飲み屋を出た後は、予定通り二次会に参加した。だいぶ頭が冷静になった今、スマホを取り出し、メッセージを送る。
『今晩、自由時間で朝まで二次会します。明日は予定ないから、それからでも良ければ会おう』
自由時間は、名前の通り、自由な時間を過ごせる施設だ。カラオケやダーツ、ビリヤードができたり、個室で漫画を読んだりできる。24時間営業の為、二次会でよく使われる場所だった。
もはや強制執行だったが、さすがに何も言わずに一晩過ごすのは気が引けた。こういうところが真面目なのだろうか。
『近くのカラオケにいる。朝になったら連絡して』
すぐに返信が来る。しぶしぶ了承した内容に安堵し、充電も少なくなったのでスマホの電源を切った。
二次会には、飲み会の半数ほどの人数だった。火野さんをはじめとした部内でも目立つメンバーが中心だ。もちろん天草たちもいる。私が参加するからと月夜も何も言わずに参加してくれた。
受付を終えると、皆さっそくカラオケやダーツなどに向かう。
私と月夜は、カラオケの個室に入ったが、マイクを持つことなくドリンクバーのジュースを飲んでいた。月夜はここでもアルコールを選ぶのがさすがだった。
しばらくのんびりしていたが、ほどなくしてドアがノックされる。
天草と金城が立っていた。
「おー、こんなとこいたか」
天草は、私の顔を見ながら言った。
今まで幾度となくイベントや有志観望会で何度もオールで過ごした仲だ。涙でメイクも落ち、そして気の抜けた女っ気のない顔だったが、正直彼らならいいやと思えるところがあった。
「せっかくここに来たんだ。歌わねぇともったいないぜ」
そう言うと、天草はリモコンで曲を入れはじめる。金城もマイクのセットをはじめた。
「ちょっと……!」
せっかくのまったりした空間だったのに、叫ばれて荒らされては困る。
だが、金城が笑いながら手を振る。
「倉木、知らないだろ?」
「何が?」
「恒星、歌めちゃくちゃウマイんだよ」
途端、身体が静止する。今流行りのアップテンポでメロディーラインの難しいポップス。
だが、天草は器用に声をのせて歌い上げていた。
無意識に路上ライブで立ち止まってしまうような、あまりにも歌が上手い人は聞き惚れてしまうんだ。
天草の歌声は、まっすぐに突き抜ける。体格の良い大柄な身体で、腹の底から声を出していた。
気持ちが良いほどしっかりした声だ。
「歌、超上手いだろ」金城が改めて言う。
「なんか、悔しいけど」私は、苦笑しながら応えた。
一曲、気持ちよく歌い上げると、いつもの天草の顔に戻る。
「声出すと、結構感情が発散されるぜ」
天草は口角を上げて言う。私は、ムッとなりながらもマイクを奪った。
数時間、カラオケを楽しんだ。
歌を歌う、というよりは、声を出して感情を外に吐き出していた。天草に比べるとまともに歌えてないが、感情がハイになっていた。
心置きなく楽しめる友人がいたおかげだ。
喉も枯れてきた頃、どっと眠気が襲った。たくさん泣いて、たくさん叫んだせいだ。
ウトウトしかかっていた頃、トントンと肩が叩かれる。
「おい、倉木」
小声で話しかけられ、意識を戻す。
天草が私に顔をよせていた。
「ちょっと抜けようぜ」
その目は、月夜と金城を見ている。彼らは何か話をしていた。
彼の意図を察したことから、眠い目をこすりながらカラオケを出た。
天草に腕を引かれながら個室に入る。コタツが備わり、漫画の読めるスペースのようだ。
「ここなら、お前も寝られるだろ」
天草は、ぶっきらぼうに言う。
「うん。ありがとう」
私はコタツに入り、机に頭をのせる。目を閉じるとすぐに眠ってしまいそうだった。
「でも、天草も気を使うんだね」
そんなことを口にしていた。どっと眠気が溢れ、意識が遠のいていく。
