序章『永遠の終わり』①




あ、なんか心がざわつくな、と感じたのは、普段とは違う道を歩いているからだろうか。

今日はオープンしたばかりのスーパーへ行く為に、珍しく遠方まで足を運んでいた。片道三十分以上かかったが、その甲斐あって今日は久しぶりに牛肉を使用した夕食にありつける。
ドライアイスを使用しているとはいえ、初夏なので気持ち急いで自宅まで向かった。

年季の入った住宅が建ち並び、車も通らずに辺りはシンとしている。学校帰りに向かったので、すでに視界が暗くなりつつあった。

見慣れない風景だ。あまり地元以外は外に出る機会がなく、都会に来た田舎の人のような顔になった。
初めて歩く道なだけにどんどん不安が押し寄せる。オープンセールに目が眩んだものの、やはりいつもと違うと、気持ちが落ち着かない。無意識に小走りになった。
平和がつまらないとは贅沢な我儘といったところ。何事も変わらぬことが一番、とは身をもって実感していた。

馴染みの光景が目に入って安堵する。地元に辿り着いた頃には日は落ちて、辺りは暗くなっていた。

自宅に辿り着くと、中に入る前に玄関前の花壇に水をやる。習慣となっていたので身体が勝手に動いていた。
そのまま流れるようにポストを確認する。が、今日はそこで引っかかる。

ポストの中には小包があった。宛名を見ると私の名前が書かれている。しかし通販をした記憶もなければ、友人から何か贈られるという連絡も来ていない。

不思議に思いながらも、小包を持って家の中に入った。

序章『永遠の終わり』

 

始業五分前のベルが鳴る。けたたましく鳴くセミの声と、慌てて登校する生徒の声で、本館一階はざわざわしていた。
普段と変わらぬ光景だ。騒音すら心地いいと感じる。耳に聞き流しながら今日も一日が始まるのだなと噛み締める。

誇りっぽく、湿気の充満した下駄箱付近も、この季節特有のものだ。もう通うのも三年目となると、またこの時期が来たのだな、と実感できるようになった。
自身の下駄箱に手をかける。少しサビていて、扉を引っ張ると鉄の擦れる音が鳴った。あと半年は使用しなければならないので、もう少しだけ堪えてもらいたいものだ。

しかし、戸を開けたところではたと目を丸くする。

「何、これ……」

下駄箱内には、二つ折に畳まれた手紙が置かれていた。自分で置いたものではない。昨日のポストの件からもデジャウを感じた。
中を開いて文字を見た瞬間に、私は思わず溜息を吐いた。

「あっぶね!ギリギリだ」

同じタイミングで、小走りで下駄箱までかけてくる青年が目に入る。

「リョウヘイ」

「あ、ユイ。っておまえ何ぼーっと突っ立ってんの?もう授業始まんぞ」

彼は慌てて靴を履き替えると、私の元まで駆け寄ってくる。

赤みがかった茶髪から軟骨まで開けられたピアスが覗き、カッターシャツの中には柄入りTシャツを着用している。
見慣れてはいるものの、ひと目で「いかつい」という印象を受ける外見だ。
彼は森 亮平(モリ リョウヘイ)。家の近所に住む、唯一の男の幼馴染だ。
リョウヘイは、私の持つ手紙に気づくとひょいと覗き込む。そこに書かれた文に一瞬面食らった顔をするが、ヒューッと唇を突き出して「モテるね~」と軽い調子で揶揄った。私は怪訝な顔を彼に向ける。

手紙には、「7月16日16時に別館1階倉庫前に来てください」と記載されていた。匿名だが私には誰なのか、何の要件なのか見当がついた。隣クラスのメガネをかけた線の細い男の子の顔が浮かぶ。

