夏休み➁



 夏休みの合宿日が来る。

 一年前は、この合宿で土屋さんと付き合うことになった。今回の合宿は早めだったので、一周年の記念日と被らなかったことに内心感謝した。被っていたら、合宿の参加の有無でまた一悶着あったに違いない。

 今回は沖縄に行く予定だった。昨年はフェリー乗り場に向かったが、今回は空港に向かった。 
 月夜とキャリーを引きながら集合場所に向かうと、天文部員の集団を見つけた。

「おっす」

 天草は、私たちを見つけると、軽く手を上げた。
 彼を中心とした目立つグループは、皆南国柄のシャツを着用し、頭にはサングラスを乗せている。見るからに陽キャな浮かれた集団だった。

 搭乗時間までまだ余裕があり、空港内の観光をしていたのか、手にはカップジュースやお菓子を大量に携えている。

「機内持ち込みは、ひとつまでだよ」
 私は念のため忠告する。

「今食えなかった分は、キャリーに突っ込む」
 天草は問題ないっと親指を立てた。

「女子は、荷物多くて大変だな」

 金城は、同情するように笑う。確かに今回は、飛行機に乗る関係で、スプレーや電子機器などの持込に少し気を割いた。
 昨年も似たようなことを言われたな、と懐かしむ。

「銀河」
 月夜は、金城に紙を差し出す。金城は、それを見て何か話す。恐らく展示班の活動についてだろう。

 月夜がナチュラルに金城を名前で呼んでいることに、徐々に彼らの距離が近くなっていると感じて口元が緩む。

 スマホの通知音が鳴る。土屋さんだとはわかっていた。

 私は、スマホを手に取りながら、ガラス張りの壁へと歩く。この待機室は、壁がガラス張りになり、外の飛行機が並ぶ様子が見られる。

 私は、スマホで飛行機の写真を撮った。

『沖縄、行ってきます!』
 そのメッセージと共に、今撮った写真を送る。

 すぐに『気をつけて。行ってらっしゃい』と返答があった。確認すると、スマホをポケットにしまった。

 今回は飛行機で、車中泊はない為、二泊三日の合宿だ。合宿中は、羽を伸ばすような感覚だった。寂しいと思うのが普通なのかもしれないので、色々ずれてるな、と感じる。
 一緒に居られるありがたさを忘れてしまったんだろう。当たり前だと感じてしまうことで、緊張感が消えていた。むしろ今回、少し離れることで何か進展があるかもしれない。

 荷物を預け、搭乗手続きを終えると、機内に乗りこんだ。飛行機は、高校の修学旅行振りだった。
 沖縄行きだからか、機内の座席には、沖縄観光やお土産の載った冊子が置かれ、内線は、沖縄を代表する音楽が流れている。

