第六セメスター③



 年明けテストが終わり、春休みに突入したことで、金城たちとの旅行の予定も定まった。二月下旬に二泊三日、新幹線で向かい、現地ではレンタカー移動、というプランだ。
 運転は主に金城と天草。月夜も所持しているが、恐らく出番はないだろう。ちなみに無免許の私は、彼らにお任せするしかなかった。

 旅行の計画は、主に金城が率先して行った。旅行の計画は楽しいが、予約や選別などに少し手間がかかる。私も極力負担にならないようアイデアを出したつもりだが、面倒ごとは自ら進んで行う金城が改めて出来過ぎていると感じた。
 だが、天草は、基本的に何も提案しなかった。

「旅行、楽しみだな~」
 金城たちと解散した後、天草が言った。私は口を噤む。
 
 旅行は、彼から言い出したことだ。だがいざ計画となると、金城任せにしていた。そんなところに少し苛立ちを覚えてしまった。
 私たち二人でも一度、旅行に行ったことがある。その際も結局全て私が手配したのだ。

「空?」
 黙り込む私に、天草が首を傾げる。

「何もない」
 もう少し、金城を見習ってほしい。

 一緒にいると、たまに見たくない人間性が見える。
 そういうところも、受け入れなければいけないのだろうか。

  テストから数週間ぶりに会う四人。そしてダブルデート。
 学内ではいつも一緒にいるが、四人で外で会う時は、基本居酒屋だったので、朝から集まることがすごく新鮮だった。

「晴れてよかったな~」
 最寄り駅に辿り着くと、天草が伸びをして言った。

 今日は快晴。まだ冬の冷気は残しているが、もうすぐそばまで春が訪れていると感じられる暖かさだった。

「旅行で雨は、最悪だもんな」

 改札をくぐりながら金城が同意する。その後ろで月夜が陽を避けるように額に手を当てる。 

 駅近くにあるレンタカー店へ行き、行動を始めた。
 初日は観光で色々なところを巡った。ふれあいコーナーで動物に餌をあげたり、外湯巡りを行ったり。車が中心だったので、歩き疲れることもない。

 夕方頃に旅館へ到着する。夕食の鍋を堪能し終えた後、私たちは昼間より厚着の外服に着替え、再び車に乗った。
 天体の活動は、基本夜。元天文部である私たちは、夜の寒さ対策も慣れたものだった。

 レンタカーに乗車し、スマホで音楽をかける。コンビニに寄り、適当な軽食を購入した後、再び車を走らせた。

 車内には、天草チョイスの今流行りの音楽が流れている。私たちはそれぞれ窓から空を見上げていた。

「部活にいる時、思い出すなぁ」

 助手席に座る天草が、空を見ながら呟く。

「だね。有志の時みたいで」
 運転席でハンドルを握る金城は、笑いながら答える。

「今日は、雲出てないね」
 隣に座る月夜は、空を見上げながら呟く。

「カノープス、見られるかも」
 私は、気分が高揚していた。

 辿り着いたのは、一年合宿の時に利用した旅館。この広場は一般公開されているので、旅館利用者じゃなくても利用が可能だった。

 私は無意識に旅館裏に視線を向けていた。あの裏にあるベンチで土屋さんと恋人になった。

 ズキンと胸が痛む。やはり思い出のある場所に来ると過去が蘇ってしまう。思い出は美化されるものなのだろうか。いや、この記憶はすでに当時から輝いていたものだった。

「あ、あれじゃね?」

 天草の癖のある声が響き、顔を上げる。慌てて皆の元へと駆け寄った。

「シリウスから南に下がった赤めの星。あれ絶対カノープスだろ」

 天草の指差す先には、南の空の地平線ギリギリにポツンと輝いた星があった。

 全天でシリウスの次に明るい星。さそり座と同じく地平線近くに現れるので中々見られない星故に、見られたら長寿になると言われる「長寿星」とも呼ばれていた。

「すごい……本当に見られたんだ……」

 私はたまらず口に手を当てる。日本では見られないと思っていたので感極まっていた。

「後輩たちに自慢できるぜ」
 天草は得意げに頷く。

「これで俺らも長寿になるな」
 金城は爽やかに笑う。

「カメラ、持ってこればよかったね」
 月夜が僅かに頬を緩めて反応した。

 しばらく空を堪能した。お互いに会話が無くても気まずくなかった。ほどよい距離感だった。

 二月下旬の夜は、まだ少し身を差す冷気を孕んでいる。
 一時間ほど経った後、身を縮めた天草の「帰るか」との声で、私たちは旅館に戻った。

***



「じゃ、今日はもうお休みってことで、明日朝、どこ行くか決めようか」

 金城がそう言うと、じゃ、お休み、と月夜と隣の部屋に入る。私たちも手を振って客室に入った。
 この旅行では二部屋おさえ、私と天草、金城と月夜でわかれて部屋を取っていた。
 当然のように金城と月夜が一緒にいることに、今更ながら歯痒くなった。やっと二人は一緒になったんだ。

「空はどこ行きたい?」

 部屋に入ってパンフレットを見てる天草は、そう尋ねた。

「いきたいところは今日行ったしなぁ。天草は?」

「俺はおまえたちに合わせるよ」

 天草は軽く言った。その言葉に、私は反射的に顔が引きつった。

 私たちに合わせる、という言葉は、一見優しさに見えるが、見方を変えれば全部押し付けているようにも捉えられる。
 一年以上彼と行動しているうちに、度々そう感じることがあった。全て人任せにすることに対して少し腹立たしくも感じていた。一緒に行くなら、少しぐらい自分の意見も出してほしい。

 私は黙り込む。せっかくの旅行なのに空気を悪くしたくない。でも能天気な彼を見ていると、私だけがイライラしていることに対しても苛立ちが増していた。

「どうかしたか?」
 反応のないことに異変を感じたのか、天草が私を見て問う。私は「別に」と顔を逸らした。

 喧嘩したくないのに、怒っていることを察してほしい、だなんて思ってしまう。独りよがりだって、ちゃんと口にしなければってわかっているのに。
 それに恐らく口にすれば歯止めが効かず、過去のことまで引き摺りだしてしまう。何であの時言わなかったんだ、と言われるのは目に見えているのに。 

 女って、面倒くさい生き物だ。

第六セメスター 完