春は嫌いじゃない。
ラウンジから見られる桜の木が数日限定でピンク色に染まれば、毛布の手放せる小春日和が訪れる。
卒業式や新学期、と変化の激しい時期ではあるものの、新しい環境に浮き立つ周囲を傍観しているのは、案外退屈しなかった。
とは言うものの、随分長い期間、騒がしい日々を送っていただけに、慌ただしいこの時期ですら静かに感じる。
人の行きかう廊下を歩く。高校生棟内は新入生の入寮や部屋の入れ替えで慌ただしかった。
僕の通う「緑法館」は、高校生になると全員に個室が与えられ、且つ学年が上がるほど部屋が広くなる。
今年で最高学年になることから、一番広い個室が与えられていた。
「少し僕には、広すぎるかな……」
荷物の運び込みの完了した室内を見回す。
家具は、備えつけのデスクにベッド、テレビに押し入れのみ。物欲も趣味もないことから、何のおもしろみもない簡素な部屋に仕上がった。
一年生の頃に比べると倍以上ある広さであるだけ、どうも落ち着かないものだ。
これだけ広い部屋にも関わらず、この一年はほぼ部屋で集まることはないのだろうかと考えると、少し物寂しく感じる。
どこからか地割れのような音が響く。地震かと身構えるも、揺れは起こらない。
何の音だ、とドアを開けて外を窺うと同時に、「はっけ――ん!」と威勢の良い声が響き渡った。
「な、渚ちゃん?」
「奏多。部屋そこになったんだ!」
廊下端から渚がずんずんと足を踏み鳴らしてこちらまで歩く。
その後ろには美子が菓子パンを食べながら手を振り、さらに後ろには留学から帰国した蓮が首を掻きながら続く。
「階段のすぐ横とか便利過ぎるじゃん! って、何か広くない?」
渚はそう言うと、許可も取らずに僕の部屋の中に入る。
「ちょっ、ちょっと!」
「おじゃましま~す」
美子も続いて部屋の中に入る。
僕は、二人の後ろに保護者のようについている蓮に顔を向ける。
紫黒色の清潔感のある髪に、切れ長の目からも、ただ立っているだけでも雰囲気が感じられた。哀が惚れるわけだ。
だが、何故かわからないが、以前より疲労感が感じられる。
茫然と見惚れていたが、突如がばっと蓮に肩を掴まれる。
「奏多、助けてくれ……」蓮は顔を引き攣らせながら問う。
「え?」唐突な問いかけに目が丸くなる。
「俺一人じゃ、あの二人の面倒は見きれん。睡眠時間がどんどん削られるんだ」
まるで子どもの世話をするかのような言い方だ。
だが、困惑の感じられる彼の態度からも、僕は思わず笑みが零れた。
「これはまた、騒がしい日々が続きそうだ」
部屋の中から「うわっ、このベッド、スプリングやばっ!」との声が届く。
僕と蓮は、やれやれと頭を掻きながら、部屋の中に入った。
『晴れのち稲妻、時々虹。』 完