3頁目「憧憬から愛慕」➇



 雨天の続く六月中旬。
 明日から待ち望んだ修学旅行の時期となった。
 修学旅行も、あいにくの曇天。だが、雨が降っていないだけマシだと考えることにした。

「ビルが全然ねぇな」
 真宵は、抹茶味のお菓子をボリボリつまみながら呟く。

「京都は、景観条例があるからね」
 日中は、八ツ橋をつまみながら答える。その答えに「警官?」と真宵は首を傾げる。

「デカい看板が作れなかったり高さ制限があったり、派手な色は使えなかったりするんだよ」

 バスの中。暁は、窓の外を指差して言う。「ほら、地元にあるコンビニも地味だろ」

「え、ここコンビニなんかよ。カフェだと思ってた」
 真宵は、窓に張り付いて驚愕する。私もつられるように窓に顔を向けた。

 修学旅行が、始まった。私は旅行というものをあまりしたことがなく、初めての地に旅行、ということに内心興奮していた。旅行一週間前から準備を始めていたほどだ。
 気合が入り過ぎた影響で、荷物が多くなってしまったことが恥ずかしい。ただ旅行自体が中学校の修学旅行以来なので、興奮しないわけがなかった。

 一日目は、昼過ぎに京都駅に辿り着き、昼食をとった後に伏見へ向かった。

 朱色の鳥居にお狐さん。千本鳥居と写真で見たものがそのままだった。

 さすが観光名所、シーズンオフであれ観光客が多い。
 今日はあまり長くはないが、お土産を買うほどの時間は設けられていた。

 本殿から逸れた道に、お土産店の並ぶ通りがあった。私たちは、さっそく吟味し始める。

 暁と真宵は、狐のお面を購入していた。ホームルームの計画の際に、欲しいと言っていたなと思い出す。
 日中は、ぬいぐるみを持っていた。お土産だろうか。

「おまえ、かわいい趣味してんじゃねぇか」
 真宵は、さっそくからかう。

「オレじゃないから。買ってこいって言われたんだよ」
 日中は顔を引き攣らせて答える。

「ふーん、誰に?」

「……誰でもいいじゃん」

「だってそんなん、明らかに女……」
 そこで真宵は思い出したように表情を変える。「待て、おまえ一人っ子だったよな?」

 懐疑的な視線に変わる。私も無意識に視線を向けていた

「……………………まさか、彼女か?」
 
 真宵が恐る恐る問うと、日中は、数秒黙り込んだ後、「そう、だけど」と答えた。

「マジかよ!? 何で言ってくれなかったんだよ!?」

「何で言わなきゃなんないの。君みたいな口軽女に」

「尻軽女みたいに言うな! ウチは超一途だっつの。いつ、いつからだ!?」

 真宵は、驚きを隠さず問う。その顔には、物珍しさを発見したかのような好奇心があった。

「…………小六……」

「小六ー!?」
 真宵は吠えた。その反応に、周囲の人たちは何事だとこちらに視線を向ける。

 彼女の反応で冷静になれたが、正直私も驚いていた。

「茜、うるさい」
 真宵の声に、暁は制す。

「いや、だってこんなんびっくりすんだろ! 璃空は知ってたんか!?」

「うん、バーベキューの時に聞いてた」
 暁は言う。日中に彼女がいると知っていたからあの反応だったのか。

「これはバスで取り調べだな」

 真宵は、眉間にしわを寄せて腕を組む。彼女の瞳には、新しいおもちゃを見つけたかのような輝きが差していた。

 そんな彼女を、日中は冷ややかな目で見ていた。

***

 それからの社内は、日中の話題でもちきりだった。厳密には、真宵が日中に質問攻めしていた。日中は最初は無視していたが、全く堪えない彼女に観念したのか鬱陶しく感じたのか、話題を早く終わらせたいのか、ついに口を開いた。
 そのおかげで、彼の彼女が、三歳年上のお嬢様大学の学生だと知れてしまった。ブランドものの衣服も、彼女からの贈り物だったようだ。

「そんな有望株と、どこで知り合ったんだよ?」
 真宵の質問は止まらない。日中は、彼女を一瞥すると「塾だよ」と言った。

「オレが小六で、向こうが中三。オレが中学生コースにいたから、中学生だと勘違いしたみたい」

「というかなんで中学生コースにいるのさ」暁は苦笑する。

「学校で習うことをもう一度習うなんて、つまらないからさ」
 日中は言った。塾は学校の授業の補足のような場所だと思っていたが、彼は予習の場として通っていたようだ。

「どんな人?」

 真宵は、乗り気で言う。日中は彼女を一瞥すると「君みたいに、しつこい人だよ」と言った。

「彼女にそれは失礼だろ!」
 真宵は、険しい顔で言う。自分がしつこい人間だとは、彼女自身も認めているようだ。

「平気。何回も本人に言ってるから」

「馴れ初めは? どっちからだ?」

「何でそこまで話さなきゃなんないの」
 日中もさすがに嫌悪感を露骨に表すが、真宵は臆せず「そんなん知りたいからに決まってんだろ」と言った。

「ウチはしぶといぜ。吐くまでゆすり続けるからな。ま、黙るなら好き勝手言いふらしてやるまでだ」

 真宵はあっさり吐き捨てる。彼女の場合は、本当にやりかねないので、完全に恐喝だ。

 日中は、観念したように窓の外に顔を向けた。

「向こうからだよ。正直興味がなくて、でもしつこいから、『黄梅女子に通うような人がタイプだから』って言ったんだけど」

 黄梅女子大学は、虹ノ宮市でもお嬢様学校として有名だ。外観からきらびやかで、偏差値も高い。彼自身本心ではなさそうなところからも、それほどレベルの高い人がタイプだからと、遠まわしに断る意図があったのだろう。

「それなら志望校を系列の高校に変える、とか言い出して。家柄は良いけど頭悪いから正直ないと思ってたんだよ。だけど本当に、合格しちゃってさ。合格通知書ウチまで持ってきたんだよ。小学生相手に、本当バカだよね」
 日中は思い出すように言う。心なし口角が上がっていた。

「まぁ、そこまでするなら一度付き合ってみるのもいいかなってなったんだ」

「ついに彼女の魅力に気づいたんだな」真宵はウンウン頷く。

「観念しただけだよ」日中は訂正した。

「でも、それから四年だろ。すごいな」暁は感嘆する。

「まぁ……」

 日中は、目を泳がす。きっと四年もあったのだから、色々あったに違いない。

「写真は?」

「見せないよ。ここまで話したんだから、もう十分でしょ」
 日中は、露骨に嫌悪感を見せる。

「十分じゃねぇよ。まだまだ時間はあるからな」

「君と同じ班にならなければよかった」

 正反対である真宵との関係性が悪いと思わなかったのは、彼女さんの影響が強いかもしれないな、とふと思った。

***