2頁目「脇役から主人公」➇



 ゴールデンウィーク最終日、今日はバーベキューの日だ。
 
 五月初旬であるにも関わらず、照りつける太陽は初夏を思わせる。私は肌が弱く、太陽の下にいるとすぐに赤くなることから、日焼け対策は万全に行った。

 集合場所である藍田川へ向かうと、すでに人で溢れていた。知らない顔ばかりで、いくつかのグループがバーベキューコンロのセットをしている。
 普段はいまの位置から眺めるだけだ。だが今日はあの場に私も立つと思うと、妙に緊張した。私には全く馴染みのない場にいることに、なんだかいたたまれなくなったのだ。

「小夜ちゃん!」

 通る声が届く。声につられて見ると、十人ほど集まるグループの中から大きく手を振る真宵の姿があった。普段と変わらないポニーテールだが、健康的な腕と脚を惜しげもなくさらした活発的な服装だ。

 私は、ほっと胸をなでおろすと、河川敷へ降りる。真宵のそばに辿り着くと、彼女は私の肩を叩いて出迎えてくれた。

「友だちの小夜ちゃん。カワイイからって、ナンパ禁止な」

 真宵は、軽口のように牽制する。その言葉に、OBさんたちはわざとらしく肩を落とした。そこに下心は感じられず、大人の余裕を感じられるものだ。

 OBさんたちは皆、大学生のようで、髪を染めたり垢抜けている。なんだか自分が幼く感じた。

 私は、周囲を見回す。そういえば暁と日中の姿が確認できない。

「あいつらは、買い出しに連れ出されてるぞ」

 私の行動から気づいたのか、真宵がかっかと笑いながら説明した。

「うち女が多いから、男連れてこいって言われてたのは、それが理由。日中はともかく、璃空は炭とかの処理も慣れてそうだし」

 そう言われれば、女性が多い。暁は察していたが、なんとも扱いが雑だ。
 そのタイミングで、河川敷に大型の車が止まり、「噂をすれば」と真宵は呟く。

 扉が開くと、男性OBさんたちに続き、暁と日中が顔を見せた。彼らは、袋や段ボール箱などを両脇に携えている。暁はともかく、線の細い日中は、苦しそうに顔を歪めている。

「おつかれさん」
 真宵は彼らを労う。

「こんなに大量の肉、初めて見たわ」

 暁は苦笑しながら言う。皆が知ってるスポーツブランドのパーカーをラフに着こなし、少し伸びた髪はくくられ、ヘアピンをつけていた。

「というか、野菜ないんだけど」

 日中は、疲労からか普段よりもぶっきらぼうに吐き捨てる。黒のシャツを羽織り、タイトなパンツをはいていた。普段ネクタイをきっちりしめた制服姿を見ているだけに、私服姿がとても新鮮だ。

「バーベキューは、肉を食うもんだぜ」
 年下の男はコキ使われるよ、と真宵は満足そうに笑った。

「ちょっと休憩してくる」
 そう言うと、日中は高架下へ行った。

「あいつ結構オシャレじゃねぇか」
 真宵は、日中の服を見て言った。

「オシャレなんてもんじゃないよ。全部ブランドだよ」
 暁は苦笑しながら言った。

「先輩が言ってたけど、服はディーオレ、財布はロネル、時計はトレックスらしいよ」

 メンズブランドには詳しくない私でも知ってるほど有名なハイブランドだ。

「やばすぎんだろ。それなのにあいつ原価とか言ってんのか」

 私たちの元まで戻って来た日中に、真宵は「おまえ、正体を隠してたな」と早速噛みつく。

「何?」

「とぼけんなよ。全身ハイブランド男が」

「あ、そうなんだ」
 日中は、素朴に言った。

「え、知らなかったの?」と暁は驚く。

「だって渡されたもの着てるだけだし、オレブランドとか全然知らない」

「まぁそっか。俺だったら、バーベキューには着てこないよ」

「親も、大概だな。これが現実のおぼっちゃんってやつか」

 真宵の言葉に、日中は不満そうに眉間にしわを寄せる。何か言いたげだが、諦めたように首を振った。

 買い出し組が到着したことにより、部長の掛け声でさっそくバーベキューが始まった。
 
 暁は、おのれの役目を把握しているのか、率先して炭の準備をし始めた。まるで彼もテニス部の後輩であるかのように、自然に打ち解けていることから、改めて彼のコミュ力の高さを感じ取れた。

「わ、私も、何か手伝う……?」

 私は真宵に声をかけた。初めてバーベキューをするので、正直何をすればいいのか全くわからない。

「いーっていーって。小夜ちゃんは、ただ皆を見守ってて」
 ウチらは、そこにいることが仕事ってな、と真宵はかっかと笑う。

「あいつなんかは、勝手に休んでるしな」

 真宵が顎で指した先には、高架下の日陰でペットボトルの水を飲んで休む日中の姿があった。買い出しに疲弊したのか、はたまた照りつける太陽を避けているのか、自分の役目は終えたという意志が伝わった。表情には出ないが、案外わかりやすい人なのかもしれない。

 ジュージュー焼ける音と共に香ばしい香りが届く。すでに肉が焼かれはじめ、皆各々に紙皿を持って口に運ぶ。その中心には、先輩たちと談笑しながらも肉を焼き続ける暁がいた。

「小夜ちゃん。ほら、焼けたよ」

 暁は、紙皿に肉をのせると、私に差し出した。ずっと肉を焼いているからか、額に汗が滲んでいる。私は恐縮ながら受け取る。

 私はマスクを外すと、肉をほおばった。炭の香ばしい香りで焼かれた柔らかいお肉に、思わず笑みがこぼれた。

「お、おいしい~……」
 思わず言葉が溢れていた。
 
「やっぱ外で食う肉は、最高だよな」
 私の声が聞こえていたのか、暁は同調するように頷く。

 学校では見られないみんなの新しい一面。休日に会うことの特権のように感じた。
 今日は雲ひとつない晴天で、肌が少し痛む。焼けた炭の香りが全身に絡みつく。普段は避けることも今では貴重な経験だった。

 それだけ今日という日が、忘れられない宝物になった。

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