「もう四回目、なんだよね」前回は今年の春だった。

「それだけ一途ってこったろ」
リョウヘイは軽い調子で言う。私はまたもや小さく息を吐いた。

「あと三分で授業始まんぞ~」と急かす先生の声を受け流しながら、三階の教室までリョウヘイと階段を上がる。

階段の窓から眩しい日差しが襲って、目を細める。今は七月中旬、先週遅めの梅雨明けが発表されたばかりだ。

「恐らく来週から始まるバカンスを楽しむ為に、今のうちに彼女作っとけという魂胆だ」

隣に歩くリョウヘイも、日が鬱陶しそうに額に手を当てがっている。

「でも私たち三年生だよ」

「そりゃ毎日あんなけ受験のこと言われりゃ気もふれるだろうよ」
リョウヘイは自分のことのように答える。

私は溜息を吐く。

「恋人作る気がないって言ってるんだけどね」

好意はありがたいものの、私は誰であっても恋人を作らないと決めていた。
相手が嫌な訳じゃない。だからこそ断るたびに罪悪感が募るので、正直最近では疲労の方が上回っていた。

「押せばいけると思われちまってんだろ。本気でその気がねぇなら、はっきり断ればいいんだ」

私の顔は引き攣る。「……私がそんなこと、言えると思う?」

「思わねぇ」

即答。さすが幼馴染と感心しかけたが、それなら何故言ったんだ。
悶々と悩み始めたことで緩慢な足取りになる。そのタイミングでリョウヘイはあっと叫ぶ。

「恋人がいねぇからワンチャンって思ってんだろ。だったら、むしろ彼氏がいるって言えばいいじゃねぇか」

いいアイデアだと言わんばかりのテンションで切り出すので、私は冷静な目で彼を見る。

「彼氏いないのは事実だしさ」

「オレが協力してやろっか?」

はたと立ち止まる。リョウヘイに顔を向けると、「何度も断んのも辛いんだろ」とあっさりと言う。
昔からそうだ。彼は軽いように見えて、私の悩みや不安を的確に見抜く鋭さがある。

「でも、今さら信じてもらえる気がしないんだけど」

それこそ恋人つくる気がないって断ってるのだから、信じてもらえる気がしなかった。

「まぁオレらが昔からの知り合いってのは多分バレてんもんな。何か信憑性が持てるものがありゃな」

リョウヘイは顎に手を当てる。同じく私も腕を組んで思案する。

「あっ」

リョウヘイは「何だ?」と私に振り向く。

しかし、そのタイミングで授業を知らせるベルが鳴った。

「今日、日直だった」と、自分の教室に向かうリョウヘイの背中に慌てて「今日放課後空いてる?」と声をかけた。

 

***

 

馴染みのファストフード店のワック。学校の最寄り駅近くで、うちの高校の生徒がよく利用する定番の寄り道スポットだ。
友人といる時はお金は気にしないと決めているので、私の中では贅沢な場所とも呼べる。

「外見ってもんはかなり重要だ。今は見るからに危ねぇ奴なんて、ほぼいねぇだろ。それでもギラギラのスカジャン着た奴と、アイロンの当たったスーツ着た奴がいたら、スーツの方が安全だと思っちまう」

リョウヘイは、パティが三枚挟まったボリュームのあるハンバーガーに齧りつきながら語る。
私はポテトをつまみ、黙って耳を傾けていた。

「裸で歩けば捕まっちまうから、本当の自分は隠すもんだ。それは能ある奴ほど巧妙に隠す。逆に言や、小物ひとつでも簡単に印象操作ができる」

「メガネの人は、印象操作を狙ってるとは思えないけど」

「でも実際、『メガネ』によってオレらは勝手に気弱だと判断しちまってた」

手紙の送り主は、レンズの厚いメガネをかけ、身長は私より少し高いほどで線は細い。確かに外見からは、何度振られても立ち上がる鋼のメンタル所持者には見えない。
ちなみに彼は、影山 幸斗(カゲヤマ ユキト)という名前だが、私たちの間では「メガネの人」が通称だった。

