第二セメスター:十二月➀



「じゃ、今から班に分かれて活動します」

 新しく部長になった火野さんが言うと、部員たちは返事をして各々に動き始める。

 無意識に、火野さんを目で追っていた。
 明るくてゆるいパーマの活発な髪に、オフショルダーのニット。夏も引き締まった美貌を惜しげもなく晒しだす露出多めの派手な格好だった。

 これが女の直感というものだろうか。

 引き継ぎの際、土屋さんとの距離感に違和感を持った。普通の後輩にしては、慣れた距離感だった。
 私に近しいものを感じてしまった。

 心臓がドクンドクンと脈打つ。次第に冷や汗が流れる。

 火野さんは、土屋さんの後輩なのに、何で敬語じゃなかった?
 何で、名前で呼んでいたんだ?

 思い出すと、土屋さんは昨年、指輪をつけていた。彼女がいたことは確実だ。

 もしかして、

 火野さんは、土屋さんの元彼女では?

「倉木さーん?」
 
 透き通る声で名前が呼ばれ、我に返る。ハッと目を冷ますと、目前に、勢いよく手を振る火野さんがいた。

「わっ」

「あっはは。何ボーっとしてるの? もう移動だよ」

 ハッとして周囲を見回す。気づけば皆、活動教室に移動しており、いなくなっていた。
 慌ててカバンを持って立ち上がる。

「す、すみません……」

「いーよいーよ。今日もよろしくね」

 火野さんは眩しい笑顔を向ける。私は、日差しを避けるように、教室を後にした。

 活動教室に向かいながら思案する。
 火野さんは、理学部で、土屋さんと同じ学部だ。部活動外で話す機会もあるのだろう。
 でも、そうとは思えない。
 この直感は当たってほしくない。でも、そうとしか思えない。

 明日は水曜日。土屋さんと会う予定がある。
 現実を知るのは恐いけど、ずっと一人でモヤモヤしてるのも嫌だった。

 聞いてみるか。そう覚悟を決めて、教室に入った。

第2セメスター:12月 

 次の日の水曜日。
 お互いの予定が終わり次第、午後から土屋さんと会う予定だった。 

 火曜日の部活の次の日は、講義のない水曜日。そして木曜日三時間目は土屋さんと一緒に入れている講義。
 その為、水曜に会う日は、流れで一晩一緒に過ごすことが多くなる。土屋さんも私も実家でお金はかかるが、アルバイトをしているので苦しくはなかった。彼と一緒にいたいから優先事項だった。
 必然的に、木曜の午前講義は、欠席することが多くなる。落ちてしまったものだ。

 いつもの駅で合致する。
 土屋さんは、普段通りに話す。だが、火野さんのことで頭がいっぱいで中々会話が弾まなかった。

 知りたいのに、知りたくない。
 土屋さんの機嫌を損ねないか、嫌われないか恐い。
 覚悟を決めたはずなのに、中々言い出せなかった。

「何かあった?」

 カラオケ内に入ると、土屋さんは尋ねる。私は恥ずかしいような、嬉しいような気持ちになる。

 女はズルい。自分で言い出しにくいからと、相手に察してほしい、と思ってしまう。気づかれなければ「何で気づかないの?」と勝手に怒るんだ。

「空ちゃんが楽しくなさそうだから」

「……ずっと、気になってることがあったんですけど」

「ん?」

「もしかして、火野さんと付き合ってたりしましたか?」

 土屋さんの顔から笑顔が消えた。何も証拠が無く、ただの勘だったのに、その一瞬の反応で全てを悟ってしまった。
 どうして、当たってほしくない勘は当たってしまうんだろう。

 土屋さんは、観念したように小さく息を吐くと、「そうだよ」と言った。

「あいつから聞いたの?」

 あいつ、という言葉遣いで距離感を感じてしまった。
 一瞬で心が暗くなる。顔が上げられない。土屋さんの顔が見られない。

「いや、私がただそうかなって、思っただけです」

「そっか。ごめん。隠してたつもりじゃないんだけど、わざわざ俺から言うのも違うかなって」

「全然……大丈夫でっ…」

 耐えられずに、涙が溢れた。個室であったことが幸いしたが、土屋さんは、目を丸くして私を見る。

「空ちゃん……」

「や、ごめんなさい……全然、全然先輩は悪くないんです……でも、何でだろう……」

 慌てて涙を拭う。だが、意に反してどんどん溢れた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……でも、火野さんとうまく話せる気がしません……」

