明日からゴールデンウィーク。そして五月三日は、私の誕生日でもある。
連休と重なり、どこも混雑が予想されることから、特別外出しなくて良いと事前に伝えたので、先週にテーマパークに行った。
その為、誕生日当日は特に何か希望していなかった。曜日的にも恐らく土屋さんは研究室がある。
だが、土屋さんは、改めて大人な人だと感じられた連休になった。
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『明日、予定空いてるよね?』
二日の夜、ベッドで漫画を読んでいると、土屋さんから連絡が来る。
何かを期待していたわけじゃないが、講義も休みで、何となくバイトのシフトも開けていたので、もちろんヒマだった。
土屋さんの断定系の質問からも、こちらの意図はお見通しと言わんばかりだ。
『空いてるよ』
そう返答すると、すぐに既読がつく。
『俺、午前中だけ研究室行かないとだめで、だから午後から会わない?』
『でも、どこも混んでると思うよ』
『大丈夫。全部予約してあるから』
はたと手が止まる。
当日何もする必要はないと言っていたのに、土屋さんは事前に考えてくれていたということだろうか。
そう考えるだけで、無意識に頬が緩む。
『ありがとう。たのしみにしてます』
やり取りを終え、ふとんに寝転ぶ。
空を見上げながら、ふうと溜息をついた。
土屋さんは、私をまっすぐに愛してくれていることには変わりない。
色々考えてしまうが、ストレートに伝えられる好意は、やっぱり嬉しいものだった。
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次の日の午後、待ち合わせ場所へ向かった。
見慣れた大型バンをみつけると、軽く手を上げた。そのタイミングで運転席の窓が開き、土屋さんが顔をのぞかせる。私は助手席に乗った。
「今日は全部、俺にまかせて。空ちゃんはついてきてくれたらいいよ」
土屋さんは、どこか得意気に笑う。一緒にいるようになってから、少年のような顔を時たま見る気がして微笑ましかった。
土屋さんは、エンジンをかけると、車を発進させた。
昼のドライブは新鮮で、五月の爽やかな空気を浴びて堪能する。連休であるだけやはり車は多いが、幸い渋滞に巻き込まれることなく、一時間近く走った後、山奥の施設に辿り着く。
「ここは?」
車から下りて、周囲を見回す。
森林に囲まれ、建物は施設以外見当たらない。だが駐車場が広く、半分以上が埋まっていた。
「尾泉市科学館。この街で一番大きなプラネタリウムがあるんだ」
「プラネタリウム……!」
一瞬で笑顔が溢れると、土屋さんは満足そうに目を細める。
「今日は、ゴールデンウィークのスペシャルプログラムがあるらしい。夕方からは、大人向けの内容みたいだから、マニアには楽しめると思うよ」
天体がメインの科学館のようで、展示物も三分の一は天体に関する内容だった。
パネルや写真展示はもちろん、模型を利用したオブジェなども豊富だ。普段は読まないパネル説明も全て読むほどマニア向けな施設だ。天体オタクには、幸せ過ぎる空間だった。
連休ということで人は多い。だが、プラネタリウムチケットは事前に予約してくれていたみたいで、難なく入ることができた。
時間になるとプラネタリウムを鑑賞した。
春から夏の星座を中心に、一般的にはあまり取り上げられない小さな星座の神話まで説明があった。完全にファミリー向けでないマニア向けだった。
上映が終了する頃には、日が西に傾いていた。あっと言う間に数時間堪能していたようだ。
「お腹の具合、どう?」
休憩所で一服を終えた土屋さんが尋ねる。ふわっと舞う灰の香りも、今では彼を感じる要素のひとつとなっていた。
「ちょっと減ってます」
「よかった。じゃ、この後はごはん行こっか」
土屋さんは目を細める。「きっと、空ちゃん気に入ると思うよ」
車を走らせて一時間、街中に戻ってきたところで店に着く。
看板には「宇宙コンセプトカフェ」と書かれていた。
「宇宙……!?」
「あ、バレちゃった。ここはメニューが宇宙仕様なんだ」
車庫入れしている土屋さんは、目を輝かせる私に気付くと、笑いながら説明する。「惑星だったり恒星だったり。味はわからないけど、少なくとも写真映えはすると思う」
店内は薄暗く、壁は恒星をイメージした蓄光の装飾が、天井には惑星をイメージしたオブジェが展示されていた。
大好きな物が囲まれた空間に、気分が最高潮になった。
「予約の土屋です」
浮かれている私をよそに、土屋さんは受付をすます。
案内された席は、店内奥にある個室で、ソファが青く、惑星のクッションが置かれている。壁には銀河をイメージした煌びやかな装飾も施されていた。本棚には、天体に関する本も並んでいる。
「すごい、すごい!」
私は子どものようにはしゃぐ。そんな私を、土屋さんはまるで子どもを見る目で見守る。
「今日はコースだからね。順番に出てくるから楽しみに待ってね」
「はい!」
前菜から次々に食事が運ばれてくる。青や銀など、普段料理では見ないカラーが多数使われ、どれも宇宙をイメージされた映える料理だった。写真を撮る手が止まらない。
店内のBGMが変わった、と思った時には、パチパチと花火の乗ったケーキが運ばれてきた。
「ハッピーバースデー!」
店員さんたちが、皆、拍手をしながら言った。それと同時にパンッとクラッカーの弾ける音も鳴る。
一通り盛り上げた後、店員たちはササッと業務に戻る。
突然のことで、私は呆気にとられていた。
「な、何で……?」
「何で、って、今日誕生日じゃん」土屋さんが笑う。
「えと、そうじゃなくて……」
「お誕生日プランってのがあってさ。せっかくだからね」
そう言うと、土屋さんは私の隣に座る。
「誕生日、おめでとう。大好きだよ、空ちゃん」
そう言うと土屋さんは、私を抱き寄せて額にキスをする。ケーキのクリームの残り香が絡み、普段より甘く感じた。
敵わないな、と改めて思った。
土屋さんの行動全てが、私を想っての行動なんだ。
愛されることが心地良くて、抜け出せない。これ以上、自分を愛してくれる人がいるとは思えない。
「私も、好きだよ、昴」
私は、煽るように名前を呼んだ。
土屋さんは、スイッチが入ったように私の頭を抱えて舌を絡めるが、すぐに顔を離したので拍子抜けする。
「個室とはいえ、店内ではだめだね。続きは後でね」
***