第二セメスター:十一月➂



「本当に、取れそうにないや……」

 あれから二日経った現在。鏡に映る私の首筋には、いまだハッキリキスマークがついていた。
 自宅ではタオルで隠せるが、外では中々難しい。絆創膏を貼るにも首という位置であるだけ違和感があった。髪も短いのでむき出しだ。
 正直、分かる人にはすぐにわかられてしまうのだろう。

 部室に向かった際、首が痛いふりして隠す。

 明らか違和感のある態度なのに、月夜も何も聞かずに触れないでいてくれた。

 だが、やはり気づく人は気づくのだ。

「倉木、首、どうしたの?」

 活動教室に向かう廊下。唐突に声をかけてきたのは、金城だった。
 彼は私を覗き込む。キスマークのことだと知り、慌てて顔をそらした。

 言い訳が思いつかない。恥ずかしくて無言で赤面するしかなかった。
 黙り込む私に、出来すぎた金城は全てを察する。

「そっか、彼氏いるんだね」

 独占欲強めの、と金城は続ける。私は畏まる。

「変なもの見せてしまって、ごめん……」

「いいよ。むしろそれなら、心置きなく相談できるというか」

「相談?」

 首を傾げると、金城は、周囲を確認して私に顔を寄せる。

「地咲って、彼氏いるの?」

「え、多分、いないと思うけど……」

 唐突に問われて目を見開く。だが、質問の意図はすぐにわかった。

「そっか、金城、月夜のこと好きだもんね」

「ははっ、やっぱりバレてたか」
 金城は、照れ臭そうに頭をかく。

「自分でも結構積極的にいってたんだけど、でも地咲って、何考えてるかわからなくて」

「うん。私もわからない」即答だった。

「倉木でもわからないなら、仕方ないのか」
 金城は、開き直ったように肩をすくめた。
 私は、彼をじっと見る。

「でも、何で私に彼氏がいたら安心なの?」

 そう問うと、金城はやりずらそうに口元に手を当てる。

「ちょっとだけズレるけど、倉木って、男女の友情は、あると思うタイプ?」

「え?」
 
 ふいに天草のことが思い浮かぶ。彼は正直気の使わない男友達と思っていた。「私は、あると思うけど……」

「俺は、男女の友情って基本ないと思ってて。でも恋人がいる人との友情はあると思うタイプなんだ」

「細かいね」

「重要な違いだよ」金城は笑う。

「だから、恋人のいない人には、相談しにくいってわけ。ほら、相談されると、頼られてるって誇らしくなるじゃん。自惚れてるわけじゃないけど、恋人のいる人なら、そこから恋愛感情に発展する心配もないわけだし」

 なるほどな、と内心思う。だから彼氏のいる私は女でもその心配がないというわけだ。

 金城は、面倒見の良さから出来過ぎた性格で、恐らくモテる。経験から来る解答なのだろう。

「私も月夜のことは、わからないこと多いけど、でも出来るだけ協力するよ」

「頼もしいな。ありがとな」

 金城は、爽やかに笑う。恥ずかし気もなく公表する彼が、とても大人に見えた。



***

 大学の学園祭は、高校とは比べものにならないほどに豪華で、数多い出店はもちろん、野外ライブやお笑い芸人などのゲストなどもたくさん来た。
 毎日どこかの場所で大きなイベントが行なわれる。私も天文部展示の休憩中に学内イベントを覗いたりで堪能した。

「わっ、土屋さん?」

 休憩中、研究室に行っていた土屋さんとイベントを回ることになり、学内で待ち合わせをした。その時の彼の姿に驚く。

「あ、この姿、空ちゃん見るの初めてだっけ」

 土屋さんは軽く笑いながら手を振る。「研究室の時はいつもこの格好でさ」
 
 土屋さんは、いつも着ている黒ベースのオシャレな服ではなく、眼鏡で白衣姿だった。
 普段とは正反対のカラーでもなお大人な容姿に、胸がときめく。

「か、かっこいいです……」

 たまらず口にすると、土屋さんは表情を崩して私の頭を撫でた。

「学祭だし、この格好でも別にいいかなって。ま、着替える時間すら惜しかったというのもある」

 土屋さんは、そのまま私を引き寄せて頭にキスをする。「じゃ、学祭まわろっか」

 初めての学園祭の三日間は、とても密度が濃く、とても陽気で講義のことを忘れるほどに楽しかった。

 気づけば学園祭は終了し、三年生は引退となった。



***

 三年生との最後の部活動ミーティング。
 次代の役職が発表された後、三年生たちは、一人一人挨拶を行った。

 初めこそ怖気ついたものの、三年生の先輩たちは皆、優しくて温かい人たちばかりだった。次からは彼らが部活に来ない、と考えるだけで感極まるものがある。

 込み上げるものを飲み込み、脳内で思い出を振り返った。
 やはり思い出すのは、土屋さんのことばかりだ。

 彼がいなければ、天文部での活動がここまで輝くものになっていなかったに違いない。そもそも、彼と出会わなければ、この大学にすら来ていなかった。

 改めて、土屋さんに感謝する。教壇に立つ彼と目が合った。
 私に気づいた土屋さんは、目を細めて笑う。感極まってることがバレたのかもしれない。

 とことん子どもだな、と思う。でも、感情は止められなかった。

 ミーティングが終わり、私たち一年生の役職のないものたちは、お開きとなる。

 二年生たちは、大半が役職があるので、三年生たちから引き継ぎを行なっていた。

 次の代の部長は、理学部の二年生、火野 真宙(ヒノ マヒロ)さんだった。
 同じ解説班で、サバサバしたしっかりした性格から、部長に決まったと聞いた時は納得できるところがあった。

「私たちは、行こっか」
 
 月夜は、私に声をかける。
 邪魔者の一年生である私たちは、部室から出ようと立ち上がった。

「昴、来月のイベントのことだけど」

 ふと、透き通る声が耳に届き、思わず振り返る。
 火野さんが、プリント片手に、土屋さんの元まで向かっていた。

 全身に悪寒が走った。

 彼女は二年生で、土屋さんは先輩のはずだ。それなのに、何故火野さんは土屋さんのことを名前で呼んだ?
 呼び慣れているかのような口調だった。今までも、私が気づかなかっただけで、名前で呼んでいたのか?
 それもタメ口だ。二人の間には、どういう関係があるんだ?

 同じ学部で、仲が良いのだろうか。それともーーーーー。

 思考がグルグル回る。嫌なことばかり頭に浮かんだ。

「空?」

 月夜の声で我にかえる。ハッと振り返ると、月夜が不思議そうに首を傾げていた。

「ご、ごめん……行こう」

 私は、逃げるようにその場を去った。

第2セメスター:11月 完