Day3「梅雨前線は来週にかけて、徐々に北上する見込みです」③




人狼ゲームとは、プレイヤーが【市民】か【人狼】かに別れて、市民を襲う人狼が誰かを推理していくゲームだ。

市民や人狼以外にも複数役職があり、役職の能力によって自身の立ちまわり方を考えなければいけなかった。

繰り返される討論でプレイヤーの人間性が表れるところが醍醐味であり、最近では頻繁にプレイされるゲームのひとつだった。

生存者が市民か人狼かを見極められる【占い師】という役職もあれば、処刑または襲撃された人物が、市民か人狼かを見極められる【霊媒師】、さらに好きな人物一名を人狼の襲撃から守ることができる【騎士】などといった役職がある。
今回は九人で初心者もいることもあり、【市民】は四人、【人狼】は二人、【騎士】は一人、【占い師】は一人、【霊媒師】は一人、の内訳となった。

このゲームは、限られた時間内で議論して推理していくゲームである為、会話が最も重要になる。
話を聞く方が好きな私にとって中々厳しいゲームであるが、一度やってみたいと思っていたのだ。

瑛一郎のスマホにインストールされたアプリを元に、ゲームを開始した。

***

 

「瑛一郎が怪しいな」
「瑛ちゃんちょっと違和感あるよね~」
「瑛一郎が人狼だ」

皆が口々と言う。

瑛一郎はポカンと口を開けている。あまりにも集中的な糾弾に、開いた口が塞がらないようだ。

「瑛くん頑張ってよ!」
すでに処刑されている渚が叫ぶ。

唯一、【霊媒師】と名乗った美子の占い結果では、彼女は【人狼】だと言い渡されている。
今の一言により、瑛一郎が【人狼】であることがほぼ確定してしまった。

「おいこら渚! 死人に口無しだぞ。俺がクロだってバレたじゃねーか」

「自白したな。さっさと投票入るぞ」
祐介は、小さく溜息を吐きながら場を仕切る。

淡々と投票が行われ、無事、瑛一郎が【人狼】だと確定される。
処刑が行われた後に、市民側の勝利宣言がされた。

「今回は、あっさり終わったね……」
沙那は苦笑する。

「瑛一郎と渚ちゃんは、ペア組んじゃだめだね」
奏多も頭を掻く。

「うるさいわね~。私と瑛くんは、裏表がなく嘘がつけない性格なのよ。それって人間的には良いことじゃない」
渚が頬を膨らませながら言い訳する。

「そうだそうだ。俺らはおまえらと違って、純粋な人間なんだ!」
瑛一郎も渚に加勢する。

「ゲームでは圧倒的に不利だけどな」
祐介がさらりと現実を突きつけた。

会話で勝敗が左右されるこのゲームでは、普段の立ち振る舞いから何となく予測していたが、やはりというべきか、瑛一郎と渚はボロを出しやすいタイプのようだ。
だが逆に、群を抜いて秀でている人たちもいた。

圧倒的な力量の差を見せつけられたのは、四戦目の時だった。

四戦目、二日目の昼の話し合いに入っていた。
私は【霊媒師】だったが、一日目の昼に処刑されてしまった。

一日目の昼は、まだ誰も死亡者が出ていないだけに、【霊媒師】としての役目を果たすことができない。祐介と渚が【占い師】と名乗ったことで、【騎士】は二人のどちらかを守るだろうと考え、私はあえて役職を伏せていた。
だがそのせいで、「何となく怪しい」という理不尽な理由で処刑される羽目になった。

役職を後出ししたところで証明もできなければ、役職持ちで人狼に目をつけられて噛まれる可能性もあった。高確率で守られる【占い師】よりも【霊媒師】の方が人狼側にとったらまだ安全牌だとは思いやすい。
一日目の昼は情報が少ないだけに、消去法でターゲットが決められるのでほぼ運だ。

ちなみにこの時の占い結果は、祐介は美子を占い【市民】、渚は奏多を占い【市民】と報告されている。

一日目の夜には、瑛一郎が襲撃を受けた。
彼は、喋っていても喋っていなくても目をつけられやすい。
私も二戦目で【人狼】になった際、「瑛一郎なら別にいいか」という軽い気持ちで選択したので、少しだけ同情もしてしまう。

そして二日目の昼。ここからが醍醐味とも言える。
死人はアプリで全員の役職を確認することが可能なものの、私はあえて確認しなかった。
観測者故に本領を発揮する場面とも呼べる。誰が人狼か当てたかったのだ。

話し合いが始まったと同時に、直樹が手を上げた。

「はい、【霊媒師】の占い結果。昨日、処刑された哀ちゃんは【市民】だった」
俺らは罪なき市民を殺してしまったんだ、と直樹は頭を振って説明する。

祐介が「他に霊媒師と名乗る人は?」と促すも、誰も手を上げなかった。

この時点で、直樹の【人狼】が確定した。
【霊媒師】は私だ。しかし死人に口無し、発言することはできない。

それに、本物の【霊媒師】がすでに死亡しているだけに、皆の中では、直樹が【霊媒師】とほぼ確定されることとなった。

「はいはい。じゃあ【占い師】の報告をします! 祐介は、なんと【人狼】でした!」
渚は、どーんと胸を張って宣言する。

「わざわざ、祐介くんを占ったの……?」
沙那が、疑惑の目で彼女を見る。

その言葉を聞いた渚は、表情を一変させる。

「だっだって、あたしが【占い師】なのに、【占い師】を名乗ってる祐介は怪しくない?だから確認の為に……」

「もし渚が本当の【占い師】なら、俺が【人狼】だとほぼ確定みたいなものだから、占う必要もないよな」
沙那の発言に、祐介は即座に言葉を付け足す。

「そうだよ〜。お兄ちゃんが【人狼】だって言って、処刑させようとしているんだよ」
美子は、眉間に皺を寄せる。

人狼側が勝利した時に自身も勝利となる【狂人】という役職を入れていないだけに、【人狼】のふりをして得する者はいない。
その為、自分以外に【占い師】と発言するような、【人狼】らしい振る舞いをする人物はクロだと考えていいはずなのに、あえて渚は祐介を占ったと宣言した。

