも興味深気に顎を摩る。
環境が良いからか、茎はまっすぐ伸び、花弁も力強く開いてる。色も褪せることもなく、栄養が隅々まで行き渡っているとわかる。
「質を阻害するものがない環境で咲く花は、やっぱりきれいだわ」
リンは僅かに口角を上げながら呟いた。
突如、人気を感じて二人は振り返る。
少し離れた先に、ランニングをする女子学生の姿があった。
「対象の学校か?」
「えぇ」
じっと選別していると、今回の対象である【清水 夏帆】の姿が目に入る。
パーマの当てられたフワフワの髪に華奢な体型。
以前、接触済みであることから、彼女が今回の対象であるとは、リストを確認するまでもない。
清水は足の速度を緩め、茫然とこちらを見る。距離があることから、周囲に咲く花を見ているのか、リンたちを見ているのかの判別はつかない。
しばらく眺めた後、ハッと我に返ったように再び走り始めた。
「きれいな花は、人間の目を奪う」
ゼンゼはニヤニヤ嗤いながら言う。「こりゃ多分、後からここに来んな」
「そうかもね」
再び吹奏楽部の演奏が響く。その楽曲も、以前聴いたことのあるものだとリンは気づく。
無意識に口角が緩んでいた。
「懐かしいなぁ、この曲」
でもやっぱり歌の方が良いかも、とゼンゼは空を見上げながら呟く。
リンも「そうね」と同じく空を見上げた。
***
【シーズン秋】
駅から徒歩圏内にある青星第一高等学校は、芸術に特化した学校と世間では知られている。
葉が赤く色づき、『芸術の秋』と呼ばれるこの時期は、正しく青星の活躍の季節でもあるのだろう。
その通りに、校門横には個性のある立て看板がずらりと並び、周囲にはカメラやマイクを携えたマスコミがたくさん構えていた。
「この学校に来んのも久しぶりだな」
ゼンゼは、目前の校門を見ながら呟く。隠す気のない防犯カメラも相変わらず設置されたままだ。
「えぇ。今回は、漫画科らしいわ」
「漫画科か。こりゃ今回は、延命でもいいな」
ゼンゼは嬉々として言う。リンは怪訝な顔で彼に振り向く。
「カルチャーを生み出せる人間ってのは中々いないもんだぜ」
「全てあなたの娯楽の為じゃない」
「でもカルチャーは侮れないもんだとは、おまえも思うだろ」
ゼンゼはドヤッと口角を上げる。
リンは彼を無視して学内に入ると、一直線に漫画科のある校舎へと向かう。
廊下の掲示板には、漫画賞のお知らせや、生徒の成果報告がズラリと掲示されている。一角には、卒業生の発行したであろう漫画雑誌が陳列され、青星の生徒の業績が目に見えてわかる。
茫然と眺めていたが、やけに静かだな、と教室側に振り向く。
近くのドアの窓から教室内を伺った。
生徒たちは、黙々と机に向かっていた。人数は四十人ほどだが、皆自分の世界に籠ったように口を閉し、ペンを走らせている。
来週行われる文化祭に向けて、ラストスパートをかけているようだ。
教卓近くの椅子に腰かけてる先生らしき人物も、手元の本に目を落としていた。
「さすが、漫画科とでも言うべきか」
同じく中を窺ったゼンゼは、尖った歯を見せて嗤う。
リンは目の色を変えて選別するが、次第に顔が険しくなる。
「おかしいわ」
「おかしい?」
「漫画科はこのクラスだけで、席も全て埋まっている。だけど、今回の対象がいない」
教室内には、今回の対象である【火宮 秋奈】の姿がなかった。空席は無く、全ての席が埋まっていることから、彼女の座席すら準備されていないように見える。
「でも、このクラスであることは間違いないんだろ?」
「えぇ。確かにリストにはそう書いてある」
リンは困惑気味にリストを確認する。
「学校を辞めたってことかな」
「もしくは、不登校」
ふと、そばに掲示されている紙が目に入る。
その紙には、ランキング形式のように名前と数字が記載されていた。
表題には、『反響の数』と書かれ、上位の者ほど数字が多いことから、SNS上で反応の多かった者のランキングだとわかる。
そのランキングの下方に、今回の対象の名前があった。
「この学校は、世間の反応で生徒の価値観を決めているとは、聞いているわ」
リンは目を細めて言う。
「目に見えてわかる格差ほど、人は落胆するもの。今回の未練と関係しているかもしれないわね」
「確かになぁ」
ゼンゼは、いつの間にか手に入れていた本を広げながら反応する。
