春は嫌いじゃない。
地元の並木道が数日限定でピンク色に染まれば、防寒着の手放せる小春日和が訪れる。
卒業式や新学期、と変化の激しい時期ではあるものの、新しい環境に浮き立つ周囲を傍観しているのは、案外退屈しなかった。
僕は海に行けば、一日中浮き輪の上で波に揺られているような人間だ。激しい波も緩やかな波も、抵抗することなく流れのままに身を委ねている。
とは言うものの、途中で転覆することもあれば、いつの間にか沖に出ていることもある。
人の行きかう廊下を歩く。中学生棟と違い、高校生棟内は新入生の入寮や部屋の入れ替えで慌ただしかった。
僕の通う「緑法館」は、中高一貫の全寮制学校だ。中学は相部屋だが、高校になると全員に個室が与えられることになっていた。
今日は入寮日であることから、棟内にはどこか浮ついた空気が流れている。
流されるままに行動していたことで、何故か中学生の僕が高校生棟の廊下を歩いていた。
今、僕は、大量の漫画本の入った段ボールを抱えている。
「せっかく休めると思ったのに……」
中身の詰まった箱が重い。支える手が段ボールで擦れ、じんわりとした痛みを感じる。「登校」という自分の中で「運動」に該当するイベントが発生しないだけに、体力の低下を痛感した。
今年、中学三年生の僕には、部屋の入れ替えはない。だがら暇だろう、と今日からここに入寮する数人に、引っ越しの手伝いをお願いされていたのだ。
彼らがここに来たことで、恐らく昨日までの平穏な日常がなくなるとは、目に見えている。
眩しいな、と窓へ顔を向けると、高く登った太陽が顔を覗かせていた。
数十分前までは雨が振っていた為、軽く驚く。
「天気雨かな……」
木の葉に付着する水滴が日に照らされ、キラキラと輝いている。
天気予報で言っていた「今日一日は雨模様」という言葉とは、対照的な空色だった。
明るい空色と心地良い温かさからも、心なし気分は上がる。
「気まぐれな、天気」
そう呟くと、足早に目的の部屋まで向かった。
『晴れのち稲妻、時々虹。』