帰宅路を父親と歩く。自分の眠っている間に家に帰っているのだろうが、こうして顔を合わせるのは久しぶりだった。
父親の手を握る。昔から変わらぬ温かさに安心感を抱く。しかし、先ほどの父親の態度に少し不信感を抱いた。
「パパはさ、何か、隠してるよね……?」
恐る恐る口にすると、父親は息を呑む。
「何で、そう思ったんだ?」
「私、あの人に、私には未来を視る力があるって言われたの。それに、あの人が言っていたように、私が見た夢と何度か同じことが……」
「本当なわけ、ないだろう」
父親は、莉世の言葉を遮って言い切る。
「何わけのわからないこと言ってるんだ。パパがいなくて不安にさせたなら申し訳ない。でも、もうすぐ仕事も落ち着くはずだ。だからそのあとは、たくさん遊ぼう」
父親は、辛そうな悲しそうな顔で言った。そんな顔を見た莉世は、何も答えられなかった。
今日一日、誰かに否定してほしかった。未来を視る力なんてありえない、そんな能力は自分にはないと。第三者に否定してもらえたら、胸を張って断ることができるのだから。
だがどうして、いまだ靄は晴れないのだろうか。
どうして、信頼している父の愛情ある言葉より、赤の他人の根拠のない言葉の方が気になるのだろうか。
すっかり暗くなった道を二人で歩く。田園の広がる辺りは虫が鳴いていた。
久しぶりの会話だからなのか、実の父親と何を話せばいいのかわからなかった。
☆☆☆
「おかえり。今日はパパと一緒なんだね」
帰宅すると、祖母は笑顔で迎えた。祖母の顔を見ると妙に安堵した。
「途中で会ったんだ。ただいま」父親は答える。
「ちょうどごはんできたけど、もう食べるかい?」
祖母は台所に立ち、夕食の準備をしていた。この香ばしいスパイスの香りは、カレーだとわかる。
しかし父親は、申し訳なさそうに首を横に振る。
「悪いが、先に風呂入っても良いか?」
「ま、あんたはそう言うと思った。沸いているから入ってきな」
祖母は風呂場を指差す。「莉世は、ごはんにするかい?」
「う、うん」
「じゃ、鞄を置いておいで。その前に手を洗ってね」
祖母は笑顔で台所を促す。流されるまま台所で手を洗った。
「ちょっと、疲れてるよね……」
突飛なことが起こりすぎて、どんな些細なことでも警戒してしまっている。
大きく伸びをすると、浴室へと向かった。
★★★
時刻は、午前一時十四分。
二階の寝室では、少女の呻き声が響く。そんな娘の声に気づいた春明は、身体を起こして少女を見る。
小さい身体がビクンと痙攣する。少女は、自身の身を護るように背中を丸くした。
「やだ……やめて…………怖いよ…………」
少女から悲壮感溢れる声が漏れた。
恐らく「悪夢」を見ているのだろう。いや厳密には、今後起こるであろう「未来」を視ている。
「やめて……違う…………助けて…………パパ…………」
「大丈夫、大丈夫だ……。怖い夢を見たな。パパがそんな未来を変えてやるから」
春明は自分に言い聞かせるように繰り返す。少女の頭を優しくなでた。
目を閉じて大きく息を吐くと、少女の表情から強張りが抜けた。
◆◆◆
夜の藍河稲荷神社。シンボルである大きな鳥居の上に、月に照らされる人影があった。
丑三つ時の空は蒼色に染まり、星が輝く。
「春明も頑固ですねぇ……。しかし残念なことに、神でもない限りは未来を変えることは不可能なんです」
白髪の青年は、五芒星の刻印された石を掲げる。月明かりに照らされ、より一層輝く。
「だから最後には、諦めるしかないのですよ」
☆☆☆