観測者である私、北野哀は、より正確な予報をする為に、様々なデータを取得する必要があった。
同じ時期でも、「北海道は寒いが沖縄は暑い」と、土地によって気候は異なる。だが伝聞や固定観念だけでは正当性に欠け、実際現地に足を運ばなければ取得できない情報もある。
「北海道は雪が降る」という固定観念だけでは、サングラスを持参した瑛一郎のような末路になる。この時期は、雪はおろか山に遮られることなく日差しが刺さり、地元よりも暑く感じたものだ。
ひと手間かかるものの、たくさんデータがあればあるほど、今後の行方を具体的に予測できる。
だがあまりにも距離が近すぎると、観測者まで巻き込まれる可能性がある。
テレビでよく目にする、台風の中、傘をひっくり返しながら現地の状況を報知するパッションは、私には持ち合わせていない。
何より災害に巻き込まれてしまっては、正確な情報を伝達する者がいなくなる可能性がある。
だから適度な距離を保ちつつも、たくさんの情報を取得する必要があった。
少し日数は空いたものの、あらかた各地の環境も把握されたところで、この辺りで一旦、現在の気象情報をまとめておこうと思う。
まずは、私の周囲の環境から。
観測地点は、神崎渚、二宮祐介、二宮美子、風見蓮の四地点。
常に騒がしくもモデル業をしている、一年一組の神崎渚。
現在は、彼女自身にこれといった変化は見られない。
だが、「リンくん」と呼ばれるマネージャーとの関係は、今後注意深く観測していきたいところだ。
渚のつけているパワーストーンのネックレスは、マネージャーが贈ったという事実が確認できている。これは祐介からの伝聞であるが、本人の口からも告白されている。観測地点で得た確たる証拠だ。
マネージャーは恐らく渚よりも年上だろう。男性から女性にアクセサリーを贈るという行為は友人同士でも中々見られない。
とはいうものの、実際聞かされた行動原理はロマンのないもので、渚とマネージャーは子どもと保護者のような関係という印象を抱いた。
情報通である二年三組の二宮祐介と、大食いである一年四組の二宮美子。
兄の祐介は、あらゆる情報を取得している余裕から動じることはほぼない。
対して妹の美子は、楽観的で常に食事のことだけ考えている。
二人は兄妹でありながらも、傍から見ればカップルのように距離が近い。特に妹の美子は、兄がいなければまともに生活できないほどだ。もはや依存とも呼べるかもしれない。
とはいうものの、二人は実の兄妹。これ以上、何か関係が変わることもないだろう。むしろ兄妹関係的にも現状が一番の「快晴」と呼べる。
そして、二年五組の風見蓮。
彼は常に気だるげで教室内でも基本的に眠っている。だが持ち前の容姿があるだけ女子人気は高い。
修学旅行で同じ班であった下野さんは、高校一年生の時から彼のことを想っていたと言う。自由行動を二人で回るというイベントが発生しただけに、二人の距離は縮まったように感じられた。
だが、その時の蓮は、私も見たことがないような別人に見えていた。
観測する場所を誤ったかのような錯覚に陥った。
現状、一番不安定であることから、巻き込まれないように注意深く観測していきたいものだった。
これが、私の身近な環境の現状だ。
蓮は少し注意が必要であるものの、昔から変わらぬ関係と言える。
だが、もうひとつの観測地点でも興味深い現象が確認できている。
二つの台風が衝突すると、拡大するか消滅するかのどちらかに転ぶ。接近するという情報があるだけ対策は取らなければいけないものだ。
その為、もう一組の観測地点である奏多たちの周囲の環境もまとめておこうと思う。
観測場所は、南奏多、山城沙那、松尾直樹、松尾萌、柳瑛一郎の五地点。
彼らとの交流は高校進学をきっかけに始まったことから、約一年前の春からとなる。
私のいとこである、一年四組の南奏多。
彼は現在、ひとつ年上の山城沙那に好意を抱いている。
この情報は、身内である私だからこそ気づいた事実であり、他の人は知らない。いや確認をしていないだけわからないが、祐介は把握しているのかもしれない。基本的に彼には情報漏洩している前提で考えても良い。
奏多に好きな人がいるという情報は以前から聞いていたが、相手が幼馴染と判明したのは、もちろん緑法館に進学してからだ。つまりそれだけ長い期間、彼女のことを想っているのだろう。
奏多が純粋無垢なピュアボーイなだけに、中々進展しないのだろうとはあらかた予測できる。
