一月【睦月 赤夜】2



次の日、リンたちは対象の観察の為に、再び赤森中学校に来ていた。
夏休みの課題であさがおの観察日記が出されるように、花は日に日に成長する。そして天候や水分の有無で雑草が芽生えたりする。花の観察は、管理者としては基本中の基本だった。

「この漫画、おもしれぇな」
ゼンゼは木の上で胡坐をかきながら、どこからか拝借した漫画雑誌を捲る。

「あなたは本当に、ジャパニーズカルチャーが好きね」
リンは感情の欠落した声で言う。

「この世界では、本をたくさん読めば、知識が備わると言われてんだ。だからこれは、ある意味勉強なんだよ」

「漫画でも?」

「本は本だろ」ゼンゼは開き直ったように言う。

人外でありながらも、妙に彼がこの世界に馴染んでいるのも、ある意味それらのお陰かもしれないな、とリンは内心思う。

校門前では、たくさんの生徒が登校している。だが、校門横にそびえる木の上に佇むリンたちには誰も目を向けない。

寒気からか、登校する生徒の顔は暗い。皆、肩を縮めて歩いていた。
もうすぐ対象も登校する時間だろうか、と考えていると突然、「アカガミ様だ!」とタイムリーな声が響いた。

二人は無言で顔を下に向ける。
案の定、睦月は目を爛々と光らせながら、こちらを指差していた。

「朝から木登りだなんて元気だな! さすがアカガミ様だ」

睦月は木の元まで近寄りながら嬉々として言う。
いきなり訳の分からないことを話し始めた睦月につられ、周囲の人々も木の上を見る。が、すぐに首を傾げ、睦月のことを訝し気な目で見る。

「天満宮でも木の上にいただろ。やっぱ神様は上にいるものなのか? それにしても赤髪ってやっぱ目立つしかっけーぜ」

「神だけに」

ゼンゼは嗤って呟くと、隣に座るリンをひょいと抱える。

「ゼンゼ?」

「面倒ごとになりそうだろ。闘牛は、正面衝突せずに、可憐に躱すのが正解だ」

ゼンゼはそのまま颯爽と、木から校舎の屋根へと飛び移った。
それと共に「うわっ! 神様飛んだ!」と、睦月の興奮する声が届いた。

「あれだけ俺らに反応する奴は、中々新鮮だな」ゼンゼは目を細めて嗤う。

「基本的に人間って、上のことなんて気づかねぇだろ。特に最近は手元のスマホ見てる奴ばかりだ。だから俺らに気づく奴なんて早々いねぇのに」

リンたちが対象の観察を行う時は、基本的に木や屋根の上など、上から見下ろすことが多かった。
対象が見つけやすいこともあるが、人間からも中々気付かれない位置、だった。

「少し過剰過ぎるわ」

「義務教育中の牛だから許してやれ」

ゼンゼは愉快気に嗤う。「観察に特化したこの体質が、ネックになる時もあるんだな」

死神は、基本的に普通の人間に姿を認識されることはない。
だが、「死期の迫った人間」にだけは、姿が見られる体質だった。
そして、死神の姿が認識され始めるのは、開花予定日より約一ヶ月、開花時期に入った人間が対象だった。

この体質は、対象を見つけ出すことに便利であり、さらに他の人間には姿が見られないことで仕事もやりやすい。
だが、少し間違えれば、現在のようなことになる。

「あれじゃ、観察がやりずらい」

開花期間に入った睦月には、リンたちの姿が見えている。
だが、周囲の人たちは開花が未定であることから、リンたちの姿が見えていない。

いくらこちらの姿が見られていないとはいえ、あれだけ過剰に反応されれば、対象が周囲から怪訝な目で見られることになる。

そうなれば、その視線が対象の花の質を落とす可能性だって否めなかった。

「あんなに元気でも、どうせ最後だ。悲しくも俺らが見えてる時点で、そういう運命なんだから」

キーンコーンカーンコーンと虚しくベルが鳴る。
いつの間にか登校時間が終了し、目下の校門前も人は見られなかった。
皆、教室に篭り、閑散とした外の空気も相まって、ゼンゼは憐憫の情を抱く。

リンも、教室の窓から外を眺める睦月をじっと見る。
騒がしい子どもではあるが、リンの目にははっきりと見えていた。

睦月の胸部には、開花を待つ種がドクドクと脈を打っている。だが身体には、種に栄養を送るまいと阻害する雑草が生えている。

その雑草の発生要因が「受験に合格して家庭教師の女性に告白をする」だとは、以前聞き出して判明している。

雑草は、種に回るはずの養分を奪って種の質を阻害する。放置すると、どんどん成長して膨れ上がり、最終的には質を落とすだけでなく、花が咲いた後もこの世に根付くことになる。その存在が「霊」としてこの世界で取り上げられているのは言うまでもない。
雑草の除去は義務ではないものの、少しでも手入れする方が賢明ではあった。

「せめて、最後ぐらいはきれいに咲きましょう」

校舎内が騒がしくなる。体育館で朝礼が行われるようで、生徒たちは廊下で列を形成し始めていた。

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