終章『永遠の始まり』【完結】




「ねぇ!何であたしだけ除け者なの!?」

ナナミは、今にも泣き出しそうな顔で担任に迫る。

「除け者にしてる訳じゃない。ただ、学園祭はもう明後日なんだ。すでに準備は終えてやることもないから休んでおけ、と言っただけだ」担任は困惑した調子で対応する。

「ラストJKの夏休みも、体育祭も経験できてないのに、学園祭まで蚊帳の外とか辛すぎだよー!」

ナナミは、教壇の上で突っ伏してえんえん喚く。そんな彼女を前に担任は首を掻く。宥め方に苦慮しているようだ。

「クラスの活気が戻ったな」
ハヤミくんはナナミに視線を向けながら笑う。

「確かになー」
アカイくんも軽い調子で同調する。

「でも、少し同情するかも」
モモヤマさんは淡々と述べる。

ナナミは目を覚ましてから、一週間ほどの検査入院を経て退院した。
三ヶ月近くまともな食事や運動をしていないことから、急に普段の生活に戻ると身体に支障が懸念された為、本人は至って平然としていたものの、何とか病院の提示する各プログラムを終えたようだ。

ちなみにナナミも、『永遠印』のペナルティとして意識障害になった、と医師から説明を受けたらしい。初めは腑に落ちない顔をしていたものの、長い間眠らされて記憶が混沌としているようで、結局その結果に首を縦に振った。

「あたしの青春が奪われていく……」
ナナミは力なく私たちの元に戻る。

「でもさ、逆に新鮮な気持ちで学園祭を楽しめるんじゃないかな」私は彼女をフォローする。

「それってつまり、あたしは学外の人みたいってことでしょ」

ナナミは唇を突き出して私を見る。失敗したと目を逸らす。

「あと、残されたものといえば……受験?」ハヤミくんはさらりと現実を口にする。

「キツイ現実だな」アカイくんは苦笑する。

「そうだ、ナナミって……」私はナナミを窺う。

確か夏休み前までは、彼女は専門学校に通うか悩んでいたはずだが、すでに受験期間が過ぎている。
しかしナナミは、特に気を落とさず、むしろ満面の笑みになって私に振り返る。

「実はあたし、卒業したら結婚することになってさ」

ナナミは嬉々として左手を掲げる。薬指には、『永遠印』ではない高価そうな指輪がつけられていた。

「いつの間に……!?」私は目を丸くする。

「あたしが入院してる時に、彼と色々あってね」
ナナミは頬に手を当て、じっくり幸せを噛み締める。

「さすがだな」ハヤミくんは素直に祝福する。

私の姉が、ナナミとナナミ彼氏の間に亀裂を入れたものの、修復していく中でむしろ仲が深まったようだ。
幸せそうな彼女の顔を見て口角が上がる。

「だからこそ、今年が最後の学生生活なのよ! ユイとアスカちゃん! 今日は放課後、ワック行くよ!」

ナナミは、失われた時間を取り戻すかの如く、意気揚々と宣言する。
彼女の爛々とした目からも、話の目的は感じ取れたので苦笑する。モモヤマさんも真顔のままナナミを見ていた。

 

***

 

夕方の駅前のワック。明後日の学園祭を前に打ち合わせをしている人が多いのか、席は紫野学園高校の制服の人らで溢れていた。

「いまだに納得いかないわ」
ナナミはジュースのストローを弄りながら言う。

「それは、夏休みも体育祭も、参加できなかったから?」
私は馴染みのフィッシュバーガーを齧りながら、淡々と問う。

「ユイが、あたしの知らないうちに、リョウヘイくんとくっついたってことよ」
ナナミは唇を突き出して険しい顔をする。私は視線を逸らす。

「それに、あたしの知らないうちに、アスカちゃんと仲良くなっていたことも」

ナナミはそのまま、私の隣に座るモモヤマさんに視線を向ける。モモヤマさんは、真顔でコーヒーを啜っている。
私は内心ハラハラした。ナナミは悪口こそ言わないものの、口調が厳しい時があるので、二人のやりとりが不安になった。

