3頁目「憧憬から愛慕」⑩



「あいつモテるよな。転校生って謎にモテるけど、璃空は特にだったよな」真宵は、満更でもなさそうに頷く。
 この街について詳しくなさそうだったが、どうやら中学の時に転校してきたからのようだ。

「私も実は、中学の時はいいなと思ってた」
 東雲は、若干頬を紅潮させて言う。同調するように未明も頷く。過去を懐かしむような表情だった。

「多分、女子で嫌いな奴いねーよな。だから正直、どうだろな」

 真宵は、曖昧な表現をする。私は首を傾げた。

「いや、璃空はいい奴だよ。でもな、いい奴すぎんだよ。だから中学んときは、結構周りから反感くらってたっつーか」

「璃空くんと付き合った人が、女子から避けられるようになったって噂は聞いたことあるかも」
 東雲は、思い出すように言う。真宵は「それはマジ」と人差し指を振る。

「でも璃空も璃空で、付き合ってること隠すから悪ぃんだ。周りに気つかってんのか恥ずかしいのか知んねぇが、あいつからハッキリ言や女もなんも言えねぇだろ。そのくせ普通に女子と話すから、彼女も不安にはなるよな」

 正直ホタルを見に行った時の視線の強さを思い出すと、あながち今でもあるのかもしれない。
 だがそこで真宵は、「あ、でも勘違いすんな」と指を向ける。

「あいつはタラシじゃねぇよ。マジで皆友だちと思ってるだけなんだ。だからその優しさが女を落とす武器になるとは思ってねぇんだよ。全く罪な男だぜ」

 それなら天然タラシか、と真宵はそう言って、口を鳴らす。「ま、でも中学の話だし、いまはさすがにあいつも自覚してるだろ」

 確かに暁は、絶妙な距離感で接してくれる。そして目立たない私にも最初から皆と変わらない距離感だった。
 だが他の女子にも同じように接しているのかもしれない、と思うと心がざわつく感覚だった。本人が無自覚なら尚更だ。

 目立たない人にも明るく話しかけたり、連絡したり、二人乗りしたり、遊びに誘ったり……。皆同じなんだ。皆やっぱり暁の優しさで好きになってしまう。私も同じだったんだ。
 そう言われると、益々自分が舞い上がってるだけなのかもしれない、と思い始めてしまった。やはり私なんかが手の届くわけのない存在だ。

「でも小夜ちゃんには、別の男もいるからな」

 そう言って真宵は、スマホをこちらに向ける。それはバーベキューのときの惟月と二人で話している写真だった。

「ちょっと……!」
 予想外のことに、私は慌てる。

「すごく、きれいな人だね」
 東雲は、感心しながら言う。

「美少年って感じ。でも、ウチの制服着てるね」
 未明も同調するように頷く。

「だろ。だからウチは、惟月くんとの関係も気になんだ」
 真宵は、ニヤニヤする。
 だが、期待に応えられるような言葉は、何も思いつかなかった。

「私、惟月くんのことは、何も知らないの」
 しぶしぶ言う。これ以上説明のしようがなかったからだ。

「知らない?」

「うん。毎週川で会うけど、それ以外は……」

「まぁ、不登校の人は、何人かいるからな」と真宵。

「その人も、小夜ちゃんと会うことがきっと楽しみなんだよ。じゃなきゃ毎週あったりだなんてしないからさ」

 その言葉に、私は何も返せなかった。

***



 真宵がトイレに立ったことで会話が終了し、皆スマホをいじったりとのんびりした時間となった。今日は移動が多く、皆疲れているようですでに就寝体勢に入っていた。

 昨日とは違い、外も静かだ。すでに消灯時間は過ぎているので、おそらく室内でのんびり過ごしているのだろう。 
 私は名残惜しくて、窓の外を茫然と眺めていた。
 
 明日で修学旅行も終わりだと思うと、無性に寂しくなった。真宵も、日中も、それに暁も、皆所属グループが違い、小さな偶然が生んだ集まりだ。こうしてこの先、再び旅行できる機会が訪れるかはわからない。だが、バーベキューの時よりは受け入れられていた。
 また会いたい時は、思い切って誘えばいい。そう思えるだけの勇気が、私にも持てるようになっていた。
 だからこそ、欲張りにならずに、今はこの時間を堪能していた。

 とはいえ、疲れが来ているのは私も同じだ。修学旅行は春に思い描いていた以上に華やかなものとなった。それだけでも満足だった。今の私は、この空気感を味わうだけでも十分満たされていたのだ。

