入学式が済み、ホームルームで諸連絡がされただけで今日はお昼前に解散となった。
クラスメイトが他愛無い会話をしてる中、莉世は書類をまとめてカバンに詰め込むと、そそくさと学校を後にした。
自宅までたどり着くとがらりと扉を開く。台所に立つ祖母の姿が見えて無意識に安堵する。
「ただいま」
「おかえり、莉世」
祖母は莉世に気づくと柔和に笑う。手にはお玉を持ち、煮込んだかぼちゃを混ぜていた。食欲のそそる匂いが充満している。実家に帰ってきた安心感から莉世は殻から抜けたように気がゆるむ。
「ちょうど昼食ができたところだよ。もう食べるかい?」
「うん!」
台所で手を洗うと二階へ上がる。築七十年は超えていることで、階段を上がるたびにギシギシ音が鳴った。
部屋にカバンを投げ入れる。ボフンと布団の上に着地したことを確認すると、再び一階に降りた。
祖母は、料理の乗ったトレーを持つ。莉世が「運ぶよ」と声をかけると、祖母は「ありがとね」と頭を下げる。机上に料理を並べると、手を合わせた。
「いただきます!」
さっそく料理に箸を伸ばす。じっくり焼かれたブリの照り焼きは香ばしく、味が濃くつけられていた。白米をかきこむと味が中和されてまろやかになる。魚料理はあまり得意でないものの、ブリの照り焼きは魚特有の臭みも感じないので好きだった。
「学校はどうだった?」祖母は、箸でかぼちゃを崩しながら尋ねる。
「楽しかったよ。お話できる人もできたし」
満面の笑みで答える。莉世の顔を見た祖母は、細い目をさらに細くした。
「それはよかった。少し心配していたからね」
思わず苦笑する。朝食の時に不安が顔に出ていたのだろう。身内には隠せないものだ。
「楽しそうなクラスだった。だから大丈夫!」
安心させるように気丈に伝えると、祖母は満足気に頷き、味噌汁を啜った。
黙々と食事を堪能していたが、そこでふと今日聞いた話を思い出す。
「ねぇ、おばあちゃん。藍河稲荷神社に封印されていた石って何?」
祖母は、幼少期からここに住んでいることで街のことには詳しいはずだ。何気なく尋ねたつもりだったが、祖母は険しい顔になる。
「誰かに聞いたのか?」
「うん。今日、クラスの子が言ってた。そこで封印されている石が割れたとか」
そう言うと、祖母は顎に手を当て、天井を見上げる。
「そうだねぇ……簡単に言えば、その石には悪い狐が封印されていたんだよ」
「悪い、お狐さん」莉世は、素朴に呟く。
「人間に化けて悪事を働いていた妖狐だよ。その石が割れてしまったことで、そこから妖力が漏れ出しているんだ」
「そのせいで今、怪異がいっぱいあるって聞いた」
「あぁ。妖狐の祟りだと囁かれている」
祖母は、白ごはんを口に含みながら説明する。莉世も、ブリの煮つけに再び手を伸ばす。
東たちと同じく、莉世も幽霊といった存在は信じていなかった。正確には、信じたくないという気持ちが強かった。明確に説明できない存在は、夢の中だけで充分だ。
「でも、ただの噂でしょ?」
不安を消すように発言したが「怪異を侮ってはいけないよ」と厳しい声で制され、思わず身体が硬直する。
顔を上げると、祖母は険しい顔をしていた。
「興味本位で近づいたら何が起こるかわからないよ。怪異を信じていないとはいえ、万が一があったら遅いんだから。十分に気をつけるんだ」
「う、うん。気を付けるよ……」
祖母に圧倒される。普段温和なだけに珍しい。それだけに威圧感を感じた。
素直に返事をした莉世に、祖母は安心したように表情を緩める。
「さ、ごはんを食べ終わったらお風呂に入っておいで」
「はーい」
☆☆☆