6【秋月 梨斗】④




開花予定日が明日と迫る。
以前と変わらずに使用禁止されている赤森中学校の屋上内。
そんな場所で、リンたちはともかく、一人の人間の姿があった。

「おまえら、死神か?」

屋上の柵前で黄昏れている少年、秋月は、リンたちに気づくと単刀直入に尋ねる。
唐突な質問に、リンは一瞬、言葉に詰まる。
その咄嗟の反応で、秋月は「やっぱりな」と息を吐く。

「昨日、おまえらと似たような空気のやつに出会った。そいつらが黒橋の連中に触れた途端、ピクリとも動かなくなったからな。信じられねぇが、そうでないと、おまえらの存在が理解できねぇ」

そう言って秋月はゼンゼを一瞥する。ゼンゼは彼の視線に気づかぬふりをして空を見る。

昨日、秋月の室内で見つけたプリント。
そこには、昨日秋月が訪れていた小屋の情報が記載されていた。
彼の妹が亡くなった場所が山奥の倉庫であったことからも、その場所で復讐が行われていたのだとは想像がつく。死神がいたことが根拠になる。

「この世界では、死神という存在は、幻想として扱われているものでしょう?それなのに、あっさりと受け入れるものなのね」

リンは、秋月の言葉を逆手に取って返答する。

「それほど、死ぬことを受け入れているようにも見えるわ」

秋月はしばらく黙り込むと、「そうだな」と口を開く。

「全部終わったら、俺ごと終わらせるつもりだった。本当は昨日の予定だったんだけどな。まさかガキが来ているなんて、思わなかっただろ。タイミングが悪いってもんだ」

根は真面目であった秋月が、非行に走っていた理由。
ゼンゼやベロウが言っていたように、自棄になっていたとしたら納得できる。
死人には責任が共わないものだ。

黒橋の人間の花が咲いたのは昨日ではあるものの、恐らく復讐自体が行われたのは、彼が帰宅しなかった調査開始日である二日前の夜。
彼の今の発言からも、昨日、彼が手ぶらで学校に訪れていた理由も説明できる。

「林檎さんに免じて小学生の前では死ねない。あなたの優しさが窺えるわ」

リンの言葉に秋月は僅かに顔を歪める。

「優しい、か……。人を殺した人間にかける言葉じゃねーよ」

「あなたは、復讐をしただけ」

「でも結果的に、人を殺すことになった」

そこで秋月は表情を変えて、「あぁ、あいつらみたいな言いわけをすりゃ、『殺すつもりはなかったんだ』。あいつらが、勝手に死んだだけだ」と、やけくそに付け加える。

「無責任だよな、本当。『殺すつもりはなかった』だなんて。ふざけてんのかって思ったよな。林檎が勝手に死んだって言って責任転嫁しようと思ってるんだ。あいつらの気まぐれで、林檎は死ぬことになってしまったっていうのに。そしたら最終的には何て言ったと思う?」

秋月はリンたちに振り向くと、両手を掲げて頭を振る。

「『俺らじゃない』って言ったんだ。どこまで徹底してんだよってなるよな。気付いたら目の前には青髪の死神がいたし、俺の手は、動かなくなった黒橋の連中の服を掴んでいた」
秋月は、包帯で巻かれた手をぎゅっと握る。

「でも、あいつらが林檎に目をつけたのも、元はと言えば、全部俺のせいだ。あいつらの根性にも免じて、火だけはつけないでやったんだ。すでに行方不明の情報は流れてるし、小屋の地図も部屋に置いている。死体もそのままだからすぐに見つかる。でも、その頃には、俺はもうこの世にいないのは決定している」

そう言って、リンたちを見る。
リンは、小さく息を吐くと、言葉を続ける。

「あなたの言う通り、私たちはあなたを迎えに来た存在。あなたに直接手出しはしなければ、自害を止めることもない。ただそばで見守っている。だけど、あなたにより良い未来の為に、ひとつ提案できることがある」

「より良い未来?」

胡散臭い言葉に、秋月は怪訝な顔になる。
リンは彼に向き直る。

「あなたの未練は、『自分のせいで妹が亡くなったこと』。その未練を除去すれば、あなたは苦しむことなく、人生を終えることができる」

「未練を除去する……?」

リンの言葉を聞いた瞬間、秋月はより一層険しい顔になる。

「えぇ。言葉通り除去するの。目的の達成できなかった未練なら、達成できるようにすればいいし、逆にやってしまった後悔なら、やらなかったことにすればいい。つまり、あなたのせいで、妹が死ななかったことにすれば……」

