11月*十一川 兼士


赤、黄、茶。
目前に広がる木々は、この時期限定の色を見せている。
内心心躍るも、目下から届く人の声に何度も現実に引き戻される。
それもこれも、「限定」という言葉に弱い彼女を持つからだ。

「どこを見ても、人、人、人」

俺の正面に座る実帆は、額に手を当てながら柵から見下ろす。視線の先には、縦横無尽にうごめく人並みがあった。

「俺、何度も言ったじゃん」

俺はおしぼりを手で弄びながら言う。「この時期の京都は、紅葉じゃなくて人を見るようなもんだって」

「だって私、この時期に京都に来たことなかったもん。『百聞は一見に如かず』と言うでしょ」
実帆は胸を張って得意げに言う。言葉の使い道がずれているとは気づいていないようだ。

「ただでさえ京都は観光客が多いのに、紅葉のピークである十一月末の土日に人が多いのは、普通に考えたらわかる」

「京都なんて、いつでも来れるじゃん」

「少なくとも、実帆みたいに紅葉が見たいって思う人が来てるんじゃないかな」

むっとした顔で睨む実帆の視線を感じるが、目下の人込みに顔を向けて受け流す。

彼女は基本的に本能に流されるままに動くところがある。思い立ったらすぐ行動、思ったことはすぐに口にする、ともはや大脳で処理する前に反射的に言動に移っているかのようでもある。
今回も、二日前に彼女が唐突に「週末、京都に紅葉を観に行こう」と言い出したことから始まった。

「紅葉じゃなくて人を見るって、こういうことだったんだ~」
実帆は間延びした声で目下に視線を向ける。

「この店が予約できなかったら、今頃俺らもあの人ごみにのまれていたよ」

もはや投げやりに言うも、実帆は何やら嬉しそうにニマニマした顔で俺を見る。

「でもさ、兼士ってなんだかんだ私の我儘に付き合ってくれるよね」

「は?」俺は目を丸くして彼女を見る。

「ここ予約してくれたのも兼士じゃん。人にのまれずに紅葉がばっちり見れるカフェなんて探してくれるなんてさ」

実帆はご満悦顔で、放置していたあんみつに手を付け始める。「それに、ここの甘味も最高」

紅葉が見られなかったら機嫌が悪くなるのは誰だ、と内心反論するも、満足気に白玉をほおばる彼女を見ているとどうでもよくなった。

赤とんぼはゆるやかな風に乗る。西に傾いた日でより一層赤く色づいた紅葉が彼女の頬を染める。
あどけなさの抜けない彼女にとても映え、そしてとても愛しく見えた。

何だかんだ言って、こういうのは別に嫌いじゃない。

俺は緩む口元を手で隠しながら、再び木々へと顔を向けた。