「メガネをかけてりゃ真面目だと判断するし、マスクをしてりゃ風邪だと心配する。ナイフを握ってりゃ危ない奴だと構えちまう」

「ナイフを持ってたら、本当に危ない人だと思う」

「バターを切ってるだけかもしれねぇだろ」
リョウヘイはあっけらかんと答える。

彼の身に、惜しげもなくつけられたシルバーのごついブレスレットや指輪を見ると、「いかつい」という印象を抱くので説得力はあった。

「それなら、薬指に指輪つけてれば恋人がいると思うもんじゃないの?」

「あぁ。確かにそう判断するだろうな。指輪がひとつ増えたところで変わらねぇし、協力すると言った手前、つけることには何も言わねぇよ」
リョウヘイは指につけられた指輪を弄りながら言う。

「なら、何が言いたいの?」結論を促すように問う。

リョウヘイは私に険しい顔を向けた。その顔は、照れ隠しのようにも、呆れているようにも捉えられる。

「これは普通の指輪と違って、『永遠を誓った者向け』と書かれた特殊なものだ。少しは躊躇いとか、ねーのかよ」

核心を突かれて、言葉に詰まる。

私は、彼氏の存在根拠として、左手薬指に指輪をつけることを提案した。
しかし、この指輪は普通のものとは違い、リョウヘイの言う通りに「永遠を誓った者向け」の、『恋人優待』なるものがついていた。

私は、おずおずとリョウヘイの顔を窺った。

「……でも、そのおかげでキングバーガーがタダで食べられたでしょ?」

「おまえは、そういう奴だよ」
リョウヘイは不満気に口を尖らせた。

この妙な指輪を手に入れたのは、昨日のことだった。

 

***

 

ポストに入っていた小包を開けると、中にはこの指輪が入っていた。
二つある点と、封入されたカードに『永遠印』と記載されている点からも、明らかに恋人同士向けのペアリングだ。男性用には水色の、女性用にはピンク色のカラーストーンがついており、リング自体に特徴のある彫刻が施されている。

私の顔は引き攣った。

「何で、私宛にペアリングなんて……」

差出人は記載されていないが、意図的に送られたには違いない。
いきなりペアリングを贈ってくるなんて、かなり気味が悪い。一瞬、何度も想いを告げられる彼の存在が頭をよぎるが、男性用も送られている点に違和感がある。
可能性があるのは、暇があれば応募する懸賞くらいだが、記憶にはない。

ひとまずカードに記載された指輪の名前『永遠印』をネットで検索した。すると、すぐに公式サイトが候補に挙がった。

『永遠印』の名の通り、この指輪は恋人同士でつけているだけで「永遠を誓った印」を意味するものとして書かれていた。
何気なく指輪の金額を確認したが、そこで目を見開いた。某有名ブランドほどの金額はする。
指輪に視線を向ける。捨てるべきかと考えていたが、貧乏性であることからも正直躊躇ってしまった。

サイトに視線を戻すと、そこに記載された文に首を傾げた。

「優待……?」

この指輪をつけると、一日一回、対象の店舗で優待が受けられるらしい。
恋人同士の仲を後押しする「永遠を誓った特権」の為、それこそ「永遠」に続く。キューピッドのようなマスコットキャラクターが説明していた。

かなり胡散臭い。だが、SNSや掲示板を確認すると、たくさん記事が上がった。

「映画がタダで観られた」
「旅行券がもらえた」
「遊園地の貸切日に招待された」

レビューの多さからも事実だと感じられる。優待の対象店舗一覧を見ると、ホテルやテーマパークだけでなく、近所の大型スーパーや友人とたまによるファストフード店も対象内のようだ。

しかし、「使用条件」と記載されたページを見て、目を落とす。

「そっか。男女でつけることが必須なんだ……」

マスコットキャラが「永遠を誓った特権」と言ってるだけに、二人でつけることが必須のようだ。同姓向けもあるようだが、私の元に届いた品は男女用だ。

本当に何故、私の家に送られたのかが謎だが、普段から節制に努めているだけ、優待に少し目が眩んでいる自分もいた。

 