「ふざけてんのか」

突如、低くて沈んだ声が響いて、リンは息を呑む。
顔を上げると、秋月は見たこともないほどに顔を強張らせてリンを睨んでいた。

「俺の未練が消せるだぁ……? 舐めてんのか?」

「え?」
予想外の反応に、さすがにリンもたじろぐ。

「記憶が消えてしまったら、あいつが一人で苦しんだ痛みも辛さも全部忘れてしまうじゃねーか。俺のせいであいつは死ぬことになったのに、元凶である俺だけが能天気になっていいわけねぇだろ」

「いや、そうじゃなくて」

「何よりも、俺の後悔が消えたところで、あいつは帰ってこない!!」

秋月は、近くにある柵を力いっぱい殴る。
そのせいで、柵に腰かけていたゼンゼは「うおっ」と声を上げてぐらつく。

「未練を消したら楽か?そらそうだろうよ。俺も何度も何度も忘れようとしたさ。でも結局、間接的にも人を殺すことになった罪から逃れられるわけがねぇ。何より俺は、もうすでに取返しのつかねぇことまでやっちまったんだ」

秋月は、焦点の定まらない顔で滔々と語る。
リンは警戒の目で彼を注視する。

「もし俺の記憶を少しでも弄ってみろ」

そう言うと、秋月はリンに近寄ってガンを飛ばす。

「死神だが何だが知らねーが、俺はこの先一生、地獄の果てまでおまえに憑いてやるからな」

神に管理されている分際の人間。
所詮、手の上の人間。

そんな人間相手であるにも関わらず、リンは彼の気迫に飲まれて、蛇に睨まれた蛙の如く、身動きが取れなくなっていた。

反応のないリンを見た秋月は、少し冷静を取り戻して体勢を戻す。

「ダメなんだよ……。人を殺すなんて、取返しのつかねぇことをやっちまったんだ。この罪を忘れずにあの世まで背負うことが、俺の贖罪なんだよ」

そう言うと、秋月は勢いよく柵を飛び越えて校舎から飛び降りる。
さすがにリンも泡を食って飛び出した。

だが、重力の速度に適うわけがなく、リンが柵まで辿り着いた時には、すでに秋月は地面で息絶えていた。

彼の胸から伸びる茎には、今にも花開く蕾をつけていた。

「最悪……最悪だわ……」
リンは柵を握る手に力が入る。

「全く手入れできていなかったのに……。それも、元Sランクの種……最悪だわ……!」

稀に、開花予定日より早くに咲くこともあるものだ。とはいえ、ほとんど予定通りに咲くことから、まだ時間はあると油断していた。
取り乱すリンのそばに、黒い影が寄る。

「やっぱ人間って、おもしろいもんだな」

ゼンゼは頬杖をついて、暢気に話す。
リンは、キッと彼を睨む。

「あなたの身体能力なら、春川の時みたいに庇うことはできたはず」

「そうかもなぁ」

「彼はSランクだったのよ。それなのに、ただでさえ手入れされていない状態で……。何より自殺は一番ランクが落ちる。確実に最低ランクのEで、遺恨も発生するかもしれない……!」

「でもな、ほら、見て見ろよ」

「嫌だ」
リンはそっぽを向く。「汚い花は、見たくない」

「ガキかよ」ゼンゼは苦笑する。

「確かに数値だけ見りゃ、最低ランクかもしれねぇ。でも、俺には汚い花には見えねぇんだよ」

「え?」

ゼンゼの言葉にリンは目を丸くする。

「まずは、使命を果たしてからだな」

ゼンゼはそう言うと、リンを抱えて屋上から飛び降りる。
地面に突っ伏す秋月の花を見て、リンは目を丸くする。

「ど、どうして……」
リンは、力なく秋月の元に寄る。

「どうして、こんな花でも、きれいだって思うの……?」

秋月の胸からは、見たこともないほどに質の悪い花が咲いていた。
雑草は生い茂り、茎も真っ直ぐに伸びていない。花弁もところどころ穴が空き、色もくすんでいる。確実に開花の環境は最悪だった、と目で判断できる悲惨な状態だ。