「アスカちゃんってさ、もしかして家って『モモヤマベーカリー』?」
ナナミはモモヤマさんの表情を窺いながら問う。

「そうだよ」モモヤマさんは、淡々と答える。

その瞬間、ナナミの表情が一変して笑顔になる。

「やっぱり!あたし、そこのパンが大好きで、よく店に買いに行ってたんだよ!」

ナナミは前かがみになって言う。モモヤマさんは目を丸くして、圧倒されたように背を逸らす。

「特にカレーパンが本当に最高だよね!外はカリッカリで、中はスパイスが効いててさ、そのままでも美味しいけど、温めて食べるとさらに美味しくてさ。たまにチーズをのせてトースターで焼いたりもするんだけど、それもまた最高なんだ~!ずっと気になってたんだけど、中々聞くタイミングがなかったからさ」

ナナミは両手を組んで感想を述べる。本心だろうことは窺える。

「あ、ありがとう……」モモヤマさんは俯いて呟いた。

「で、今日、集まった目的はわかる?」ナナミは切り替えるように指を振る。

「そう、ユイとアスカちゃんの恋愛事情を詳しく説明してもらう為よ」

私とモモヤマさんは、聞こえないふりして飲み物を啜る。彼女がワックを提案した時の目の輝きからも目的は察していた。

「アスカちゃんは、ジョウジマくんのことが好きなんだよね?」

ナナミはモモヤマさんに振り向いて問う。あまりにも直球に投げるので、私は開いた口が塞がらない。

「ちょっとナナミ!単刀直入すぎるって……!」

「だって、今日の目的はそれだって言ったでしょ?大丈夫。ユイについての議題も、もちろんあるから」
そう言ってナナミはウインクする。私は額を抑える。

祖父の言う通りに、記憶は消されるのではなく、眠らされていただけのようで、徐々にみんなの中の記憶が目覚めていると感じられた。
眠らされていた記憶が深いほど時間がかかるようで、モモヤマさんが完全にジョウジマくんについて思い出したのは、ナナミの退院と同時期だった。
私が直接ナナミに告げた訳ではないが、時期が時期なだけに、周囲の態度や話題でナナミは勘づいたようだった。

モモヤマさんに視線を向けると、口を結んで下を向いていた。

「ごめんね、モモヤマさん。ナナミ、こういった話が大好きだから……」

「大丈夫よ。ここは男共がいないし、あたしは口は堅い方だからさ」

ナナミは目を細めてピースする。口は堅いものの声が通る為、あまり意味を成してないとは言えない。

ジョウジマくんに関する記憶は蘇ったが、彼はもう、紫野学園高校にはいない。
突如、行方を晦ましたことからも、みんなの中では彼はまた転校した、と都合良く脳内処理されているようだった。

「それにあたしは、アスカちゃんに協力できるかもって、切り出したんだよ」
ナナミはニマニマした顔でモモヤマさんを見る。

「協力?」モモヤマさんは素朴に問う。

「あたしは、彼の連絡先を知っている」
ナナミはどやっと親指を立てる。

「さすが、ナナミだね」素直に感心した。

彼女が情報通だとは前々から知っていたが、確かに連絡先があるだけでも簡単に前進できる。

「うちの劇でも音楽使用するんだからさ、思い切って連絡してみるのもありじゃないかな」私は提案する。

「でも、私がしたところで……」モモヤマさんは、私を一瞥して呟く。

はっと思い出す。モモヤマさんの中では、私とジョウジマくんがキスしたところで記憶が途切れているんだ。

どう弁解すべきか頭を悩ませた。『恋愛ゲーム』のことは、世間では失笑される出来事として扱われている。そして、たとえ説明したところで、キスをしたという事実が覆る訳じゃない。

「でもさ、連絡くらい、軽い気持ちでしたらいいと思うよ」ナナミは笑顔でスマホを弄る。

「わざわざ、連絡する必要ないよ」

突如、頭上から声が降ってきた。

私たち三人は顔を上げると、目を丸くした。

「久しぶり」

そこには、にこにこと笑うジョウジマくんが立っていた。
ゆるくパーマのかかった明るい茶髪だが、その身は、以前写真で見た気品漂う白ブレザーを纏っている。左手に包帯と指輪は見られず、代わりに高価そうな時計がつけられていた。

「ジョ、ジョウジマくん……?」私は驚いた顔で言う。

「あ、そっか。オレ、ジョウジマだったね。すっかり忘れてたや」
ジョウジマくんは、へらっと笑いながら頭を掻く。

「確か、初めて会ったのワックだったなって思い出して、ふらっと寄ってみたんだ。そしたら見覚えのある、かわいい子がいたからさ」

「その性格は元々なの?」私は怪訝な顔を向ける。

「短期間で根本から変えるとか無理だよね〜。でも軽い奴じゃないよ。じゃなければ『永遠』なんて誓ってない」

ジョウジマくんは左手をひらひらと振る。
確かに女好きの軽い人が、高額で条件付きの『永遠印』に手は出さないだろうとは理解できるが、以前の印象が強いだけに、妙な違和感を感じた。