「自分の為だがな」
天草は、よくわからない返答をした。
個室の時計を見ると午前三時を差していた。オールで一番眠くなる時間だ。
朝を迎えると、土屋さんに会う予定だ。ちゃんと話をしなければいけないので、少し眠っておくべきだった。
二次会に参加して改めて感じた。
天草たちと一緒にいるのが本当に楽しかった。
本当は帰りたくない。今日が終わってしまうのかと思うと辛くなった。
この感情から、すでに答えは決まっていたんだ。
「帰りたくないよ……」
私は無意識にそう呟いていたようだ。
ほどなくして頭が撫られるような感覚が襲う。「帰んなよ」という言葉が聞こえた気がしたが、どっと眠気が襲ってきたので目を閉じた。
***
朝になった。
一晩オールで過ごすというのも大学生になってから慣れたものだった。
明日は土曜日なので何も用事がない。バイトも元から空けていた。
土屋さんと、話さなければ。
「この後、朝飯食いに行くけど、倉木どうする?」
金城が問う。
「私は遠慮しとく。近くで待たせてるから」
土屋さんは近くのカラオケ屋で一晩過ごしていると言っていた。疲れているが、さすがに私も目をそらすわけにはいかない。
「倉木」
名前が呼ばれて振り返ると、天草が私を見ていた。
「大丈夫か?」
天草は問う。いつになく真剣な顔で妙に緊張した。
「うん。大丈夫だよ。ありがとうね」
心配させないように、できるだけまっすぐに答えた。
天草は、しばらく黙ると、軽く頷く。
「何かあったら、俺んところ来い」
「え?」
「おまえの近くにいんのは、地咲だけじゃねぇ。男の俺でしかわからねぇこともあるなら、俺を利用しろ」
真意はわからない。ただ、彼なりに私を気遣ってくれているのだとは痛いほど伝わった。
「うん。ありがとう」
私は、スマホを手に取り、皆と別れた。
土屋さんに連絡をし、駅の改札で落ち合う。その後、土屋さんの提案でレンタカーを借り、ドライブへ行った。
車内は無言だった。サービスエリアに辿り着くが、駐車場に車を止めても車から降りなかった。
土屋さんも、窓を開けるとタバコを手に取り、火をつけた。
何も邪魔されずに話すには、ここしかない。
土屋さんを伺う。ピアスの映える整ったヘアスタイル、少し軽さもあるが黙っていれば、本当に綺麗な顔だった。
呆然と空を見上げながらタバコを吸う彼の姿が一番好きだった。
「昴……」
名前を呼ぶと、土屋さんが「なーに?」とこちらを見る。
ずっと起きていたからか、目にはクマが見られ、疲弊していると感じられた。
私はずるい女だ。
離れなければいけないのに、嫌われたくないなんて思ってしまう。
気づけば、土屋さんに軽くキスをしていた。新鮮な灰の香りが鼻先にツンと纏った。
土屋さんは、少し驚いた表情をし、そして静かに涙を流した。
予想外の反応に、私は困惑する。
「す、昴?」
「もうダメだと思った……嫌われたと思った……」
土屋さんは、タバコの火を消すと、ボロボロと流れる涙を拭った。その様子が子どもみたいで、私は、口を噤んだ。
「だから、嬉しかった……空ちゃんからキスしてくれるとは思わなかった……嬉しい……大好きだから……」
土屋さんは滔々と言葉を漏らす。
「実は、夜はずっと、どうやったら死ねるか考えてたんだ……俺、空ちゃんがいないと生きていけないからさ……」
傷跡は深く。
衝撃的な重みのある言葉に、何も答えられなかった。
離れるのが怖かった。
彼より、愛してくれる人がいないのではないのか。
彼に、何か危害を加えられるのではないのか。
そして、私がいなくなったら、彼はどうなるのか。
私ももしかしたら、自分を犠牲にするタイプなのだろうか。
結局その日は、何も言えなかった。
***