時刻は、午後四時〇分。
ベルが鳴り響き、ホームルームが終了する。
「おい、おまえら! 行くぞ」
東は、意気揚々と莉世たちの席までやってくる。彼の後ろには、三人の友人もいた。
「そうだね。楽しみじゃん」
西久保も鞄を肩にかけて立ち上がる。そのタイミングで三人の友人もこの場に来る。
心なし声が大きい。二人とも北条を意識しているのか、視線は窓側に向いていた。
莉世も窓側席を窺う。北条はすました顔で鞄に教科書を詰めていた。落ち着いた空気と冷静な表情からも同じ中学一年生には感じられない。
「南の南雲、行くぞ!」
東の急かす声で我に返る。
内心不安になりつつも、「う、うん」と慌てて皆の後に続いた。
☆☆☆
東と西久保、友人たち合わせて九人で神社に向かう。
学校周囲は田園が広がり、緑が視界を埋めていた。遠くに大きな橋が見られ、どうどうと川の流れる音もこの場まで聞こえる。日は西に傾き、穏やかな夕時を醸し出す。
「見てろよ、北条〜」
東は、そう唸りながら道端の小石を蹴る。カランカランと軽い音を立てて草むらへと逃げた。
「北条、意識高い系なんだね」西久保も、髪を弄りながら言う。
「北条くん、顔はかっこ良いけどね」西久保の友人が恍惚とした笑みで言う。
「それは思った。クールだし、なんか大人っぽい」
別の女の子も同調する。
黄色い声の上がる女子達に、男子たちは、おもしろくなさそうな顔をする。
「クールぶってるだけだろ。本当はビビッてるんだ」
「ただの噂にマジになるとか、空気読めなさすぎだし」
「ノリの悪い陰キャなんだ」
男子たちの小言も、女子たちには届いていない。
莉世は、そんな会話を聞き流しながら宙を見ていた。
「莉世ちゃん、大丈夫?」
突然話しかけられて肩を飛び上がらせる。莉世の過剰な反応に、西久保は笑う。
「莉世ちゃん、反応おもしろいよね。きも試しとかやったらおもしろそ〜」
「い、いや、そんな……」莉世は苦笑して誤魔化す。
結局、断ることもできずについてくる羽目になった。流されやすい自分がつくづく嫌になる。
気付けば藍河稲荷神社前に辿り着く。朱塗りの大きな鳥居が出迎える。神社にまともに訪れたのは初めてだった。
大きく風が吹く。神社周囲の木々の葉が擦れ合い、ざぁっと心地良い音を鳴らした。川で冷やされた空気は身体に滑り込み、脳までスッと伝わる。身体がぶるりと震えた。マイナスイオンというものだろうか。
まるで、この神社に来訪を歓迎されているかのように感じられた。
「やっぱ本当、広いよな〜」
東は先陣切って境内に入る。莉世たちも後に続いた。
軽く聞いていたものの、東の言う通り、境内はかなりの広さだった。頭を大きく左右に振ることで全体を把握することができる。観光地であるだけ、平日夕方であるものの参拝に訪れる人が数人確認できた。
本殿奥へ回ると山へと続く階段が現れる。木の階段に鉄のサビた手すりで、雑草が生い茂っている。見るからに人があまり通らない場所だと感じられた。
「こんなところ、あったんだ」友人の一人が呟く。
「あたしも初めて来たよ。でも確か、山頂に行くのはここからが一番早く着くらしいね」西久保は答える。
「ここからだと十分くらいで着くらしいな。とんだ裏ルートだ」東はゲーム世界の攻略のように同意する。
階段を上り、山道を歩く。しばらく進むと二手に別れる道があった。その中央に看板が立てられ、「右は下山、左は山頂」と記載されている。
時刻は、午後四時三十五分。
噂の時間まで、あと九分あった。
「ここの別れ道の左を四時四十四分に入るんだったな」東は確認する。
「うん。そうだったはず……」
西久保は、どこか不安気に答える。それに気付いた東は、振り向いて西久保を窺う。
「まさかおまえ、びびってんのか?」
「ち、違うし! でもなんか、この時間に来るのが初めてだから……」
「確かに暗くなったし、思ったより雰囲気あるかも」
山中であり、周囲は木々で囲まれている。道も軽く整備されているだけで、片側は崖だった。
まだ完全に日は落ちていないものの、天を覆う木々に光が遮られ、一足早く夜が訪れているようだった。
友人たちの足が竦んでいる中、莉世は硬直したようにその場から動けないでいた。
「莉世ちゃん。大丈夫?」
西久保は声をかける。莉世の顔は強張ったままだ。
駄目だ。
これは、危ないやつ。
入ったら、確実に何かが起こる。
直感が警告していた。脳内にけたたましく警笛が鳴っている感覚だ。足が全く動かない。前へ進もうと思っても身体が拒絶する。
草と土の入り混じった青臭い匂い、川に冷やされた風、そして、彼らの声。確実に来たこともない場所なのに、デジャヴを感じた。
「佐之助。やっぱやめねぇ……?」
東の友人は弱々しい声で言う。他の友人たちも同意を示すように首を縦に振る。
そんな皆の反応に、東は頭を掻く。
「ったくおまえら、意気地なしだな~。わかった。そこで待ってろよ」
「え、まさか」
「おう。俺が先行って、確かめて来るわ」
東はじゃ、と手を上げて言うと、軽快な足取りで左側へと進んだ。その背中は全く恐れていない。
取り残された莉世たちは、ぽかんと口を開ける。
「佐之助って、恐いもの知らずだな」
「あいつが怖がっているところ、見たことないかも」
西久保は、顎に手を当てながら言う。
五分もしないうちに「おい、おまえら。すげーもんがあんぞ!」と、東の叫ぶ声が届く。皆は顔を見合わせる。
「あぁ言ってるけど、どうする?」
「ま、猿が無事だし、平気でしょ」
そう言うと、皆は次々に進み始める。
構えていただけ莉世は呆気に取られる。こんな場所で一人で待っている方が恐い。慌てて皆の後を追った。
帰りなさい。
途端、脳内に声が響く。咄嗟に振り返るも、後ろには誰もいない。ヒヤリとした汗が背中を伝う。悪寒が走り、身体がぶるりと震えた。
今のは、何?
しかし、他の皆には聞こえていなかったのか、先に先にと進んでいる。莉世は慌てて駆け寄った。
「ほ、本当に大丈夫かな……?」莉世は、再び尋ねる。
「大丈夫だって。あいつが無事なんだし」
西久保は気丈に答える。先ほどまでの恐怖はない。