 溢れる本音を打ち明ける。土屋さんは黙って聞いていた。

「火野さんは、理学部ですし…土屋さんの白衣姿も、毎日見てるのかなって考えると気分がモヤモヤして……今は、違うのに……土屋さんの、彼女だったって思うだけで、嫌な気分になっちゃって……ンンッ」

 突如、唇が塞がれた。温かく、舌がねっとりと絡みつく。
 涙が混じり、普段より少ししょっぱく感じた。

 唇が離れると、土屋さんは私を強く抱きしめた。

「ふふっ……ごめん。ちょっと嬉しい」

「え?」

「それって、俺に嫉妬してくれてるってことでしょ?」

 嫉妬、と言われて初めて気が付いた。私は、火野さんが元カノだって知って、ヤキモチを焼いていたんだ。

「過去は変えられないけど、過去は過去だよ。もう終わったことだし、今は関係ないよ。真宙もただの後輩。別に何とも思ってないから。空ちゃんしか見えてないから大丈夫だよ」

「土屋さん……」

 お互い名前で呼んでいることに、改めて現実を突きつけられた。
 だが、抱きしめられた熱が心地良く、次第に全身に安心感が駆け巡った。



***

「今日の空ちゃん……エロい」

 土屋さんは、艶やかな声で呟く。私は、彼の欲求に応えるように身体を逸らす。
 その日も外泊した。部屋に入った途端に彼に抱き着いて求めてしまうほど、積極的だった。

 土屋さんは、そんな甘えん坊な私の欲求に、全身で応えてくれた。

 私しか考えられないように。私しか見ないで。

 暗いドロドロとしか感情が支配される。もっともっと私を求めてほしい。
 そんな感情が表れてしまった。

「嫌、ですか……?」
 
 上目遣いで尋ねる。土屋さんは、感嘆の息を漏らすと、「まさか」と微笑む。

「興奮する。俺がいないとダメな身体にしてあげる」

 ひとつになった時、私は嬉しくて、足で彼の背中をホールドする。その行為に土屋さんは笑うと、激しく身体を揺すり始めた。

 体勢を変えて何度も擦る。硬くて大きい普段以上に欲のあるそれは、私の身体の中を容赦なく搔きまわす。彼を感じるたびに興奮し、汗と愛液が混ざり合う。身体が溶け合って融合した。

「好き……大好き…………昴……!」

 無意識に名前で呼んでいた。火野さんに対抗心が残っているのかもしれない。
 そんな私を見て、土屋さんの顔から余裕が消えた。

「もう……あんまり煽らないでよ」

 喘ぎ声と共に、土屋さんの身体が震える。激しい呼吸の乱れで、私を力強く抱きしめる。快感を感じてくれていると伝わり、さらに力がこもった。

「愛してるよ……空……」

 呼吸が整うと同時に、深いキスを落とす。
 ずるりと抜き、一呼吸整えると、私の身体を起こした。

「え?」

「今日はだめだね。ふふっ、俺、性欲強くてさ。まだまだ足りないよ……今日は寝かせないから」

 そう宣言すると、土屋さんは再び私の全身を愛し始めた。

 避妊具が切れ、隔たりのない状態の快感が、全然違った。
 ビニール特有の擦れがなく、体内も肌で擦れ合う。

 一晩かけて、全身で彼を感じた。
 そのお陰で、朝方には嫉妬の不安なんて吹き飛んでしまった。

***
 

「さすがに……疲れました……」

 ベッドで枕に突っ伏しながら呟く。それは隣に寝転ぶ土屋さんも同じようで「だね」と笑った。

「もうゴムも使い切っちゃったし……こんなに性欲強いと思わなかった……」

 空ちゃんのせいだね、と土屋さんは私の頭を撫でる。
 結局、窓が明るくなるまで愛し合った。さすがに眠気が限界だった。

「空ちゃんが、かわいいのがいけないよ。いつもと違って積極的なの、すごく興奮した」

 顔が真っ赤になる。

「今日、サボっちゃおっか」

 土屋さんのその誘いに、迷うことはなかった。

***