夏休み➁



 天文台でのイベント当日。

 イベント会場は、大学から五時間ほどかかる山奥にある。だが毎週、天文台での観望会イベントがあり、家族連れが多く参加するレジャー施設でもあった。
 今回は、観望会とうちの出し物のコラボという形のイベントだ。
 天文部の活動は、基本的に夜なので、一泊二日という形になっていた。

 午前に学校に集まり、大型バスで向かった。
 夏季休暇中ということもあり、参加できない人もちらほら見られる。

 上級生は、後方、一年生は、前の方に座る。私の隣には、月夜が座った。

「なんか、焼けた?」

 通路側隣に座った天草を見て、声をかけた。
 天草は、「そうか?」と呟きながら、自身の腕を見る。

「まぁ、毎日配達で日にさらされてるからな」

「デリバリー?」

「そうそう」
 天草は、指を鳴らす。「他にも、派遣で祭りやイベント補助とかもやってんな」

「働きものだね」

「下宿って、金かかんだぜ」
 天草は、肩をすくめる。隣の月夜も、納得するように頷く。

 私は、口を歪める。アルバイトはしているものの、実家暮らしでお金の心配をしていない自分が恥ずかしくなった。

「下宿生は、すごいな。俺はまだ考えられないや」

 天草の隣に座る金城が、肩をすくめる。
 彼は実家通いだと言っていた。同じ仲間がいて内心安堵する。

「銀河は、まだ実家出ねぇのか?」天草は問う。

「実家から通える距離だしね。それにお金も貯めたいし」
 学生の特権を利用する、と金城は開き直る。
 さらりと正直に打ち明ける彼が爽やかだ。何だか私がちっぽけに思える。

「そういや、これ見てくれよ」
 天草は、ふと思い出したようにスマホを取り出した。
 それに気づいた金城は、引きつった顔で制する。

「おい、やめとけよ」

「まぁまぁ、夏だからいいだろ」
 天草は、ニヤケを隠さぬ表情で肩を竦める。

 話題が変わったことに内心ホッとしながら、天草のスマホを覗き込むと、そこにはトンネルの写真が写っていた。

「これって、尾泉市の、トンネル?」

「あぁ。そうだ」
 天草は、頷きながら説明する。

「この先に心霊スポットがあるって有名だろ。今じゃ心霊系動画配信者がこぞって訪れる場所になってる。そのせいで、トンネル内に落書きがすげぇことになってたんだが、いつの間にか全部、跡形もなく消えている」
 
 心霊スポットで山に若者が増えた、とのニュースは見たことがあった。 
 
「国が消したのかな」

「国というより、掃除屋だろうな」
 観念した様子の金城がぶっきらぼうに答える。

「で、それがどうしたの?」

「あぁ。落書きは消えてたが、ちょっとここ見てくれ」

 そう言って天草は写真をアップにする。後ろで金城はやれやれと頭を振っていた。

 改めてスマホを覗く。気になったのか、隣の月夜もこちらに顔を向けた。
 少しの間は首をかしげていたが、ふと違和感に気づいた。

「…………人影?」

「だろ、人影に見えるよな」

 アップにされたところをよく見ると、人影のようなシルエットがあった。
 それも外灯の下。影ができるには、あまりにも不自然な位置だ。
   
「さらに、これも見てくれ」

 天草は、写真をスワイプし、トンネルを抜けた先の写真を見せた。
 アップにされた草原には、明らかに手のようなものがあった。

「ひっ」
 
 私は、反射的にのけぞった。月夜は、むしろ興味深気に写真を覗き込む。

「やべぇよな。俺も気づいた時は鳥肌立ったぜ」
 天草は、愉快そうに言う。

「昨日、友だちとトンネル行ったんだってさ」
 やめとけって言ったんだけど、と金城。

「何で、わざわざ」

「心霊スポットって言われてんだろ」
 天草は、得意気に言う。

「でも、トンネル抜けても何も起こらねーし、帰るかってなって。一応記念に写真撮ったんだ。ならこれだぜ。とんでもねー土産もらっちまったもんだ」

「幽霊は、いたわけだ」

「シャイなヤツだぜ」
 天草は満更でもなさそうに首を振る。私は眉間にシワを寄せる。

「供養、したほうがいいんじゃない?」

「話のネタにし終わった後な」
 その間に事故にあったら焼香は上げてくれ、と不謹慎なことを言う。

「供養、したほうが良い」

 低く、冷静な声が響く。熱気の籠ったバス内にキンと冷えた空気が差し込んだようだ。
 私と天草と金城は、声の出何処に顔を向けると、月夜は、じっと写真を見ていた。

「この写真から、強い怨念を感じるわ。できれば、明日帰ってきてから、すぐにでも」

 月夜は、いつもの無表情で、しかし若干怒りの色も見られる感情で続けた。金城はそれみたことか、と肩を竦める。

 天草は、ごくりと唾を飲み込むと、小さく溜息をつく。

「そ、そうだな。俺もこの写真やべぇと思ってたんだ」

「何なの、それ」
 頬が痙攣した。手のひら返しの彼の反応に、何だか釈然としない。

「私、知り合いに霊媒師がいるよ。だから心配しないで」

 月夜は、真剣な表情でスマホを弄る。
 そんな様子を、私たちは黙ったまま、見つめた。

「友人に霊媒師って……、地咲って、何者なんだ?」
 天草は、私に耳打ちする。

「私も、わかんない」

 私は肩を竦める。数年一緒にいても、ミステリアスなところが、彼女でもあった。

 ピロン、と通知音が鳴った。この音は、メッセージアプリだ。
 だが、天草たちと話していたので、私は気づかないフリをした。

 誰かと話している時や、食事をしている時には、スマホを触るのは極力避ける。相手に失礼だし、相手との時間を大事にしたかった。

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