「その制服だと、賢そうに見えるね」ナナミは素直に感心する。

「一応、偏差値78ある高校に通ってるんだけどね~」ジョウジマくんは苦笑して肩を竦める。

彼の登場に気を取られていたが、隣で黙ったままのモモヤマさんに気づく。
彼女は、目を丸くして静止している。

ジョウジマくんは、モモヤマさんの視線に気づくと、やり辛そうな表情になり、彼女に向き直る。

「久しぶり。アスカちゃん」

声をかけられて正気に戻ったモモヤマさんは、彼に厳しい顔を向ける。
しかし、次第にその目からは涙が溢れた。

「本当……最低だね…………」

モモヤマさんは、震える声で呟く。
そんな彼女をジョウジマくんは辛そうな顔で見つめる。

「うん。オレは最低な奴だよ。だから、ちゃんと償うよ」

そう言うと、ジョウジマくんはモモヤマさんの顎を指で持ち上げ、キスをした。

突然のことに私は目を丸くする。周囲の人も呆気に取られていた。ナナミは口に手を当てて、笑顔で凝視している。

ジョウジマくんは、何食わぬ顔で身体を離すと、呆然とするモモヤマさんの腕を引いて、彼女を立ち上がらせる。

「ごめん。今日はアスカちゃん、借りてもいいかな?」

「あ、どうぞどうぞ」
ナナミはニヤニヤした顔で両手を差し出す。

ジョウジマくんは目を細めて笑うと、椅子にかかったモモヤマさんの鞄を手に取り、彼女の手を引いてこの場を後にする。
そんな二人の背をナナミは満足気に見送る。

「これは、明日も三人でワックに寄るの決定、かな」

「そうだね」私の顔は引き攣る。

彼のことだ。以前、モモヤマさんの前で見せつけたから、あえてこの場でキスしたんだろうとは感じ取れた。
とはいえ明日、モモヤマさんから話を聞くのは楽しみだ。

 

***

 

学園祭は三日間。前日の今日は、一日学園祭の準備にあてられていた。
三年生はクラス準備のみの為、珍しく午後に登校した。

校門をくぐると、すでに立て看板や横断幕が掲げられ、あちこちの壁に装飾が施されている。

「模擬店が出ないとはいえ、やっぱり気分が上がるもんだね」
私は周囲を見回しながら言う。

「授業がないのは楽だな」
隣のリョウヘイも、横断幕を見上げながら呟く。

「会長!このかぼちゃの装飾は、どこがいいですか?」

近くで、壁の装飾をしていた生徒が声を上げる。視線の先には、生徒会長がいた。

「ハロウィンが近いですしね。一番目立つ場所に施しましょうか。こちらに来てください」

生徒会長は、意気揚々と足を進める。明日から始まる学園祭に、彼もソワソワしていると感じ取れた。

騒がしい声が耳に届いて顔を向けると、校舎から垂れ幕を垂らす集団が目に入る。
位置の調整をしているのか、一階にいる複数の人が手を振り、四階の垂れ幕を弄る人に説明している様子だ。

「騒がしいな」リョウヘイも彼らに目を向ける。

「みんな楽しみで、浮き立ってるんだよ」

何気なく彼らに視線を送っていたが、見覚えのある赤髪のツンツンしたヘアスタイルの青年が目に入り、あれ?と気づく。
同時に、彼と目が合った。

「ガクトバラくん……!」

「あっ!カザミネさん!」

ガクトバラくんは私に気づくと、素早く駆け寄り、機敏にお辞儀した。
私はベスト、リョウヘイはパーカーをブレザーの中に着込んでいるが、彼はブレザーのボタンを全開にし、腕の裾を捲り、ネクタイもつけずにラフな格好をしている。

