土屋さんが好きだと自覚して、一番最初に感じたことが、「ずるい」だった。
だって、そうだろう。私の名前が「空」だと知ってからは、名前呼び、それに有志観望会の時には………。
土屋さんは、「先輩」という立場を利用して、自分への好意の感じる後輩に勇気のいる行動を促していた。確信犯というやつだ。
私は、まともに誰かと付き合った経験がなく、もちろん男性とのスキンシップもない。
食べさせたり抱きついたり、あんなにレベルの高い要求をされたら、意識しない方がおかしいものだ。
だから、私が土屋さんを意識しているのは、全部彼のせいなんだ。
第1セメスター:6月
「あ、今日は、いっこ多い」
対面に座る月夜は、口をもぐもぐさせながら頷く。「前に少なかった分も、入れてくれたのかな」
「ここの食堂の量は、ほとんどおばちゃんの気まぐれだぜ」
隣に座る天草は、カツをモリモリ頬張りながら言う。
「前に最後の方に来た時、倍くらいの量になってたし」
月夜の隣に座る金城 銀河(キンジョウ ギンガ)は、苦笑しながらカレーうどんをすする。
六月の金曜日昼休み。相変わらず食堂内は、人で溢れていた。
二時間目は刑法だった。以前天草にノートを貸した時から、金曜日昼休みは月夜と天草、そして天草の友人である金城の四人で食事をとるようになった。
金城は、学部が違うが、同期の天文部員だ。三時間目の講義を天草と取っているようで、元々昼食を一緒に取っていたようだ。
斜め前に座る金城にちらりと目をやる。清潔感漂う髪艶に、シワの無いシャツ。入部の自己紹介の時に、英語が得意で三年から留学に行く予定だと言っていた。男女共にフラットで話しやすく、常に周囲に友人がいる。彼の出来過ぎた性格が容姿にも表れていた。
天草とは新歓の時に仲良くなったようで、Fランクである天草とは雲泥の差だが、そこが馬が合うようだ。
「天草、今日の分」
思い出したように私は、天草にノートを渡す。
天草は、「あざっす!」と元気よく指を鳴らしてそれを受け取る。
「毎回思うけど、出席してるならノート取ればいいのにさ」
そう言うと、天草は「ノンノンノン」と指を振りながら切り出す。
「マジメなおまえらは知らねぇかもだが、あの教授は、目視で出席を取らねぇ。だから出席点は、端末のみで判断される」
うちの大学では、講義を受ける際、教室外に備わっている端末に学生証をかざしてチェックインを行う。言語などの少人数制ならともかく、大教室で行われる講義では、端末でチェックインしてるか否かで、出席確認に用いられているようだ。
「つまり、端末に学生証をかざしておけば、講義に出席しなくても出席点は稼げるというわけだ」
天草は勝ち誇ったように言う。つまりチェックインだけ行って出席はしていない、という意味だろう。
私はため息をつく。道理で最初の頃より出席人数が減ったと思ったわけだ。
「あんたの単位は、私にかかってるのね」
「当然だろ。昼メシおごってやってんだから」
高いもん食いやがって、と天草は言う。私の前には、学内で一番高価なビフテキ定食の器が並んでいた。
「刑法は、ノート持込オッケーだから、欠かせねぇんだよ。必修さえクリアすりゃ、あとはレポートヒャクパーだから何とかなる」
天草は、肩をすくめる。「新歓の時に聞きまくったのが役に立ったぜ」
「そんなんだと、後々苦労するよ」私は言う。
「まるで、単位取りゲーム」月夜は呟く。
「そうだ、これは単位取りゲームだ」天草は胸をはる。
「どうせ俺らFランクは、卒業しても法律関係の仕事なんかつかねえだろ。ここで勉強したことなんて、卒業したら忘れちまうもんだ」
天草は身も蓋もないことを言う。
だが、納得はした。
高校で習ったこと全てを覚えてるかと言われたら、覚えていない。日常で使う漢字や計算ならともかく、古典や関数なんて、もはやなんの役にも立ってない。
「うちは一学期で二十四単位しか入れられねぇ。四年マックスに入れても百九十二単位。卒業に必要単位数は百二十六。さらに就活のために三年で取り終えるなら百四十四で、三年間ほぼ落とせねぇ。それに留年すると、金がかかって親不孝だ。四年で卒業するためには、効率よく単位を取ることを考えるべきなんだよ」
天草は饒舌に言う。単位のためなら頭を使うことは厭わないようだ。
「十八年生きててわかったことだ。マジメにルールを守って生きてる奴は大抵報われねぇ。いかにルールの穴を探して生きていくかが大事なんだってな」
天草は大真面目な顔で、そして冷静に述べた。
「テストでカンニングするのはだめだが、人に見せてもらったノートがだめだというルールはねぇだろ。つまりルールを破るのはだめだが、抜け穴を通っても文句は言われねぇ。要領よく穴を探し出すには、上下左右に人脈広げて、情報を得るべきなんだ」
天草は新歓の時に、色々なサークルに顔を出していた。まさかそこにそんな意図があったとは思わなかった。
私は眉間にシワをよせた。
「天草、単位の為なら、頭脳フル回転させるんだね」
「こいつ、ゲームは好きだからな」
金城は、開き直ったように説明した。
キーンコーンカーンコーンとベルが鳴る。私達は、食器を片付けて次の講義へと向かった。
***