秋学期のテストは、年末から年明けにかけて行われる。その為、クリスマスやお正月のビッグイベントがありながらも、大学の冬休みは短かった。
ただ、テストが終わればすぐに春休みが訪れる。
街中は、クリスマスムード一色だった。
初めて恋人と過ごすクリスマスだ。
「クリスマスはどうする?」
和食店で食事中、土屋さんは切り出した。
私は少し考えると、口を開く。
「空が見たいです」
「そういうと思った。山にはいけないけど、展望台なら町も見下ろせるし空も見えるんじゃないかな」
クリスマスだし、人が多いと思うけど、と笑う。私は「全然大丈夫です」と答える。人が多い場所は苦手だが、恋人と過ごすクリスマスに憧れがあった。
講義があるので、天文部でもクリスマスの集まりはあった。 クリスマス会というものをやるらしい。
土屋さん曰く、クリスマスに用事のない者たちが集まり、プレゼント交換を行うのだそうだ。そこに参加しない人はお察し、という。確かに。
「空ちゃんは、天文部のクリスマス会に参加するの?」
土屋さんは、確かめるように私を見る。私は首を横に振る。
「土屋さんと一緒に過ごしたいです」
「そう言ってくれると思った。嬉しいよ」
土屋さんは満足気に笑った。
週末の街中、十二月に入ったことですでにクリスマス一色だ。
商店街にはクリスマスソングが流れ、赤、緑、白の煌びやかな装飾品も雰囲気を盛り立てる。店頭もクリスマスにちなんだ商品やイベントの看板やポスターが沢山掲示されていた。
アクセサリーショップでは、男性客が多かった。クリスマスプレゼントなのだろう。
カップルで入った人は、幸せそうに指輪を見ている。その顔がとても幸せそうだ。
ふと、思い出す。
昨年、土屋さんがペアリングをつけていた。それと同時に、火野さんも思い浮かぶ。
ジリジリと湯が沸く感覚だ。あれだけ愛し合ってもなお嫉妬心が芽生えてしまうのは、もはや仕方ないのかもしれない。
「土屋さんも……こういう場所で指輪、買ったんですか?」
無意識に口から出てた。その言葉を聞いた土屋さんは、静止する。
「私、ほしいです……ペアリング……」
感情を押し殺しての懇願だった。これ以上口を開けば、余計なことまで言ってしまいそうだ。
そんな私を察してくれたのか、土屋さんは数秒した後「そうだね」と言った。
「空ちゃんがつけてくれるなら、俺も安心かも」
「安心?」
「嫉妬するのは、俺も同じだよ」
土屋さんは苦笑する。
「もう俺は引退したし、部内で空ちゃんを監視できないしさ」
「監視って……」
「いいね、ペアリング。薬指に指輪つけてるとそうだと思えるもんね。これでキスマークも執拗につけなくていいかも」
「ちょっ」
慌てて首を隠す。そんな様子を見て、土屋さんは笑う。
「冗談。中、入ろ」
そう言うと、私の手を引いてアクセサリーショップに入った。
ショーケースに入れられた指輪を見る。今まで素通りしていたショップに自分がいることに歯痒くなる。店員さんに説明を受けながら吟味した。
「空ちゃん。これなんてどう?」
土屋さんが指差したものは、シンプルながら星のデザインの刻印がされていた。
「かわいいです!」
「だね。これにしようか」
指のサイズを測った。私は九号で土屋さんは十三号を購入した。
「今はクリスマスキャンペーンでイニシャルを無料で彫らせていただいてますが、どうしますか?」
店員さんはにこやかに尋ねる。
「お、お願いします!」
若干食い気味に応えると、店員さんは笑いながら「畏まりました」と奥へと下がった。
購入を終え、早速指輪をつけた。金属アレルギーが発症し、最近はまともにアクセサリーをつけてなかったが、この指輪はシルバーで痒くもない。
指輪をつけた手を、空にかざす。
「毎日つけてよ。じゃないと意味ないから」
土屋さんは、指輪をつけた手を見ながら言った。私は頷く。
クリスマスツリーの前で、まるで結婚したかのように指輪を見せて写真を撮った。
バカップルだな、と自分でも思う。でも、土屋さんと一緒にいるこの時間がたまらなく幸せだった。
***
その日から、毎日指輪をつけた。
学校ではもちろん、部活動でもつけていった。
薬指に指輪をつけていることに、内心優越感を感じた。
「ペアリング?」
部室内。月夜は、私の指を見ながら真顔で尋ねる。私は頷く。
「ラブラブだね」
金城は茶化す。キスマークの件から、彼にはバカップル認定されているのだろう。私は顔を歪めて視線を逸らした
「じゃ、倉木もクリスマス会は欠席だ」
「ご、ごめん」
「お察しだよな」
寂しいもん同士慰め合おう、と金城は天草の肩を叩く。隣に座る天草は口を曲げて何も言わない。
「月夜も、欠席なんだ?」
「うん。バイトが」
月夜は、淡々と答える。「クリスマスとかは、特に稼げるから」
教壇に立つ火野さんに目をやる。内心勝ち誇った気持ちでいた。
土屋さんの彼女は、今は私だ。
気の小さい自分だな、とは思う。
だが、予想もしなかったことが起こった。
***
「倉木ちゃん。指輪つけてる!」
解説班での活動中、火野さんが声をかけてきた。
私は照れながら、手を隠す。火野さんはウンウン頷きながら腕を組む。
「そうだね~、昴と付き合ってるもんね」
「え」
私は彼女を見る。「知ってるんですか?」
「うんうん。部内の人はもう大体知ってるんじゃないかな」
火野さんはけろっとしてる。その態度に余裕を感じ、少し嫌な気分になる。
だが、その余裕は別から来ていた。
火野さんは、あっと思い出したように手を叩くと、ファイルから何かを取り出した。
二枚のチケットのようなものだった。
「あたしの彼、テーマパークで働いててさ、割り引クーポンたくさんあるからあげる」
火野さんは、はいっと笑顔で差し出す。あっさり彼氏がいると打ち明けられたことで、意表をつかれた。
「いいんですか?」
「いーってことよ! あたしたちだけじゃ使いきれないし。今はクリスマスイベントやってるよ」
火野さんは、指を立ててウインクする。その振る舞いには、嫌味が一切感じられない。
「ありがとうございます!」
私は単純だ。火野さんに彼氏がいると知ったことでこうもあっさり態度が変わってしまう。
嫉妬していた自分が小さく感じ、いたたまれなくなる。
私も、彼女みたいにさっぱりした性格になりたいものだ。
***