「あなたは本当、好奇心旺盛ね」
リンは軽蔑の色を混ぜて言う。
「これも観察の一種だ。だか、これはおまえに任せるわ」
そう言って手に持つ本をリンに差し出す。
リンは、流れでそれを受け取ると、本を開く。
中には、以前ゼンゼの読んでいた『REBELS』に登場する二人の男性が描かれていた。ページが進むほど距離感が縮まり、最終的には色濃い話となっている。
原作に寄せられた淡麗な絵柄ではあるが、本編から逸れた話のように感じられる。
「あの漫画の作者かと思って見てみたんだがな。地球では、同性恋愛というものも認められているようだが、残念ながら俺は守備範囲外なんだ」
漫画の厚さもなんか薄いし、と付け足す。
リンは無言でその本に目を落としていた。
「どっちかというと、私は反対ね」
「何に反対?」
「こっちのキャラから告白する方が、しっくりくる」
リンは本を広げて対象を指差す。
真顔で語る彼女に、ゼンゼは思わず顔が引き攣る。
「何か、妙な扉を開かせてしまって、罪悪感」
「どういう意味?」
「何でもねぇ」
ゼンゼは苦笑しながら頭を掻いた。
***
【シーズン冬】
はらはらと舞う白い雪が漆黒の空に映えていた。
綿のように厚みのあるそれは、瞬く間に地上に白い絨毯を敷いてゆく。
「こりゃ、珍しいもんだ」
ゼンゼは手のひらを天にかざしながら呟く。
「今夜は、大雪になりそうね」
リンも興味深気に、地上に降り注ぐ雪を注視する。
「でも、観察には適さない天気だわ。今夜は中で休もうかしら」
「あぁ。このままだと、俺らまで雪に呑まれそうだ」
ゼンゼは肩を竦めて賛同する。
彼の言う通りに、すでに二人の着る黒い服が白く染まりつつあった。
リンは前方にそびえ立つ大きな病院に顔を向ける。
「今回の対象は、この病院内に住む【雪村 冬馬】。一応、白扇高等学校の学生だとは記載されているけれど、もしかしたら彼も登校できていないのかもしれない」
「ま、病院に住むなんて中々な状態だろうしな」
二人はそのまま、病院内に入った。
すでに健診時間を終えていることで、人気も明かりもない渡り廊下を歩く。
視界が少し悪いものの、ゴミが一切見当たらない清潔な環境に、リンは内心気分が良くなった。
茫然と歩いていたが、廊下の一番奥の一角の部屋だけ電気が点いていた。
ドアの窓から中を窺うと、窓の外を眺める対象がそこにいた。
スッキリと切りそろえられた頭髪に、清潔な看護服を着用している。
車椅子に座った状態で、地上に降り注ぐ雪を興味深気に眺めていた。
「カルチャーがたくさんあるじゃねぇか。おいリン、中入ろうぜ」
ゼンゼは嬉々として尋ねる。
確かに、彼の言う通りに、この病室内は他と違い、本棚にはたくさんの書籍にテレビ周りにはゲーム機が複数設置されている。
正しく男子高校生の部屋のような物の多さからも、対象がこの病室内で過ごしていることは歴然だった。
リンは懐中時計を取り出すと、時刻を確認する。
「もう遅いわ。だから今夜はまだ接触しない」
「ちぇ」
ゼンゼはつまらなさそうに、頭で手を組んだ。
ふと、病室前に飾られている写真に目がいく。
それは全て、同じ場所から撮られた大木だったが、全て色が違っていた。
一番左に飾られている写真は、満開の桜が咲き、春の訪れを祝福している。
二枚目の写真は、青々とした緑葉が日に照らされて、夏の暑さが身に伝わる。
三枚目の写真は、真っ赤に色づいた紅葉や地上に落ちた葉が、秋の気候の良さを感じさせている。
一番右側に飾られている写真は、抜け落ちた葉の代わりに真っ白な雪が枝をまとい、冬の寒さを訴えていた。
「同じ場所で、同じ対象物であるのにも関わらず、これだけ色が変わるものなのね」
リンは感心の目で写真を見る。
「四季が顕著に現れていておもしろいもんだぜ」
ゼンゼも尖った歯を見せながら、写真に注視していた。
そこでふと、リンは気づく。
「もしかしたら、彼が撮った写真なのかもしれない」
「あぁ。だってあいつが見てる窓から見える木と、角度が同じだもんな」
「病院から中々出られない不便な環境の中でも、楽しみを見出せる彼は、きっと、きれいな花が咲くわ」
リンは、いまだ窓の外を見ている対象に顔を向けながら、柔らかく微笑んだ。
(初出:2021/05/11)