2頁目「脇役から主人公」➄



 やっぱりみんな 食堂行ったことあるんだなぁ。

 学食があるとは知っていたが、私は行ったことがなかった。一人で訪れる勇気なんてあるわけもなく、一緒に行く人がいないとも言える。ただ、どこかそう思われるのが恥ずかしいとも思ってしまった。
 彼らにとったら日常的な行動でも、私には難易度の高い行動だった。

「小夜ちゃんって 一人っ子?」
 思考していると、唐突に真宵の言葉が飛んできた。私は頷く。

「日中も一人っ子だったよな。うち扱い雑だし、弁当作ってくれるの羨ましい」
 真宵は、カレーパンをほおばりながら頷く。

「俺も中学まで給食だったし、弁当は遠足とかでしか食えなくて憧れすらある」暁も、肩を竦める。

 そんな二人を見て、気づけば「私は食堂が ちょっと憧れかも……」と呟いていた。

 呟きが聞こえていたのか、暁は、ふいに手を叩く。

「だったら明日、皆で行くか」

「おっ、いいな。明日なら、余裕で席取れるだろ」
 真宵は、サムズアップする。

「オレも?」
 巻き込まれた日中は、驚いたように目を丸くする。

「会話に入ってんだから当然だろ。打撃与えたくねぇのかよ」

 日中は眉間にしわを寄せる。だが、彼がハッキリ否定しないことからも了承はしていると感じられた。

「どう、小夜ちゃん」暁は、改めて私に問う。

 私は、返答に悩んだ。

「い、いいの……?」

「もちろん。というか、顔に行きたいって書いてある」

「ウソ……!」

「嘘」

 暁は、いたずらっ子のように舌を出す。私は赤面して硬直した。

 キーンコーンカーンコーンとベルが鳴る。昼休み終了五分前を知らせるベルだ。そこで、お弁当が進んでいないことに気づき、慌ててかっこんだ。

 こんな展開になるとは思わなかった。私は到底訪れることがないと思っていただけに、歯がゆさを感じていた。これが、座席効果なのだろうか。

 もしかして、気をつかってくれたのだろうか。そうだとすれば申し訳ない。

 そんな不安とは裏腹に、少しだけ高揚している自分がいた。

***

 その夜。普段は夕食後、そのままお弁当の準備をするが、今日は洗いものだけ済ませて部屋へ向かう。
 そんな私を不思議に感じたのか、母は首をかしげる。

「あれ、お弁当は?」

「明日、友だちと学食に行くから……」

 私の言葉に、母は一瞬キョトンとする。

「そうなんだ。というか、学食なんてあったんだ」

「う、うん……」

 私は気恥ずかしくなり、頭をかく。席替えで近くなったことで偶然誘われたにすぎないが、勝手に友だちだと言ってしまった。
 モジモジしてる私に何か察したのか、母はニヤニヤする。

「いい友だちができたんだね」

 母は上機嫌に笑う。もはや親には、全部筒抜けなのかもしれない。
 私は逃げるように部屋へ向かった。

 机に積まれた本を見る。
 明日は水曜日。普段なら図書館へ寄り道するが、まだ本は、一週間借りられるので、今回はやめておく。
 少しでも早く、惟月に会いたかった。

 私はイスに座り、腕を組む。惟月に尋ねたいことを考えていた。

 私に不思議な力をくれたの? 
 あなたは同じ学校の生徒だよね? 
 あなたは何者? 

 突飛すぎる質問だなとは自分でも思う。ただ、尋ねないことには回答は得られない。

 だが、そこで不登校の可能性が生まれた。実際私の学年にも数人登校していない生徒がいる。その場合は、彼について触れるのは失礼にあたるのではないのか。

 そんな懸念が生まれてからは、さらに頭を抱えた。言葉って、難しい。

 逃げるように布団に倒れ込む。
 明日が楽しみ、だなんて久しぶりに感じた。
 何気ない日々が少しずつ変化しているようで、歯痒い気持ちだった。

***

 水曜日昼休み。昼休み開始のベルがなると、暁が勢いよく振り返り「小夜ちゃん、行くよ!」と言った。

「席取り合戦だ!」

 真宵は急かすように言う。隣の日中も、無言で水筒を持ち、向かう準備をする。みんな慣れている。私は慌てて昼食の準備を手に持つと、彼らに続いて教室を出た。

 私たちは、廊下を小走りで走った。廊下奥、生徒指導の先生が現れた瞬間「ヤベッ」と真宵は、慌ててスカートを元の長さにもどす。私たちも、競歩のように露骨にスピードを落とす。
 先生とすれ違うとき、真宵は、堂々と胸を張ってのんびり歩いていた。