***

 

昨日の夜に指輪が届いて、今朝、告白の呼び出しがかかる。それに加えて、リョウヘイからの協力の申し出。
偶然にしては重なり過ぎてるので、もはやこれは指輪を使え、と言ってるようなものではないのか。

「恋人同士とは書かれていたけど、条件は『男女でつけること』だったからさ」

私は弁解を始める。「ネットでも優待目当てで利用する人はいるって書いてあったし」

「ま、確かに優待は便利だけどよ」

リョウヘイは開き直ったように言うと、ハンバーガーの包み紙をくしゃくしゃと丸め、ポテトに手をつけ始める。私も注文したフィッシュバーガーを手に取ってほおばった。

サクッと軽やかな音が鳴り、白身フライがほろほろと口の中で崩れる。いつもと変わらない味にどこか安堵した。優待のおかげで、普段アプリクーポンを利用しても五百円はするセットを今日は無料で堪能できた。

しかし、先ほどリョウヘイに突っ込まれたことで、少し恥ずかしくなっていた。

「明日が終わったら、全然外してくれていいからね?」罪悪感から逃れる道を与える。

「それじゃバレんだろ。せめて夏休み入るまでは必要じゃねぇのか」リョウヘイは言う。

「それに条件通りなら、一回外すと、もう優待は受けられねぇんだろ」

私は口を噤む。リョウヘイの言う通りに、この指輪は優待が受けられる代わりに、いくつか使用条件があった。

①男女で左手薬指につける
②外してはいけない
③やむを得ない場合は同じタイミングで一度だけ

といった内容だ。

「条件ねぇ。『永遠』と掲げてるだけあるか」リョウヘイが呟く。

「条件を破る行為は、『永遠を裏切る行為』になるらしい」
昨日見たサイトを思い返しながら告げる。

「裏切ったらどうなんの?」

私は首を捻る。「わからない。そういった記事は全くなかったの」

「胡散臭いな」

「私も形だけの条件だとは思ってるけど」

そもそも、アクセサリーに外したらダメだなんて条件、聞いたことがない。
具体的に何が起こるかの情報がないだけに、『永遠』を誓った心構え的なものだと思っている。

しかし、少しだけ引っかかっていた。

「でも、優待は本物だったでしょ?」

「まぁな」

リョウヘイはつまんだポテトを見ると「当たりだ」と声を上げた。

実際、優待が受けられたことで、代わりの条件だと考えていた。労力なしに賃金がもらえないように、努力なしに成果が得られないように。
少なくとも、条件通りに使用すれば問題ないことは確実なので一応従っていた。

「でも、面倒ごとがあったら言ってね?」

「面倒ごと?」

「か、彼女ができるとか」

「できる予定もないんで」リョウヘイは自嘲気味に答える。

私は唇を結ぶ。外見こそいかつく見えるものの、饒舌であることからもリョウヘイは女子人気が高い。その気になれば、すぐに彼女ができることは明白だ。
だが考えれば、彼からは恋愛関連の話を聞かない。私が恋人を作らないと告げているだけに、気を遣ってくれているのだろうか。

「リョウヘイは、バカンスを楽しむ予定はないんだ」

「オレら三年なのに、遊んでる暇なんてねぇだろ」

リョウヘイは至極当然のように答える。私は怪訝な顔を向けた。

「つか明日どーするよ。オレも行った方がいいのか?」と問われてはっとする。本来の目的を忘れていた。

「ううん、一人で大丈夫。さすがに二人で出てくのは相手に悪いし。リョウヘイがつけてくれてるだけで、私の発言を裏づけられるからさ」

「確かに、オレみたいなのが出てくとビビるよな。まぁ頑張れよ」

リョウヘイは、意外に自分を客観視してるととれる言葉を吐くと、トレーを持って立ち上がる。私も荷物をまとめて席を立った。