「おねーちゃん、スイカ持ってきたよ」
その声と共にドアが開かれる。私は動かしていた手を止め、振り返る。
「わっお姉ちゃん、もう宿題やってる。真面目!」
「そうだね。人の部屋に入る時は、例え身内でもノックをするくらいに真面目ではある」
私は皮肉を口にする。
弟の卓哉は「それは、常識じゃない?」とぬけぬけと言いながら、中央の机にスイカ二切れ乗ったお皿を置く。
「宿題なんて、最終日に一気にやるのが鉄則みたいなもんじゃん」
「そんな鉄則、迷惑すぎ」
「でも、昨日から夏休み始まったばっかなのにさ」
卓哉は自室かのように腰を下ろし、スイカを手に取る。
しばらく居座るだろう気が感じられたことから、私もしぶしぶペンを下ろして中央の机に向かう。
外からミンミンジージーと激しい蝉の声が聞こえる。朝から鈴をこすり合わせたかのような騒音だが、集中しているとあまり気にならないものだ。
「そうは言ってもさ、僕はギリギリにならないとできないタイプなんだよね。同じ血が流れてるはずなのにな」
「実は血が繋がっていないのかも」
「真顔だと冗談かわからないよ」
卓哉は持参していたつまようじでスイカの種を器用に取り除く。
食べた後に吐き出せばいいものの、変なところが気になるタイプなので一応同じ血は感じられる。
「みんなそういうけどさ。実際、最終日だけで終わるような量でもないじゃん。特に小学校なんて自由研究とかもあるでしょ」
「市販の貯金箱キットを買えばクリアできる」
「これだからマセガキは」
「でもせっかくならご褒美ほしいじゃん。いくら手の込んだ自由研究やったところで、コンクールに出してもらえることなんてほとんどないし、無謀なチャレンジよりも堅実に参加賞をもらえる道を選ぶ方が偉い」
夏休みの自由研究では、唯一貯金箱に限り、作成しただけで郵便局の貯金箱コンクールより参加賞がもらえていた。
私もスイカに手をつけ始める。先ほどまで冷蔵庫で冷やされていたであろうことから、みずみずしさが際立ち、スイカ本来の甘さが身に染みて感じられる。
「宿題もゲームと一緒だよ。いかに効率よくクリアできるかって考えたらいいだけで」
「でも、先に終わらせておけば後は思う存分遊べるじゃん」
「ラスボスは最後に出てくるものだよ」
こうも能天気に話すものだから、毎年夏休み最終日に半泣きになりながら宿題をしているのを忘れたのか?と問いたくなるが、グッと耐える。
一応、昨日から始まったばかりの夏休みに希望を抱く彼のテンションを下げてはならない、と姉なりの心遣いだ。
「それに中学から受験も考えないとダメなんだから、例え宿題がなくても勉強はしなければだめなんだよ」
そう言うと、卓哉は目を丸くして私を見る。
「受験って、まだ中学二年生なのに」
「一年ってあっという間に過ぎる」
「おばさんみたいだ」
卓哉はあっけらかんと言う。先ほどの心遣いは撤回しよう。
「なんて言うか、お姉ちゃんって常に忙しいよね。あれが終わったら次はこれをやる、って考えているし、これからずっとそうやって生きていくんだろうね」
「それは褒めてる?それともけなしてる?」
「これでも尊敬しているんだよ」
あ、見て飛行機雲、と窓の外を指差す。
マイペースな彼に苦笑しながら、再びスイカを齧った。