第四セメスター:十月⑥



 夜。何となく大学付近まで散歩に来ていた。都心から離れた大学付近は星がきれいに見られるのだ。

 虹ノ宮を横断する藍田川の歩道を歩きながら空を見上げる。

 今日は雲がなく、透き通った夜だ。
 皆で見ることに慣れてしまった。一人、呆然と空を見上げるのは、とても寂しかった。

『私も、空見てる。久しぶりに一人で見ると、やっぱり寂しいや』
 繕うことなくそう送ると、すぐに返信が来る。

『今どこにいる?』

『大学の近くにいるよ』

 そう送信すると、すぐに着信が鳴った。私は、慌てて居住まいを正す。

「び、びっくりした……」

「電話の方が早ぇだろ。大学近くってどこだよ?」

「えっと……藍田川があって、ボーリング屋が見える」

「あー……何となくわかったかも。スマホ振ってみて」

 指示通りに耳からスマホを離して手を振ると、スマホから「あっ、わかったわ」と声がする。こちらから真っ暗なので何も見えない。

 数秒後、ジャッジャッと草を踏む音がする。
 振り返ると、天草だった。
 
 スウェットにパーカーの部屋着、コンビニに行ってたのか、手には袋を所持してる。

「よぉ」
 天草は、照れくさそうに口を曲げる。「寂しいやつだな」

「うるさいな。何かあったら来いって言ったのは、あんたじゃん」

「確かに言ったが」
 天草は苦笑する。いつもと変わらない彼だった。

 こういう時こそ頼らせてもらってもいいかなと甘えてた。友達がいてくれるだけで安心していた。彼なら何でも聞いてくれる、と。
 どんな私でも、いつもの調子で、彼の周りだけではいつもと同じ空気が流れている。だから彼と接するたびに実家に帰ってきたような安心感を抱くのだ。

「何か、ごめんね。迷惑かけて。もう、終わったから」

 私は、指輪のつけてない薬指を触りながら言う。「もう、終わったから」

「別に、迷惑と思ってねぇよ」

 天草は、目をそらす。「俺がやりたくて、やっただけだ」

「なら、ついでに。ちょっと、一人ごとだけど、吐き出させて」

 私は、そう言うと、ベンチに座った。天草も隣に座る。

「この先、自分のことをこんなに好きでいてくれる人と出会える気がしなかったの。だから別れられなかった。今でもこの選択が本当にあっていたのかなんてわからないけどさ、でも月夜も言ってたんだ。男と女はくさるほどいるって」

 私が冷めてしまったのかもしれないのかわからない。でも私がみんなと一緒にいる方が楽しいんだ。
 恋人がいるならって恋人優先が正解なのかな。わからない。
 でも私はみんなと一緒にいたいと思うから、この選択で良かったんだよね。

 自問自答する。ただただ自分を肯定するように。しなければ気がおかしくなりそうだった。

 天草は何も言わない。何も言わないでほしかった。ただ肯定して欲しかっただけなんだ。例えば間違えていたとしても、自分のしたことが間違いじゃないって言ってほしかっただけなんだ。それで安心したかっただけなんだ。

「土屋さんのこと、今でも好きなのか?」

 しばらくの沈黙の後、天草が問う。私は、口を歪める。

「……わからない。でも、違うと思う。一緒にいたらダメなんだと。もう私は、一緒にいてドキドキもしないし、最初のような感覚はもうなくなってしまった」

 空を見上げる。曇は無く、星が輝いていた。
 十月下旬の深夜、冬の星座が覗き始めていた。

 遠くでガタンゴトンと電車の音が鳴る。その音に気づいた天草が、こちらに顔を向ける。

「おまえ、終電あんの?」
 天草は言う。私はあっと声を上げる。

「忘れてた」

「忘れてたって」

「考える余裕もなかった」

 スマホで時計を見る。十二時を回っていた。

「あ〜……最悪。もう全部、終電終わってる……」

 地元に帰る術がない。下宿している月夜も地元だから難しい。
 電車で一時間かかる場所だが、タクシーで帰るべきだろうか。深夜料金は馬鹿にならない。歩いて帰るしかなかった。

「俺ん家、来るか?」

 思考を巡らせていると、ふと提案が届いた。

「へ?」

「狭いし、雑魚寝になるけど」

 天草は、そっぽを向いて言う。イベントで雑魚寝にも慣れている。朝まで徒歩で帰宅するよりは、雑魚寝のほうが断然有難かった。

 友だちとはいえ異性だしな、と考えるも、今は彼氏がいなかったことを思い出す。そういった気遣いはもう必要ないんだった。

 天草は、軽い気持ちで言ったはずだ。変に異性を意識するのは悪い気もする。彼とは、友人なんだから。
 困った時は、頼らせてもらおう。

「ごめん……助かる」

「全然」

 コンビニよる? との問いに、私は首を縦に振る。
 満点の星空が輝く下、私たちは歩き始めた。

***