「もう沖縄来た気分」
 月夜が言う。

「天草たちみたいに、気が早い」
 私は、前座席ではしゃぐ天草たちを一瞥しながら呟く。
 
 地獄耳なのか、聞き逃さなかった天草たちは、後ろを向いて私たちを睨む。

「何だ何だ。今、天草たちはかっこいいと聞こえた気がするが」

「幸せな耳してるよね」私は呆れて首を振る。

「こいつ、沖縄初めてみたいでさ。ノリで大量にアロハシャツ買ったみたいで。だから俺らは、巻き添え食っただけ。むしろ被害者」

 金城は、隣の天草を指差しながら弁解する。爽やかに逃れる彼も出来すぎた対応だ。

「南国といえば、アロハシャツだろ」天草は唇を突き出して言う。

「ハワイのイメージある」月夜はポソリと呟く。

「確かに。沖縄はハイビスカスより、シーサーとか」金城は相槌を打つ。

「シーサー柄のシャツなんて、ダサすぎだろ」
 天草は、眉間にシワをよせて抗議した。

 機内アナウンスがある。私たちは、指示通りに着席し、シートベルトを着用した。

 数分後、車体が動き出し、勢いをつけて飛行機が空へと舞い上がった。

***



 一時間ほどで沖縄に辿り着く。降機すると、そのまま大型バスに乗り込んだ。

 一日目は、観光がメインの日だった。そもそも天文部のメイン活動時間は夜なので、日中は基本もてあます。

 初めに沖縄で有名な水族館へ辿り着く。バスから降りると、入口まで向かう。

 金城が、月夜に話しかける。何度か話した後、月夜がこちらを振り返るが、私は何を話しているのかわかっていたので、同意を示すように何度も頷いた。

「楽しんで」
 
 そう言うと、月夜は、金城に視線を戻し、軽く頷いた。金城は、目を細めて笑う。

 そんな様子を眺めながら、無意識に笑みが溢れた。
 昨年は月夜に言われた言葉を、私も言う日が来るとは、昨日まで思ってもいなかった。

「明日行く水族館でさ、地咲を借りてもいいかな」

 昨夜、自宅で合宿の準備をしている時、金城から電話があり、こう切り出された。
 彼の気持ちを知っている私は、その意味が何となく理解できた。

「積極的だね」
 私は、からかうように言う。

「そりゃな。もう一年は経つから、さすがに。それに色々あって、やっぱすぐに行動を移すべきだなって」
 電話の奥で、金城が苦笑しながら頭をかく図が思い浮かぶ。

「やっぱ水族館といえば、じゃん。去年、土屋さんと回った倉木なら、気持ちはわかるだろ」

 ぐっと口籠る。やはりあの時、金城にはバレていたようだ。

「デート楽しんで。私は残り物と回っとくから」

「残り物はひどいな」電話の奥で笑う声が漏れる。

「というか、まだ告白してなかったんだね」

 天文台の時の、月夜との会話を思い出した。恋人同士でないのに、身体の関係が先にできるとは、正直予想していなかった。

 含みのある言い方で気づいたのか、金城はやり辛そうに口を開く。

「あん時は正直、結構お酒入ってて記憶が曖昧なんだよな。この状態じゃ帰れないなって、急遽宿とったし。あ、未遂だぞ」

「……あ、そうなの?」

「当たり前だろ」
 金城は、頑なに否定した。

「目の前にお肉があるのに、食べないライオンはいない」

「おまえは、男をどんな目で見てるんだ」
 金城は吹き出しながら言った。とんだ偏見が混じってしまった。

「本当に何もない。ただ休んだだけ。むしろ手なんて出せるわけない。それにお酒なんかに頼りたくなかった。だからなけなしの理性で抗った、つもり」

 お酒の勢いに任せないところは、さすが出来すぎた彼だった。

「銀河って、やっぱ地咲を気に入ってるよな」

 過去を思い返していると、ふと声が届いて現実に戻る。
 水族館内。天草は、水槽を眺めながら言った。

 目先には金城と月夜。二人をチラチラ伺いながら、残り物同士で館内を回っていた。

「むしろ、今まで気づかなかったんだね」
 私は、天草を一瞥する。

「や、何となく気づいてたけど、でもあいつ、途中地雷ちゃんと付き合ったりしたし」

 天草は、唇を突き出して頭をかく。「諦めたのかと思ってた」

「金城は、一途なんだ」
 私はフォローするように言う。
 天草はしばらく思案し、「でもよ」と言葉を続ける。

「例え一途でも、報われなかったら意味がねぇよ」

 天草は、どこか諦めたように言った。金城のことを言っているのだろうか。それにしては、少し酷いのではないか。
 彼の言葉の意図がわからずに、私は首を傾げた。

 水族館観光が終わり、バスまで戻る。次は海の予定だった。

「どうだった?」
 バスに戻ってきた月夜に声をかける。

 彼女は、数秒静止するも、「別に、普通に見ただけだよ」と答えた。

***