とはいうものの、彼女の性格的に自分が本物の【占い師】であるにも関わらず、もう一人名乗ったことから、焦って咄嗟に占ったのだとは伝わった。

恐らく私の予想では、渚は本物の【占い師】で、祐介は【人狼】。
つまり、今回は祐介と直樹が【人狼】なのだろう。

だが、二人とも話すことが得意なだけに、皆少しも彼らを【人狼】だと疑っていない。
何より渚の奇妙な行動によって、さらに彼らに懐疑の念が抱かれなくなった。

二回目の処刑は、決選投票で奏多に決まった。
会話の糸口となる【占い師】をすぐに殺すようなことはしない。
だが渚が怪しいのは確実なので、彼女が最初に占って【市民】報告のされている奏多が犠牲となったのだ。

そして二日目の夜に、蓮が襲撃を受ける。
残ったのは祐介、直樹、美子、沙那、渚の五人で、三日目昼を向かえる。
私の予報が正しければ、今回で狼を吊らなければ、人狼側の勝利となる。

「はい、占い結果。沙那は【市民】」
祐介が淡々と言う。

「はい!私も報告!直樹は【人狼】だった!」

渚は再び胸を張って答える。
やはり、渚が本物の【占い師】で確定だろう。

だが、【霊媒師】と名乗った者が直樹一人なだけに、中々信憑性がなかった。

「はい。じゃー俺【霊媒師】の占い結果。奏多は【人狼】だった」
直樹はあっさりと宣言する。

渚は最初に奏多を占い、【市民】報告をしている。
全く疑われていない【霊媒師】からの報告との矛盾により、生存者の中で渚と奏多が【人狼】だという流れになったようだ。

人数の少なくなった今、【占い師】もお役目御免といったところだ。
渚が吊られて、まさかの人狼側の勝利となった。

「ほら、あたしが占い師だったでしょ!」
渚は、鼻息を荒くして声を張り上げる。

「渚ちゃんが、紛らわしいことするからだよ」
奏多が苦笑しながら弁解する。

「まさか、お兄ちゃんとなおくんが人狼だったなんて」
美子は目を丸くする。

「意外と人狼、簡単やなぁ〜」
直樹は上機嫌に呟く。美子に驚かれたことが嬉しいのか、感情が隠せていない。

「偶然、霊媒師が吊られてたから上手くいっただけだ」
祐介は、溜息を吐きながら首を捻る。

予想した通りに、やはり【人狼】は祐介と直樹だった。
仲の悪い二人ではあるものの、意外と息は合っていたようだ。それに二人だからこそ、美子が最後まで生き残っているのも納得できる。
ちなみに【占い師】は渚で、【騎士】は蓮だった。

「哀ちゃんが【霊媒師】だったんだね。その可能性すっかり忘れてたな」
沙那は、ふにゃっと笑う。

「私のカリスマ性がないだけです……」
私は恥ずかしくなって頭を掻いた。

その後も数戦行った後、お開きとなった。

「蓮、あまり喋らねーからよく吊られるんだぞ」
瑛一郎は連の肩を叩きながら揶揄う。

「役職が【騎士】の時は、あまり喋られないもんだろ。それにおまえよりはマシだ」
蓮は低い声で反論する。

確かに【騎士】は、自分を守ることができないので、役職も明かせなければ、積極的に会話にも参加できなかった。その辺りは初心者には難しい。
蓮は六回中、四回も【騎士】が回ってきたみたいだ。

とはいうものの、初参加だっただけに気分が高揚していた。
難しいが、確かに人間性が溢れて楽しいものだ。

「またやろうぜ。じゃあそろそろお開きとしますか!」
瑛一郎は、パンッと手を叩いて一本締めをする。

太陽が暈に隠れているものの、時計は午後一時を指していた。
瑛一郎の拍手によって、皆ラウンジを後にする。

美子と渚が食堂に向かったことで、祐介が私の元に来た。

「修学旅行の話だけどさ、うちの班、一時から一時半までの三十分は好きに行動しようぜって決まったんだ。哀の方はどんな感じ?」

「あっ私たちも、ちょうどその時間で自由にしようって言ってたところ」
まさかのタイミングがドンピシャだっただけに、思わず笑みが零れる。

「十二時からはお昼だし、一時半以降は卒アルの撮影らしいもんな~」
祐介も笑いながら言う。

「だったら一時に集合すっか。また当日なったら詳しいこと話そうぜ」

「うん」
じゃ、と別れた後に、下野さんのことを思い出した。

「ま、当日でいいか……」

そう思いながら歩いていると、廊下奥で窓の外を見ている蓮が目に入る。

何か考えごとでもしているのか、心ここにあらずのようなぼんやりした顔をしている。いや、蓮の場合は眠たいだけだと考え、私は「蓮」と声をかける。

すると彼は、肩を僅かに飛び上がらせて驚いた。正気を取り戻したかのような反応だ。