だけど、どうしてなのか、リンには汚いとは思えなかった。

「これが、人間なんだよ」
ゼンゼは観念したように言葉を吐く。

「俺たち神は、どんな個体であれ、ひとつの使命の為に行動する。どんな理由が存在しようが、行きつく先は、与えられた使命なんだ」

――――手入れするキマリもなければ、荒らしたらダメだというキマリもねぇ。どんな方法であれ、俺らは使命を果たす為に行動を起こす

「だが人間は別だ。目的に向かっている中で、相手に同情したらあっさり道を曲げちまう。感情を軸に物事を選択する。頭ではだめだってわかっていても、ま、いっかで済ましたりと、気分で決めるところがあるんだ」

――――てめぇが殺ったくせに、自分が死ぬってなったら、『情』で媚びて簡単に信念を曲げちまう、ずるい生き物なんだ。

「あの青髪の死神も……似たようなことを言っていたわ」

「あぁ、俺らと一番近い存在である人間との決定的な違いが、そこだからな」

外で倒れている秋月に気づいた生徒や先生は、慌ててこちらまでかけていく。
そんな彼らに気づいたゼンゼは、地を蹴って、即座に秋月の花を刈る。

刈り取った花を手に持つと、ゼンゼは小瓶に花を入れてコルクを占める。
ラベルには「種名:秋月梨斗 ランク:E」との文字が浮かんだ。

ゼンゼは、小瓶に入った花をジッと見る。

「質は最悪でも、こいつにとったら、この咲き方が本望だったんだろうよ」

「その人間の望む咲き方だったから、きれいに見えたの?」

「数値がないだけわからんが、そうなんじゃねぇの。何より、遺恨が発生してねぇ」

秋月の元には、何人もの人が集まり、焦燥気味に応急処置を行う。
花が刈り取られていることで息を吹き返すことはないものの、リンも彼らを応援したくなった。

「人間って、わからないわ……」

「俺らには一生、理解できねーだろうよ」

ゼンゼは同情の混じる声で反応した。

 

***

 

今まで高層ビルの屋上を拠点としていたが、リンの提案で、急遽、駅構内に場所を移すことになった。

駅周辺にはファミレスやコンビニ、電気屋や書店など、生活に必要な店は兼ね備わっている。駅から徒歩〇分圏内にある住居は、利便性が高いものだ。
ちなみにこれは、人間側からの観点であり、死神にとってはほぼ関係ないに等しい。

「どんな心境の変化だ」

ゼンゼは、目下で縦横無尽に横切る人波を見ながら言う。
拠点にした場所は、駅の顔でもある『虹ノ宮駅』と看板の掲げられている位置であることから、人の姿は常に目に入る。

「初めは手入れされてない人間を見るのが嫌だっつって屋上にしたくせに、今回は逆に人しか見えねぇ場所だ。気が変わるとしても甚だしいぜ」

「地に近い高さの方が、対象を観察しやすいわ」
リンは澄ました顔で答える。

「とか言って、屋上という場所がトラウマにでもなったんだろ」

ゼンゼは軽い調子で言うが、反応がない。
彼女を窺うと、頬を膨らませてふてくされていた。

「図星かよ」

ゼンゼは苦笑しながら、リンの膨らんだ頬をへこます。ぷすっと情けない空気の抜ける音がするも、リンは表情を変えない。

「Sランク恐怖症になりそうだわ」

「なんだそりゃ」

「ランクは恐らく種の質じゃなくて、人間の難易度のことを指しているのよ」

「上質の種には、それ相応の難関があるって意味だろ」

至極当然の解答を聞いて、リンはムッと口籠る。

「ま、でも、おまえも今回ので、質ばかりに固執するもんでもないってわかったんじゃねぇのか」

勉強になったな、とゼンゼはリンをあやす。子ども扱いする彼をリンは厳しい目で睨む。

「でも、だからといって、手入れは怠らないわ」

リンは目下でうごめく人の波を見ながら呟く。

「負の感情は基本的に害になる。私たちは唯一、それらを取り除いて質を上げることができるんだから」

リンは優しく微笑む。その顔は、今までの無機質な彼女からは想像できないほどに柔らかく、人間のようであった。

そんな彼女の顔を見て、ゼンゼは内心、胸騒ぎがした。

シーズン3【秋月 梨斗】完了