 想い出にふけていると、スマホの通知音が鳴った。
 画面を見ると、暁だった。

『起きてる? 時間あったら、ロビーまで来て』

 考えるよりも先に、部屋を飛び出していた。

***

 小走りでロビーまで向かうと、窓側に並んだソファで、暁が窓の外を見ながら座っていた。珍しく周囲には誰もいない。昨日とは違う、ジャージ姿だ。

「あ、早いね。ごめんね遅くに」

 暁は、私に気づくと笑顔で手を上げる。

「ど、どうしたの……?」

 私は彼の元まで向かうと、暁は正面を指差して座るように促した。私はおずおずと着席する。

「これ。あいつらの前だと、揶揄われそうだから」
  
 そう言って暁は、小さな袋を差し出す。
 首を傾げるが、「開けて」と言った。

 おそるおそる袋を開けると、中には煌びやかな装飾のついたヘアピンだった。

「これ……!?」

「これの、お礼」
 そう言って暁は、自身のつけるヘアピンを指差す。

「そんな……、お礼は前にもらったのに……!」

「食い物は、食べたらなくなるじゃん」暁は笑う。

「確かに茜の言う通りだなって。あと偶然目に留まったから。俺が勝手に渡したいと思っただけだよ。だから本当、気にしないで貰ってくれると、嬉しい」

 暁は自然に笑う。私は胸が苦しくなった。

 こんなのずるい。

 手元のヘアピンを見る。溜息が出るほどに煌びやかなものだ。
 だが、先ほど真宵たちの会話を思い出したことで、どうしても素直に喜べない自分もいた。

「小夜ちゃん?」

 反応のない私に暁は問いかける。
 だが、私は顔をあげられなかった。

「こういうこと、みんなにも、してるの……?」 
 気づけば口から溢れていた。気になっていたからこそ、本心がマスクを通じて溢れたのかもしれない。

「みんな?」暁は目を丸くする。

 尋ねてしまったことには仕方ない。思い切って話すことにした。

「さっき真宵さんたちから、暁くんは天然タラシって聞いて……」

「ちょっと待って、何の話!?」
 暁は、怪訝な顔をする。珍しく焦っているようにも見えた。

 私は色々端折りながら説明した。

「あいつら余計なことを……。つか俺って、女子にそう思われてんのか」

 暁は顔をしかめる。若干ショックを受けているようにも見える。

「それは中学んときだし、俺もわかってなかっただけだから……」

 そう言うと、数秒の間を置き、私に視線を向ける。

「誰にもしないよ。小夜ちゃんだから、渡したいと思ったんだよ」

 暁は、私の目を見てハッキリと言った。その言葉を受け入れるのに、少し時間がかかった。

 勘違いしてもいいという意味だろうか。傷つくのが恐いのに、不安になりたくないのに、そんな言葉を言われたら自惚れてしまう。暁の意図がわからない。責任はとってくれるのだろうか。

 私ばかり振り回されている感覚だ。だからこそ、暁にも悔しいと思ってほしかったのかもしれない。

「じゃあさ……、ひとつお願いしてもいい?」

「……何?」暁は、目を丸くする。

「ヘアピン、つけてほしいな?」

 そう言って受け取ったヘアピンを暁に差し出す。暁は面食らったように静止する。

 自分でも、恥ずかしいことを言ってるとは理解している。だが、悔しい感情が募り、気づけば言っていた。これが深夜テンションというやつなのかもしれない。夜ならば、二人だけの空間ならば、少しだけ積極的になれる気がした。

 暁はしばらく悩むが、無言で私からヘアピンを受け取ると、腰を上げて私の隣に座った。普段とは違うシャンプーの香りが舞った。

 暁が私の髪に触れる。珍しく暁も無言だ。私だって緊張しないわけがない。

 暁の手が私の髪に触れる。珍しく彼も無言だった。肌には触れられていないのに熱を感じる。毎日ヘアピンをつけてくれているのに、動作もぎこちなく感じる。もしかして緊張しているのだろうか。あの時の私と同じ気持ちになってくれているのだとしたら……、思い切って言った甲斐があったものだ。

 誰かに対して『悔しい』だなんて感情、初めて抱いた。それも憧れていた 暁くんにそう思うだなんて、予想もしていなかった。私だって慣れないことを口にして緊張はしている。だけど今は、相手を冷静に観察できるほどに思考が冷静だった。それだけの余裕が、私にも持てるようになったんだ。