「ま、よく考えたらこの神社でよくかくれんぼとかしてたしな」友人も頷いて同調する。
地元民の言葉でも不安はぬぐえない。むしろ何故、東が無事だったのかが気になるほどだった。
しかし、しばらく歩いた後、皆の顔色が変わる。
「あれ、この看板……」
西久保は、ふと足を止めて確認する。
目先には、この山に入る際に見た、別れ道を示す看板が立っていた。左側に進んだことは、莉世も自分の目で確認している。
「あたしたち、左側行ったよね？」
「う、うん……」
「というか、佐之助どこ行ったんだ？」
「確かに。あいつ行ってすぐに声聞こえたのに」
皆は顔を見合わせる。恐怖が伝染していた。
「と、とりあえず、もう一回行ってみる……？」
「うん……」
再び左側へと進み、彷徨い始める。周囲は木々に囲まれ、前へ進んでいるのかがわからない状態だった。時間が経過するにつれ、皆の口数も減る。十分ほど経った後に、再び分かれ道の看板前に辿り着く。
「何でだ……？ こっちいけば、すぐに山頂だったじゃねぇか」
「た、確かにそうだよね。左に行ったら、十分もないうちに上がれたのに……」
皆は困惑する。ただついてきただけの莉世は、どう会話に加われば良いのかわからなかった。無意識にペンダントを握りしめる。
「もしかして、まじで『神隠し』に遭ってんのか……？」
誰かがそう言った瞬間、うねりを上げて大きく風が吹いた。
「きゃっ！」
突然の突風に、莉世たちは尻餅をつく。バサバサと葉の擦れる音と共に風はぴたりと止んだ。
皆が恐る恐る顔を上げた瞬間、表情が変わる。
「おい……何だよ、こいつ…………」
誰かが呟く。莉世も目を大きく見開いた。
莉世たちの数十倍はある体格に、真っ赤で硬そうな皮膚。ギョロリと大きな目に、鋭い牙の覗く大きな口。怒気、憤怒、戦慄、恐怖、脅威といった人間の暗い感情を具現化したかのような醜い顔。
正に、「鬼の形相」と呼べるような表情をした何者かがそこにいた。
「厳密には、『鬼隠し』だな」
鬼は、子どもたちを嘲笑うように大きな口を開ける。
「キャーヤダ！ なにこれ！」
「やばいやばい！」
「やべぇ、ありえねぇって、逃げろ……！」
友人たちは、次々にその場を離れようとするが、すぐに立ち止まる。行路は、なぎ倒された木々で塞がれていた。
前方には鬼が佇む。皆、背後のなぎ倒された木々に張りつくような姿勢になる。その顔には恐怖が浮き彫りだった。
「腹が減って仕方なかったんだぜ。全く、最近子どもが寄り付かなくなったせいで、食事ができなかったんだからよ」
鬼は頭を振って説明する。右手には、何かが握られていた。それが西久保だとわかるのにそう時間はかからなかった。
「わっ、わかちゃん！」
「た、助けて……！」
西久保は、鬼に身体を掴まれていた。鬼の手は、西久保の胴体を覆い、まるで彼女が小人かと錯覚するほどの体格差だった。
そんな彼女を、鬼は恍惚とした目で見つめる。
「若ぇのが大量だなァ……今夜はごちそうだ」
「ちょっと、誰か！ 嫌だ、嫌だよ……！」
西久保の目からはボロボロと涙が溢れ、歯を食いしばる。しかし皆、足が竦み、言葉を発することもできなかった。
「あ……あぁ…………」女子たちは、膝から崩れ落ちる。一人は股間を抑えて身を縮める。
「ど、ど、どうすりゃ…………」
男子たちは、鬼から目を離さないものの、手が震えて動けていない。
皆、恐怖から足が硬直したように身体が動かなければ目を逸らすことも出来ていない。尋常でない恐怖を目前にすると、声も行動も制止されるものなんだ。
「あ、おまえら。やっと来たんかよ」
気の抜けるほどに場違いな声が響く。
ハッとして前方を見ると、鬼の足の隙間から、東がこちらに歩いてきた。
「来るのが遅ぇよ。ったく待ちくたびれたっつーの。つか何だ、その鬼でも見たような顔。それにヤマンバはどこ行ったんだ」東は首を捻りながら言う。
あまりにも楽観的な発言と態度に、皆は唖然とする。
「いや、佐之助……うしろ…………」
友人は、震える手で前方を指差す。
釣られて東も顔を向けるが、そこで表情が一変する。
「おい、ヤマンバ。何こんなところで木登りしてんだ」
「は、はぁ？」東の言葉に西久保は大きく口を開ける。
「あまりにも自然が多いから羽目を外したのか？ おまえのがよっぽど猿じゃねぇか。それに何だ、その泣きっ面。まさか下りられなくなったんじゃねぇだろうな。だせぇぞ〜」
東はベラベラ喋り出す。彼の行動に理解が追い付いていなかった。それは鬼も同じく、状況が読めていない様子だった。
鬼は興味深気に東に顔を近づける。しかし、依然として東は怯えずぶつぶつ言っている。
まるで、鬼が見えていないかのような振る舞いだ。
「なるほど……おまえ、俺が見えてないのか。能天気な奴だ」
そう言うと、鬼は愉快気に東に手を伸ばす。
「佐之助！」
「イキの良いガキは、格別に美味いんだ」
その言葉を聞いた瞬間、脳内に何かが駆け巡る。
なんだ、このデジャヴ感は……
いや、デジャウじゃない。自分は知っている。
この後、どうなってしまうのか。
皆が、どうなってしまうのか。
そう気づいた瞬間、莉世は思わず手で目を覆った。
嫌だ。見たくない。
これは悪夢だ。現実じゃない。
早く、早く目が覚めて！
地面に貼りついたかのように足が硬直する。思考回路もショートしたのか、頭も回らない。未来がわかっていながらも行動できなかった。
現実を直視する勇気は、今の莉世には持ち合わせていなかった。