 食堂に入る。初めて中に入るが、公立であるだけ年季を感じられた。四時間目終了すぐに教室を出たが、すでに半分以上席は埋まっていた。

「確保!」
 真宵が、バタバタと机に駆け寄ると、カバンを置いた。無事に席が確保できたことで、私たちは食堂入ってすぐの学食メニュー一覧を見る。

 メニューは、唐揚げやカツなど学生が好きそうな内容が多い。そしてどれもワンコインで買える良心的なものばかりだ。
 私と暁はカレー、日中はサバの煮つけ、真宵は唐揚げ定食を注文した。

 真宵は、日中の持つサバの煮つけの乗ったトレーを見ると、眉間にシワを寄せた。

「サバの煮つけなんて教員以外で食ってる奴初めて見たぞ!」

「今年は、サバの漁獲量が少なくて高級魚になるかもらしいって、ニュースで見たんだよ」

 打撃を与えることだけを考えている日中は、「魚を食べると、頭も良くなるらしいよ」と真宵を一瞥しながら付け加える。真宵は「何でこっち見るんだよ」と唇を尖らせた。

「でもよ、逆に年とったら油もんで胃もたれすんだろ。若ぇうちに食っとかねぇとさ」

「茜うるさい。受け取ったなら、さっさと席戻って」
 わんわん叫ぶ真宵に、暁はピシャリと言い放った。

 確保済みの席についたときには、食堂内は、人で溢れていた。確かにこの状況では、移動教室の時は難しいものだ。

「おまえら、ゴールデンウィーク暇だろ」
 真宵茜は、唐揚げを頬張りながら、唐突に切り出した。

「暇ではないかな」暁は苦笑する。

「嘘つけ。おまえら部活入ってねぇじゃん。バイトも禁止なんだから暇に決まってんだろ」
 真宵は、険しい顔で断定する。実際私は暇なので否定できなかった。

「で、そんな虚しいおまえらに朗報だ。ゴールデンウィーク最終日、遠征お疲れってことでOBがバーベキューしてくれんだけど、友だち誘っていいって言ってんだよ」

「マジか、行く!」
 暁は、即答する。このフットワークの軽さはさすがだ。

「やっぱ暇なんじゃねえか!」
 
「オレたち、テニス部じゃないけど」日中は尋ねる。

「全然いいって。遠征お疲れ会と言う名の、ただバーベキューしたい人らの集まりって感じだからよ。それに男連れてこいって言われてんだ」

「これは、コキ使われるなぁ」
 暁は苦笑する。

「遠慮するよ」

 日中が怪訝な顔で否定する。そんな彼に真宵はサムズアップする。

「タダで、肉が食い放題だぜ」

「……行く」
 日中は、反応を一転させた。案外わかりやすい人なのかもしれない。

「璃空と日中は参加っと。小夜ちゃんは?」
 そう言って真宵は私に顔を向ける。自分には関係のない話だと聞き流していたので、大げさに肩を飛びあがらせる。

「え、私も?」

「そうだよ。みんなっつったろ。なに自分は関係ないみたいな顔してんだよ」真宵が笑う。

「だ、だって……、私きっと、何の役にもたたないよ?」
 男と言ったので、私は無関係だと聞き流していた。

「小夜ちゃんに雑用させるかって。小夜ちゃんは、その場にいることが仕事だから」真宵は、かっかと笑う。

「場所は藍田川で、十一時頃集合な。小夜ちゃん白いし、五月でも日焼け対策はいるかも」

 真宵は、こちらの反応を待たずに説明する。彼女の勢いに気圧され、「うん」と頷いて反応するのが精一杯だった。

「ヨシッ。じゃ、肉たくさん用意しとけって先輩らに言っとくわ」

「先輩だよな?」暁は笑う。

「たった一、二年早く生まれただけだろ」
 真宵は、どこか開き直ったように答えた。

 彼女たちが陽気に話す中、数少ない人たちだけの選択肢に、私も入っていいのだろうかと今更不安になっていた。
 ただ、藍田川でバーベキューをする若者はいままで何度か見たことがあり、内心憧れもあった。膨大な不安の中、小さな期待もあった。

***