「半分正解です。天使の輪を持つ人間には、幸福が訪れやすくなるのです。ですが私たちは、あくまで幸福へ導くだけです。『運が良くなる』と表現する方が理解しやすいでしょうか。幸運を生かせるか、どの程度が幸福と感じるかは対象次第ですから」
――――キミに、一言の勇気をあげる。
惟月と出会った時のことを思い出していた。あの言葉で私は、自分に不思議な力が宿ったと思っていた。お守りがあるから、と勇気が持てるようになった。
「ふふっ惟月も、粋な言い方をするものですね」
ルークは、軽く笑う。先ほどからの違和感が、確信に変わった。正直、そうだと思いたくない内容だ。
だがルークは把握したようで、口角をあげる。
「……そう、私たちは、人間の心の声を聴くことができます。人間は皆違う思考を持ちますから、使命を果たす為には必要な力です」
私が予想していたことを口にする前にルークが答えたことで、悲しくも当たってしまった。本当に筒抜けだったようだ。
惟月と一緒にいる時に、失礼なことは考えていなかっただろうか。
「人間の心は、汚いです」
ルークは、断言した。あまりにも隠さずはっきり言うので、私は開いた口が塞がらない。
「私たちは、虚言を口にできませんから。その為、貴女のことがキレイと言った惟月の言葉は 信じてよろしいかと」と口元に指をあてる。
呆然とする私に、ルークは軽く笑うと、居住まいを正す。
「本題が遅くなりました。私は惟月のことで、貴女に会いに来ました。先ほど軽く言いましたが、惟月は厳密には研修生です。そして私は彼のいわば監督です。惟月は今日で研修を終えます。研修内容は当然、対象を幸福に導くこと」
そこまで説明すると、ルークは私を見る。
「貴女は今、幸せでしょうか?」
「……幸せだよ?」
数秒の沈黙の後、そう答えた。しかしルークは視線を変えない。私の本心を見透かしているような眼差しだ。いや、彼には筒抜けだったんだ。
「わ、私は、惟月くんに嫌われているのだと……」
「彼は、そう言ったでしょうか。少なくとも、彼は自らの意思で、貴女を幸福対象に選んだのです。嫌いになるような人間を対象に選ぶとは考えられませんが」
「だ、だって……惟月くんは、お礼を受け取ってくれなかった……」
「当然でしょう。私たちは、幸福へ導くことが使命の存在です。使命というのは志ではありません。使命を全うしなければ、私たちは消えてしまうのです。それに辺り……幸福を返される行為は、むしろ避けるべき行為です。理由は ただひとつ。私たちが穢れる可能性があるからです」
穢れる。
その言葉に、私は何も反応できなかった。
「例えば……そうですね。貴女に触れていいでしょうか?」
「えっ」
素っ頓狂な声が出た。あまりにも隠さず告げられたので、私も受け入れるのに時間がかかった。
確かにこの言葉は、少しびっくりするかもしれない。
恐る恐る手を掲げると、ルークさんは自身の手を私の手に近づけた。
ルークの手が、私の手をすりぬけていた。
「ご覧の通り、私たち天使は人間に触れられない。研修生である惟月も同じです。他にも、対象と接触可能なのは七日に一日だけ、などの規則があります。それらは全て、人間との距離感保つ為です」
ルークは、手をおろす。私は確かめるようにおそるおそるルークに手を近づけるが、その身体に触れることはできなかった。デジタル映像のようにすり抜けている。そこに見えているのに、光のように触れられない。
「天使という存在は、人間の幸福を純粋に願わなければなりません。その上で 直接的にも間接的にも人間に接触することは、私たちにとったら穢れる行為となります。会いたい、触れたい、近くにいたい、ずるい、独り占めしたい、誰にも渡したくない、自分のものにしたい。人間と接触するほど欲深くなり……最終的に邪心へと変わる。そこまで堕ちると、堕天するからです」
私が彼に触れようとしたときや、お土産を渡せなかったのは、これが理由だろうか。
「ここまでお話すれば……彼の意図も、伝わらないでしょうか?」
「わ、わからないよ……」
「ふふっ、惟月は、まだ未熟ですから。あとは彼の口から直接お聞きください」
ルークはそう言うと、咳払いして改まる。
「先ほどもお伝えしましたが、惟月は今日で研修を終えます。貴女はこのまま……『想い』を伝えなくても、よろしいのでしょうか?」
私は、ルークの言葉と、惟月の言葉を反芻する。
惟月は私の幸福を望んでくれた。私が一人だったから、正体を隠して友だちになってくれた。自分が穢れる危険を冒しても、私が一人にならない為に、そばにいてくれた。そのおかげで、私が今まで夢見た日常が訪れたんだ。惟月が いなければ、私はずっと勇気が持てないままだった。
私が会いにいけば迷惑に違いない。彼はお礼を望んでいない。
でも私は、彼のことが知りたい。私を幸福にしてくれた彼に感謝を伝えたい。我儘だとはわかってる。迷惑だとはわかってる。私もまた、勝手に落ち込むかもしれない。傷つくかもしれない。それでも私は……、彼にお礼が言いたかった。
惟月と会って、話がしたい。
それが今、私が一番望む幸福だと感じた。
駆けだそうとするが、ひとつ引っかかることが浮上した。
私はルークに振り向く。
「何で 私に教えてくれたの? 私に真実を話せば、どんな行動をとるか予想できるでしょう? 惟月くんは穢れない為に私との距離を取ったはず。私が惟月くんに会いに行くことは、仲間であるあなたにとっても迷惑な行為じゃないの?」
そう尋ねると、ルークはふふっと微笑んだ。
「……そうですね。もしかすれば迷惑な行為となるかもしれません。私がこうして貴女に接触しているのは、惟月を天使として迎える為ですから」
そう言うと、ルークは自身の胸に手を当てる。
「ですが……、貴女の幸福を願った後輩の『想い』を受け継ぐことは、先輩として当然ではないでしょうか。私は例え彼が穢れる可能性がゼロではなくとも幸福へ導くことを優先したまでです。私は真実をお伝えすることで、貴女を幸福へ導けると考えました」
「素敵ですね」
「天使は、幸福を願う存在ですから」ルークは柔和に笑う。
「私は上位天使です。貴女がこの先、どのような選択をしても幸福になれると保証しましょう。ですが私たちは、あくまで幸福へ導くだけです。どのような幸福を掴むかは貴女次第です」
「ありがとうございます」
私はルークに頭を下げると、小走りで教室まで向かった。
***