第一セメスター:六月➁



「じゃ、一年生は二年にシナリオ見てもらって」

 その日の部活動の班活動中。解説班長さんが言った。
 今は次回のイベントに向けてのシナリオ作成中。先月に初めて天文部員として観望会を行ったが、私たち一年生は、案内役などの雑用が中心だった。

 だが、次回からは私たちも本格的に参加する。初舞台となるイベントは、夏休み中に行われる天文台でのイベントだった。

「神話中心で、わかりやすいと思う」 
 私のシナリオを確認してくれた先輩は、頷きながら言うと、ズレたメガネをくいっと直した。

「でも、ちょっとマイナー中心になってるかな。次のイベントは家族グループが多いから、子どもでもわかる目立つ星や馴染みのある星座がウケるよ」

「やっぱり、そうですか」
 私は気恥ずかしくなって頭をかく。

 夏の星座といえば、夏の大三角がメインになるだろうとは感じていた。だからあえて私は、マイナーなヘルクレス座やへびつかい座をチョイスした。

 ヘルクレス座は、英雄ヘルクレスの十二の冒険が有名だ。人食いライオンとの戦いに登場するライオンはしし座で、かに座も敵として登場する。物語も深く、別星座のキャラも多数登場する。幼少期の時に生まれた冒険心をくすぐるような、ワクワクドキドキした内容だ。

 人間がへびを掴む形をしているへびつかい座は、アスクレピオスという名の名医で、熱心なあまり死人をも生き返らせてしまうほどの腕を持つ神話がある。また近年では、黄道十二星座に入る十三番目の星座としての話題がある。

 神話で有名な星座だが、両星座とも目立つ星がなく、正直一般的に有名な星座とは言い難い。

「夏は、やっぱり夏の大三角が有名だから、その話題を少し追加して、他を少し削れば良いよ。神話では、ヘルクレスやアスクレピオスは有名だし、入れるのは良いかと」

 先輩は、朗らかに笑って提案した。「でも、倉木さん、神話詳しいんだね」

「空見てると、神話も知りたくなったんです」
 私は、頭をかきながら答える。

「うんうん。神話を知れば、さらに空を見上げるのが楽しくなるよね」先輩も同調するように頷く。

 星座には、名前や配置、色や明るさなどにひとつひとつ意味がある。それらは、基本的にギリシャ神話ベースに考えられていた。

 有名な話だと、オリオン座とサソリ座。オリオンがサソリに刺されたことで、この二つの星座は、夏にサソリ座、冬にオリオン座、と同じ空では見られないように配置された。また、サソリが暴れないように、サソリ座の後ろに、いて座が弓で構え、サソリを監視している配置になっている。

 ほかにも秋に見られるくじら座の心臓に当たる星は、二等星から十等星まで大きく変わる変光星だ。心臓のように光が変化することから「不思議なもの」を意味する「ミラ」と名付けられた。
 くじら座は、おばけくじらがモチーフで、神話上では人々を苦しめる悪役として登場する。ミラはまさに不気味な存在の心臓にふさわしい星だ。

 このように、神話を知れば知るほど、空に物語が広がっている感覚になり、いつまでも空を見上げられるのだ。

 また、あくまで神話という「物語」であることから、ひとつの星座でもいくつもの解釈がある。それがまた色々な視点で見られるので面白いのだ。

 ぼんやりと星を眺めるのも楽しい。だが、神話を知っているとさらに空を見上げるのが楽しくなった。
 その面白さをお客様にも知って欲しかった。

「神話はおもしろいよ。僕も星にハマった頃は、狂ったように調べたなぁ」
 先輩は、過去を懐かしむように天井を見上げる。
 私は、歯がゆくなった。

 神話について、誰かと話すのも初めてだった。
 高校生までは、条例的に夜に友人たちと会うことはできなかった。なので星を見る時は、家で基本的に一人で見ていた。

 ムズムズとした感覚になる。改めて、天文部に入ったことを実感した。

「空ちゃんは、将来有望だね」

 どこからか声が届く。その声に無意識に背筋が伸びた。

 恐る恐る顔を上げると、案の定土屋さんだった。いつの間にか、先輩からシナリオを受け取り、確認している。
 今日は研究で遅刻参加だと副部長が言っていたが、ちょうど今終わったようだ。

 黒シャツにベスト、ループタイをつけ、革製のカバンを所持している。普段の黒ベースのファッションでありながら、今日は少しスマートだ。
 大人だ。毎回実感するたび、私の鼓動が高鳴り出す。

「そーらちゃん?」

 ブワッとラベンダーの香りが届く。土屋さんは私の顔を覗き込むようにした。

「んああ!?」

 我に返り、反射的にのけぞる。オーバーなリアクションに土屋さんはケラケラ笑う。

「もー、何なのその反応。傷ついちゃうよ〜」

 そう言って、土屋さんはわざとらしくしょげたフリをする。こういうところが、とてつもなくあざとい。

「土屋さんが、いきなり覗き込むから……!!」

「はいはーい、俺のせいね〜」

「もう……」

 確実に確信犯だ。

 赤くなった顔が恥ずかしくて顔を伏せる。思わず漏れる笑みを隠すように手で覆った。
 本音を言いえば、構われるのは、嫌いじゃない。むしろ嬉しい、と思ってしまうので、改めて彼への想いに気づかされる。

「おもしろいシナリオだね。空ちゃんがいかに神話が好きなのか知ったよ」

 土屋さんは、ニコニコ確認すると、私にシナリオを返す。

「夏休みから、忙しくなるよ。これから観望会イベントも増えるし、加えて学園祭の準備も始まるから。夏バテしないでよね」

「はっ、はい!」

 元気よく返事をすると、土屋さんは目を細めて他の部員の元へと歩く。

 無意識に彼を目で追っていたので、慌てて顔を逸らす。これじゃまるで恋する乙女だな、と苦笑した。

 来年成人するだけ一応恋愛をしたことがないわけじゃない。だが、いくつになっても片想いは胸が熱くなるなと感じさせられた。

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