第四セメスター:十月➁



「そのネックレスいいね」

 昼休み食堂内。
 私は、目前の月夜の首元を見て言った。

 三日月に星をイメージしたストーンがあしらわれたデザインだった。月夜の名前をイメージするかのようだ。

 カツ丼を食べてた月夜は、つられたように自身のネックレスをじっと見る。普段と変わりない澄ました顔だが、その仕草で何となく察してしまった。

「もしかして、プレゼント?」

 そう問うと、月夜は「うん」とやはり真顔のまま答える。相手は誰か聞かなくてもわかっていた。
 無意識に頬が緩むが、表に出ないように堪える。

 金城は想いを伝えたようたが、厳密には二人は恋人同士ではないらしい。金城が留学から帰ってきてもなお想いがあったら付き合う、という約束をしたとか。何ともロマンチックな話だ。

 正直、少し羨ましい。

「倉木」
 
 声をかけられてハッと顔を上げる。隣の席に天草がいた。手にはカツ丼定食を所持している。
 天草は、いつもよりも真剣な顔で私を見ている。

「天草……」

 慌てて笑顔で応える。天草は私を見たまま目をそらさない?

「あれ、金城は?」

 話をそらすために、話題を変える。
 天草は、しばらく間をおくと、「今は先生と話してる」と言った。

「もう留学も近いから、最近は結構忙しいみたいだな。一年もいないのか」

 天草は、しんみりと答える。彼は一年春からずっと金城と一緒にいた。月夜と同じほど寂しく感じているのかもしれない。

「天草も、寂しくなるんだ」

「ったりめーだろ。この街来て、初めてできた友だちだぜ」
 天草は眉間にシワをよせて言う。

「長い、よね」
 ポツリ、と月夜は呟く。私と天草は彼女を見る。

「でも、来年は部活も最高学年になるし、忙しいとあっという間かもね」

 淡々と、そしてまっすぐに未来を見て話す彼女に、私たちは背中を押された。

「まぁ、未来の彼女がそう言うなら、俺も頑張るしかないよな」

 その言葉に月夜は静止する。真顔のまま固まる彼女に、天草は冷や汗をかく。

「怒った?」

「いや」
 私は、月夜を一瞥する。「多分、照れてる」

***



 一週間後の水曜日。天文部で地元の神社でイベント後、飲み会がある予定だった。

 飲み会を土屋さんに伝えるたびに、最近は言い合いになる。土屋さんが飲み会には行くなと言い始めたからだ。
 明らかに過剰になる嫉妬心に、正直ウンザリしていた。

「水曜日はいつも会ってるじゃん。何で部活を優先するの?」

 ホテル内。土屋さんは目の色を変えて声を上げる。幾度となく言われた言葉に、ほらきた、とすら思うようになった。

 水曜日は、基本土屋さんと会う。だが講義も少なく、元々イベント行事や友人との予定も入りやすい曜日なのだ。そのことは、元天文部部長であった彼自身わかっているはず。
 
「大学生の付き合いってものがあるじゃん。毎回断るのも嫌だよ」
 私は、いつものように反論する。私には部活もあれば友人もいる。彼氏ばかり優先していられない。

「飲み会で良いように思われたいだけでしょ」

「何でそういう思考になるの?」

 極端な思考に、もはや呆れていた。

「昴が飲み会はそういう場だと考えてるからじゃないの? 自分の場合は行くくせに。昴だって今まで飲み会たくさん行ったじゃん。それと同じだよ」

 一気に吐き出した。「もう、別れよう」

 その言葉を言った途端、土屋さんの態度が変わった。先ほどまでの情けない様子はなく、冷静で私をジッと見ている。
 何を考えているのかわからずに、私は悪寒が走った。

「別れる……? 空、俺と別れたいの?」

 土屋さんがジリジリ近寄る。私は、無意識に後退りしていた。
 そんな私に気づいた土屋さんは、一気に間合いを詰め、私を抱きしめた。思わず「ヒッ」と声が上がる。

「ごめん……ごめんね……そんなに行きたいと思わなかった。冗談だよね。ごめんね。大人気なかったよ。空がそんなこと言うわけないもんね」
 
 土屋さんは、そう言いながら私の頭を撫でる。いつもされてることなのに、普段とは雰囲気がまるで違い、悪寒が止まらない。

「大丈夫……俺はずっと一緒にいるから。だから楽しんできてね。ただ……」

 そこまでいうと、土屋さんは、私をソファに押し倒した。思わずキャッと声が漏れるが、すぐに声が出なくなった。

 土屋さんが、私の首を絞めていた。

「すば……ガハッ…………」

 私は、土屋さんの手を叩く。彼は口元に笑みは浮かべているが、視線が定まっていない。

「空ちゃん……俺がどれだけ空のことを想っているか、少しだけわかって……? もしさっきみたいなことを言ったら、もし空が俺のそばを離れるっていうなら………………俺、死んでもいいやって思ってる」

 ギリギリと首を絞める手がキツくなる。次第に頭に血が昇らなくなり、視界が真っ白になった。
 加減なんてもはやできず、がむしゃらに暴れると、土屋さんは男性だが、細身なだけになんとか開放された。

 ゼーゼーと呼吸を整える。何か言おうにも、頭が回らず、呼吸が乱れたままで言葉が出ない。

 そんな私を、土屋さんは再び優しく抱きしめた。

「ごめんね……苦しい思いをさせて。俺の苦しさを少しでもわかってほしかってんだ……空が俺から離れていくたびに俺はこんな気持ちなんだって……ごめんね……もうしないから…………」

 土屋さんは、よしよしと私の頭を撫でる。私は、なすすべなく、されるがままだった。

***