乗船し、男女わかれた就寝室に荷物を置く。
「うち、女子少ないから広くてラッキーだよね」
同じ天文部一年の女の子が言った。
「だね。私たちはベッドだけど、男子は雑魚寝だもんね」
別の子も行った。
就寝部屋は、二段ベッドが二つあった。四人部屋だ。船の中でも旅館と変わらない造りだ。
合宿に参加する一年女子も四人だったので、この部屋だけは先輩への気遣いもいらない空間となった。
デッキに出ると、磯の香りがブワッと舞った。全身が潮風でベタベタする。お風呂に入る前で良かったものだ。
すでに日は暮れ、遠くの橋が眩しく光っている。
「あれ、タワーじゃね?」
天草の声が聞こえる。暗くてよく見えないが、船の先頭の方で海を見ているようだ。
出航を見届けると、風呂へ向かった。
湯船の湯が、斜めになっている。船が傾いていることがわかるのだ。
フェリーは、想像以上に揺れた。また九州に着くのは早朝と時間がかかるが、想像以上に速度を感じる。天草から酔い止めを貰っていてよかったものだ。
風呂と夕食を済ませた頃、天草から連絡が来る。人狼ゲームの誘いだった。
私たち一年女子は、待ち合わせ場であるテラスに向かった。
「おっす。来てくれたな」
私たちに気づいた天草は、軽く手を上げる。隣に座る金城は、ソファの背もたれに身を預けながらスマホをいじっている。完全に自宅だ。他に二人、一年生男子がいた。
風呂上りなのだろう、皆ジャージやスウェットといったラフな格好で、髪は若干濡れている。肩にはタオルをかけていた。
「人狼は、人数多い方が面白れぇだろ。おまえら、やったことある?」
天草は問う。
「私は、何度か」
私は答える。他の二人も同意するように頷いた。
「私は無い」月夜は答える。
「よっし、銀河も初心者だし、とりま役職は占い師と騎士だけでやってみるか」
そう言うと、天草はスマホでアプリを起動する。金城は、「仲間だね」と月夜に声をかけていた。
人狼ゲームは、市民と人狼に分かれて、誰が市民を襲った人狼か導き出すゲームだ。それぞれ役職があり、それらをどう活用するかで、人間性が現れるところが醍醐味だった。
「天草くんを占ったら、人狼だったわ」
月夜が、淡々と答えた。
その言葉に皆、頷くが、一人、対抗心むき出しに立ち上がる。
「占い師は俺だ。人狼は、おまえだ、地咲!」
自称占い師の天草が叫ぶが、その足掻きは虚しいものだった。
だが、この回の人狼は、月夜だった。
「地咲、強くない? どれが嘘かわかんないよ」
金城は観念したように肩を竦める。月夜は、理解していないように小首を傾げた。
人狼ゲームで、人狼側の勝利で終わるのは中々難しいものだ。だが、月夜は初心者ながら一回目で勝利を得た。
彼女の表情の変わらないところが、こんな場面で生かされるとは思いもしなかった。
何度か遊んだ後、再びデッキに出た。
海の上から見る空は初めてで、街灯に邪魔されず視界いっぱいに空が広がった。
だが、あいにくの曇りだった。
明日に期待して、日付が回った頃に就寝した。
***
一日目は天文台を回ったり、天文部らしいことをした。
管理人から望遠鏡の説明を聞き、施設内にある資料を観覧して過ごした。
その日の夜は、旅館の広場で観望会をした。
山付近で、周囲は自然が多い。まさに天体観測に向いた場所だった。
「あれ、もしかしてサソリ座!?」
私が指差すと、天草たちも同じ場所を見上げる。
「お、マジじゃん。さすがここだと見えるんだな」
天草は、額に手をかざして言う。
「でかいね」
月夜は淡々と呟く。
「アンタレスも、すごい赤いや」
金城は、頷きながら答える。
南に位置した場所の為、虹ノ宮では見られない地平線近くの星まで見える。
サソリ座を生で見るのが初めてだった。
心臓部に光る一等星の赤いアンタレスを中心に、大きくS字にうねる。堂々と存在し、とても明るい。さすがオリオンを倒した力強いサソリだ。
初めて見た星に、内心興奮した。
「この場所だったら、カノープスも見られそうだよね」
金城が呟く。
「見れたら長生きするっていわれてる星だったよな」
天草が顎に手を当てる。
「だね。冬の星座の、りゅうこつ座」
私が答える。
「金城くん、長生きしたいの?」
月夜が尋ねる。
「そりゃ、人並みにはな」
金城が両手を広げて肩を竦めた。
「だったらさ、冬にまた来ようぜ」
カノープス探しだ、と天草が言うと、私たちはそうだね、と同意した。
頬が緩むのがわかる。周囲に悟られないように下を向いた。
幸せだった。大好きな空の下で、仲間たちと空について話せることが。
この幸せが続いてほしい、本気でそう思った。
***