それに最近、残念な事実も発覚してしまった。
純度百パーセントである、二年三組の山城沙那。
彼女は松尾直樹のことが好きなようだ。そして祐介曰くこの二人は昔、恋人関係であったと聞いている。周知されていないものの、自由行動の際に二人をこの目で観測したことから確証は得ていた。つまり、元恋人同士の関係であり、沙那は今でも彼のことが好きだということになる。
奏多には厳しい現実だ。
だが沙那もまた、辛い現実であることには変わりなかった。
関西出身のチャラ男、二年三組の松尾直樹。
彼は、二宮美子のことが好きだった。
普段は自室に女の子を連れ込むなど女癖が悪いが、美子の前だけは明らかに態度が変わる。その変貌っぷりは誰が見ても明白だった。恐らく美子と瑛一郎以外の人物は気付いているだろう。
だからこそ祐介は直樹を敵視しており、直樹もまた祐介のことを苦手としている。
だが彼自身、美子が自分に気がないことを理解している。本人曰く、そのせいで自棄になっていると言っていた。
直樹の姉である、三年六組の松尾萌。
彼女は最年長かつ寮長であり、最近は中々会えていない。だが隠すことのない関西弁に気の強い性格からも、彼女もまた松尾家の血を強く引き継いでいた。
そんな彼女のことを真っ直ぐに想っている人物が一名いた。
それがサッカー部である運動馬鹿の、二年五組の柳瑛一郎。
彼は長年、直樹の姉である萌のことを想っている。これは周知の事実であり、おそらく萌本人も気づいている。
しかし彼自身体育会系であることから、何度振られても立ち上がる鋼のメンタルを所持していた。
現在確認できている情報は以上となる。
そこで私は、予報する。
ひとつ目は、渚とマネージャーだ。
仕事という関係性的にも、中々進展は難しいはずだ。
特に渚自身から、色恋沙汰の話を聞いたことがない。むしろ芸能人であるだけそういった感情を抱かないようにしているのかもしれない。とにかく今の二人は、子どもと保護者のような関係性だ。
とはいうものの、尽くした相手ほど好きになる性質があるとは聞くものだ。渚は子どもであれど、マネージャーはわからない。「渚の管理者」という仕事なだけに、彼女のことを常に考えているのは事実だ。
高校生と大人という危ない香りのする関係なだけに希望的観測にもなるが、接近する確率は三〇パーセントといったところだ。
ふたつ目は、蓮と下野さんだ。
修学旅行の際に、二人が何を行ったのかは判明していないものの、関係が接近したのは明白だ。
蓮自身何を考えているか読めないだけに予測がしにくい。
下野さんのメンタルも強化されたこともあり、確率は、五分五分といったところだろうか。
三つ目は、祐介、美子、直樹だ。
現状のままだと、祐介と直樹の関係が改善される確率はほぼ〇パーセントと言い切れる。祐介自身「身体が勝手に拒絶してる」と発言していたことが根拠だ。
それに直樹自身、日の目を見ないことは頭で理解しつつも、美子を前にすると無意識に行動に変化が表れている。こちらも祐介と同じく、本能からそう感じているのだろう。
恐らく美子が何か行動を起こせば関係は動く。しかし彼女の性格的にも望み薄であると予測できる。その為、残念ながら進展はほぼない。
四つ目は、奏多、沙那、直樹だ。
ここは、現時点で一番変化が激しいと予測できる。
まず奏多と沙那は、性格が近いことから相性は良いだろう。沙那は欠点が見られず、正直身内贔屓に見ても安心できる。
だが、沙那は意外と行動力がある。自由行動の際祐介に協力を促し、直樹と二人の機会をもらうほどだ。直樹と付き合っていた過去に、直樹自身報われないとわかっていることから、もしかしたらが起こるかもしれない。
関係が動く可能性は八十パーセント。奏多がそろそろ男気を出してくれると期待しての希望的数値だ。
おまけに、瑛一郎と萌さんの二人。
すでに瑛一郎の好意は本人に伝達されているもののいまだ関係が変わることがない。確率はゼロではないもののかなり低いはずだ。
ここ一年観測してきた中で、全く進展していないことが要因だ。
予報というものは、観測者の五感で取得した情報を元に行われる。
だが観測者も人間だ。突発的に発生する気象を全て把握することはできない。あくまで予報であり、大きく外れることもある。
その為、常に折りたたみ雨具を携帯しておくことをお勧めしておく。
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