「学校で会うのは初めてっすね!制服姿が新鮮っすよ……」とここまで口にして、彼は私の隣に目を向ける。

つられて私も隣を見ると、リョウヘイが厳しい顔でガクトバラくんを注視していた。

「もしかして、彼氏さんっすか!?」

ガクトバラくんは、リョウヘイの視線に全く怯まずに顔を寄せる。

「そ、そうだよ」私はハラハラしながら答える。

ガクトバラくんは、しばしリョウヘイを凝視すると、「あ――!」と声を上げた。

「もしかして、青組応援団の団長やられてた方っすよね!?すげーかっこいい人だなって思ってたんすよ!オレ来年は、必ず応援合戦出るって決めたんすけど、彼氏さんの演舞見て袴もいいなって思いました!彼氏さん、そのパーカーおしゃれっすね!どこで買ったんすか?そろそろ服の路線変えたいって思ってたんで、おすすめのブランドとか教えてほしいっす。でもアクセサリーって邪魔じゃないんすか?オレつけたことないんすけど、でも彼氏さんかっこいいんで、ちょっとチャレンジしてみようかなって気になりました!」

怒涛の勢いで喋り始めたので、私は狼狽する。タニさんがいないから、止め時がわからない。

そんな彼を前に、リョウヘイは私に不快そうな顔を向ける。その目は、「こいつ、どうにかしろ」と言っている。

「アンジ、何喋ってんだ!さっさと手伝え!」

「すんません!」

ナイスなタイミングで仲間から声がかかり、ガクトバラくんの口はストップする。
彼は慌てて輪に戻ろうとするが、ふと思い出したように私たちに振り返る。

「カザミネさん!彼氏さん!末永くお幸せに!」

ガクトバラくんは、八重歯を見せて無邪気な笑顔で手を振ると、疾風の如く集団の元へと戻った。

私たちは、呆気に取られていた。

「あのうるさい生き物は、何なんだ」

リョウヘイは、いまだ顔を引き攣らせている。彼をここまで圧倒させるガクトバラくんはすごいな、とむしろ感心した。

「元バイト先の人、です……」私はおずおず答える。

「今度会ったら、説教だな」

リョウヘイは首を捻って呟く。私は強張った顔で彼を見る。

「リョウヘイ。あの人は、怒らせない方がいい」

冷静に忠告すると、リョウヘイは何だ?と首を傾げた。

 

周囲を見回すと、生徒も教職員も笑顔で、明日から始まる学園祭に心弾んでいると窺える。
普段とは色の違う光景に、心が落ち着かないものだ。年に一度の空気を噛み締めながら、本館一階の下駄箱まで辿り着く。

自身の下駄箱に手をかけると、冷気の孕んだひやりとした感覚が肌を刺激する。十月下旬ということで、すでに冬の訪れが迫っていると実感させられた。
サビた戸を引っ張ると、乾いた空気に金属音が響く。

戸を開けたところで、はたと目を丸くした。

「さすが、鋼のメンタル」

下駄箱内には、二つ折に畳まれた手紙が置かれていた。もちろん、自分で置いたものではない。
中を開いて文字を見た瞬間に、私は思わず口角が上がった。

「何、ぼーっと突っ立ってんの?」

靴を履き替えたリョウヘイは、私の持つ手紙に気づくとひょいと覗き込む。そこに書かれた文に一瞬面食らった顔をするも、表情を変えずに私に振り向く。

「恐らく、明日から始まる学園祭を楽しむ為に、今のうちに彼女作っとけという魂胆だ」

リョウヘイは「今回ばかりは、オレも出る」と意気込むので慌てて手を振った。

「だ、大丈夫だよ。今回は嘘吐く訳じゃないし……ちゃんと断れるから」

リョウヘイを宥めるように言うと、彼は口を曲げて顔を逸らした。

「明日、どこから回る~?」とはしゃぐ生徒の声を聞き流しながら、三階の教室までリョウヘイと階段を上がる。

「彼氏がいてもいなくても変わらねぇって思ってんだろ」

「でも、好意は素直にありがたいよ」

「オレが迷惑なんだよ」
リョウヘイは露骨に顔を歪めて言う。

「そもそも、おまえがはっきり断れば済む話だ」

「それができたら、初めから困ってない」私は引き攣った顔で答える。

「でも」私は指輪のついていない左手を見る。「今回は、印象操作はできないか」

リョウヘイはしばらく黙り込むと、「だったら」と口を開く。

「だったら?」

「買いに行くか」

私は目を丸くしてリョウヘイに顔を向ける。しかし、彼はこちらを見ようとしない。

「今度は、変な優待もねぇやつで」

リョウヘイは無愛想に呟く。

そんな彼が愛しくて頬が緩んだ。

 

『恋愛×ゲーム』 完