2頁目「脇役から主人公」③



「惟月って人、知ってる?」

 体育終了後の昼休み、教室で着替え中に思い切って真宵に問いかけた。体育の授業中にずっと思考し、しぼり出した話題がこれだった。

 惟月は同じ制服を着ていたので、金清高校の生徒であるには違いない。顔の広い真宵なら知っているかもしれないと思った。それだけ彼のことが気になっていたというのもあった。

「惟月?」

 真宵は、ジャージを脱ぎながら素朴に返す。「聞いたことねぇな。苗字は?」

「わからない。名前が惟月としかわからなくて……。でも、同じ制服を着てたんだ」

「名前まではわかんねぇな。顔なら二年なら、だいたいわかるけど」
 芸能人で例えると? と真宵は問う。私はしばし頭を悩ませる。

「…………天使みたい?」

「男じゃねぇの?」真宵は、不思議そうな顔になる。

「だ、男子だよ……。でも、それくらいにキレイな人。白扇とか通ってそうな見た目」

「あのボンボン学校か。イメージできたわ。でも、そんなヤツ、いたかな」

 真宵は真剣に考えるが、急にコロッと表情を変えてニヤニヤした顔つきになる。

「その惟月くんに、ラブなんか?」

 予想外の言葉に、私は慌てて手を振った。

「ち、違う……! ちょっと気になっただけで……」

「気になっている段階か。先は長いぜ」

 真宵はかっかと含み笑いで頷く。体験を踏まえてのような反応だ。
 目が普段以上に輝いている。恋バナに敏感なのかもしれない。

「茜ー、男子入れてもいい?」

 ドア付近のクラスメイトが真宵にそう声をかける。真宵は「わりぃ、いいぜ」と手を上げた。

「遅い」

 眉間にシワを寄せた日中は、開口一番そう言った。その視線は真宵に向けられている。

「何でウチに言うんだよ!」
 真宵もすかさず反論する。

「君の声が聞こえるからだよ。少しは待たせて悪いって思いなよ」

「恋愛相談なんて、何を犠牲にしても優先すべきことだろ」

「恋愛相談?」
 後から席まで来た暁は素朴に問う。真宵は得意げに指を立てる。

「小夜ちゃんの運命の人についてだ」

「え?」
 予想外の言葉に素っ頓狂な声が出る。

「おまえら、惟月ってやつ、知らねぇか?」

 真宵は横を向き、暁と日中に問いかけた。
 あまりにも突然発せられた話題に、私は呆気にとられる。

「惟月? 聞いたことないな」
 暁は、首を傾げて答える。

「璃空も知らねぇなら、今は学校に来てねぇのかもしんねぇな」

 真宵は、満足気に頷く。そんな彼女を見て私は顔が引きつった。

 露骨すぎる。どうやら彼女は、隠しごとができないタイプのようだ。彼女が口が軽いとは、日中の評定平均をバラしたことからも分かっていたことだった。変な勘違いされていないかが不安になった。

 予想外に広がったが、皆、惟月という人物は知らない様子だった。恐らく学内でも目立つ立ち位置の彼らが知らないとなれば、失礼ではあるが、存在感は私と同じレベルなのだろう。

 
 キーンコーンカーンコーンとベルが鳴り、放課後となった。

***

 その夜。ベッドで本を読んでいた。私には熱中できるほどの趣味がないので、自宅でも基本的に読書か復習をして過ごしている。なんともつまらない人間だとは思う。

 図書館で借りた京都の旅行雑誌を見ていた。二泊三日の修学旅行だ。ゴールデンウィーク明けから修学旅行のことを決めると言っていたので、そのための予習でもある。

 まだ場所の詳細は明かされていないが、修学旅行プランでは、嵐山と清水寺あたりはマストだろう。京都駅周辺ならば、もしかしたら伏見稲荷大社にも訪れるかもしれない。
 そんなことを予想しながらページを眺めていた。私は京都へ行ったことがないので、どこでも新鮮に感じられるに違いない。
 
 スマホの通知音が鳴る。連絡なんて中々こないだけに首を感じた。
 差出人を確認して目を見開く。暁だった。

 私は飛び起き、ベッドの上で正座になった。
 暁とは、連絡先を交換していない。クラスのグループには入っているが、もしかしてそこから連絡先を知ったのだろうか。それでも、なぜ?

 疑問が浮かぶが、メッセージを開かないことには、真相がわからない。落ち着くために深呼吸をする。そしてメッセージボックスを開いた。

『暁です! グループから連絡先知った。ヘアピン持って帰ってしまった! 明日返す!』

 活発な彼らしく感嘆符が多めな内容だ。自然な文に無意識に脳内で彼の声で再生され、私は思わず笑顔になった。

『わざわざありがとう。大したものじゃないし、よければあげるよ』

 実際、連絡がくるまで、私も忘れていたほどだ。
 五分ほど時間をかけて送信したが、一分もしないうちに『いいの?』と返信が届いた。

『便利だったから助かる。ありがとう!」
 続けて届く。私は慌てて『全然良いよ』と返信した。 

 画面越しだと、直接会話しないので素直に言葉を打ちやすい。それに、思考をまとめる時間がある。
 だが暁からは、会話するテンポでメッセージが届き、返信がかなり早い。こちらの返信が遅いと思われないか、なんて別の不安も生まれた。

 私が返信に悩んでいると『小夜ちゃん、甘いもの好き?』とメッセージが届いた。

『うん、好き』

『了解、明日お礼持ってく』

 くんっと、服をつままれたようにつんのめる。
 お礼だなんて、わざわざ申し訳ない。だが、相手の好意を断るのもいかがなものだろうか。

 五分ほど返信に悩んだが、『ありがとう』とだけ送ると、スタンプが返ってきた。彼らしいネタ系のものだ。
 それを確認すると、緊張の糸が解けたようにベッドに倒れこむ。

 連絡していたのは、三十分も経っていないのに、ドッと疲れが襲った。それだけ気が張っていたのかもしれない。むしろ画面越しであるにも関わらず、こんなにも緊張してしまう自分が情けない。

「慣れてなさすぎるよね……」

 口下手な私にとって、初手で暁や真宵は難易度が高すぎたのかもしれない。むしろ彼らはラスボスともなれるカーストの高さだ。

 だが、感じたことのない緊張で訪れる疲れに、どこか満ちている自分もいた。

 私は目を瞑る。疲れが溢れたようで、気づけば眠りに落ちていた。
 

***